Chapter 2-2

 月の綺麗な夜空だ。庭園に形作られた池は、雲のない虚空に煌めく三日月をその身に映して湛える。


 京太はそれを背景に、縁側で読書に興じていた。脇には酒の入ったグラスがあり、紗悠里が控えている。


 夕飯は客がいたこともあり、宴会ばりのどんちゃん騒ぎとなっていた。だがそれももうお開きとなり、今この大広間には京太と紗悠里の二人だけしか残っていない。


 京太はグラスを取り、口を付けてゆっくりと傾ける。夕飯から数えれば、果たして何杯目になるかも分からない。が、彼の顔はアルコールなど受け付けないかのようにまるで色を変えていなかった。

 あの日、頭領の座を譲り受けてから。夜は果てしないほど長くなった。故に晩酌は日課となっていた。


 あの日から四年ということは、頭領になってから四年ということだ。京太が頭領になると、祖父・辰真は満足したかのように老衰で亡くなった。


「……紗悠里」


 京太は本から目を離し、月を見上げる。


「はい。いかがなさいましたか、若様?」


 扇空寺の親戚筋である、玖珂家からやってきた紗悠里とは、幼い頃からの付き合いだ。歳で言えば京太の一つ上だが、知り合った当初から彼を慕って付いて来た。それは今も変わらず、京太の側近として仕える形で近くにあろうとする。


「悪いな、毎晩付き合わせちまってよ」

「いえ、私も夜には強いですから。まあ、若様ほどではありませんけど」


 紗悠里はばつが悪そうに微笑む。彼女も遠くなったとはいえ扇空寺の血筋の者だ。程度は違うだろうが、同じ性質を持つ者であるからこそこうして寄り添ってこれたのであろう。京太は紗悠里の言葉を受けて釣られるように笑う。


「そいつぁ結構。どうだ、たまにはお前も呑まねぇか?」


 京太は自分のグラスを手渡し、酒を注いでやる。紗悠里はクスリと笑い、グラスを傾ける。あっという間にグラスを開けてケロリとしている辺り、やはり同じ血が流れているのだと京太は感じざるを得ない。


 もう一つグラスを用意して乾杯でもしようかと思ったところで、閉じられた襖の向こう側から声がした。


「よろしいでしょうか、若」

「不動か。ああ、構わねぇぜ」

「失礼致しやす」


 襖が開き、髭の濃い強面が中に入って来る。不動は先代頭領の代からここにいる古株だ。側近ではないものの、京太が厚く信頼を置く人物の一人であった。


「『眼』からの報告です。鷲澤がどうも、新しい忍を雇ったようです。なにやら見かけねぇ外人さんの出入りもあるようで。それとどうやら、あのクスリをばら撒いたのは鷲澤で間違いないようです」

「ちっ、ガキどもを食い物にしやがって……。ってこたぁ、あのクソジジイが元締めなのか」


 不動は首を横に振る。


「いえ、どうやらクスリを持ち込んだのは例の外人のようです。そいつのバックについては、まだ」

「……そうか。まあどのみち、この件に関しちゃあ鷲澤とはケリを付けなきゃならねぇ。人のシマで好き勝手やってくれた礼はしねぇとなぁ?」

「まったくでさぁ。通達を送りやすか?」

「ああ。そっちがそのつもりなら、全面戦争も辞さねぇぞってな」

「ウス。では明日の朝、早速」

「ああ、頼んだ」

「ウス、男上げさせて頂きやす」


 不動が大広間を後にすると、京太は立ち上がる。襖の上を見上げれば立派な額が飾られており、額の中には京太が頭領として受け継いだ家紋が書かれている。傍らに寄り添う紗悠里も、同じく家紋を見上げた。


「鷲澤のじいさんとのケリは、あんたの悲願だったな、じいちゃん。見ていてくれ、じいちゃん。必ずケリは付けてみせる。この先祖代々の因縁によ」

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