Chapter2 鬼の少年
Chapter 2-1
――久しぶりにあの日の夢を見た。
京太は目を覚ますと、大きく伸びをする。
中学生だったあの日。大事な人を立て続けに喪い、そして頭領の座を得た日。
そして、兄弟のように育ったあいつを、殺した日。
あれから四年近くが経過していた。京太は高校生になり、空と水輝も同じ高校に進学していた。
ここはその高校の屋上だ。今は放課後であり、昼休みや放課後になるとここで惰眠を貪るのが彼の習慣となっていた。
「あ、起きた起きた。ちゃんと寝れた?」
頭上から聞こえてきたのは、空の声だった。
ボブカットの髪をふわりと揺らし、中腰の姿勢で京太の顔を覗き込んでいた。
京太は彼女の質問に頷く。
快晴の空には春らしく穏やかに雲が流れていく。気温は暖かで、桜の散り切った五月半ばである今、風は爽やかに吹き抜ける。
京太はむくりと起き上がり、立ち上がって首の関節を鳴らす。
「空、今日すき焼きにするけど食いにくるか?」
「え、いいのー? 行く行くー!」
「よし、んじゃ、紗悠里に連絡しねぇとな」
京太はスマホを取り出して電話をかける。
数度のコール音がしたあと、馴染みの声が聞こえたので来客があることを伝える。
「紗悠里、今日は空も連れて帰るからよ、準備の方は頼むぜ。……ああ、んじゃあな」
電話を切って、さて、と京太は一息吐く。
「晩飯までどうすっか」
「んー……。もっかい寝る? 膝まくらしたげよっか?」
「お、そいつぁありがてぇ。んじゃ、早速……」
「待てぇい! そこのフジュンイセーコーユーの常習犯どもー!!」
京太が空の膝を借りてしっぽり始めようとしたその時だ。
颯爽と、ビシッと指を差してくる女生徒が現れた。
小柄な身体、ツーテールにまとめた長い髪が特徴的な、まるで小動物のような少女だ。
「なんだよ、お前か。せっかくいいとこだったのに邪魔すんじゃねぇよ」
「あ、ちょ、真面目に聞きなさーい!」
彼女を無視して、京太は寝転がろうとする。
彼女は
空も空で、そんな二人のやり取りはどこ吹く風。朔羅に向けてにへらっと手を振る。
「朔羅ちゃんこんちはー。今日もかわいいねー。VF-31Cのガウォーク形態並みにかわいいよ」
「そ、そうかな? で、でへへ」
「朔羅。またペース乗せられてるわよ」
「うぇい!? な、なぎさ! これはち、ちゃうんびゃよ!?」
朔羅は、背後からの冷ややかな声に背筋を立てて、壊れかけたブリキのおもちゃのような動きになった。
朔羅の後ろから現れたのは、眼鏡を掛けた落ち着いた雰囲気の女生徒だ。生徒会の腕章を付けた彼女こそ、この学校の現生徒会長、
「扇空寺君、友人の色恋沙汰にあまりとやかく言うのも野暮だけれど。あまり目立たないようにしてもらえるかしら」
「へいへい、そいつぁ結構」
「今日もあいかわらず、賑やかですねぇ」
「水輝」
そこへなぎさに続いて現れたのは、人の良い笑顔をした、金髪碧眼の美少年だった。水輝である。
「ま、そんじゃ、帰るか。みんな今日の仕事は終わりなんだろ?」
「あっ、そうそう! だから迎えに来たのにいちゃついてるんだもん、羨ま……じゃなくて!!」
「なんで急にキレてんだ、お前。あ、そうだ。晩飯決まってねぇならウチで食ってくか?」
「え、いいの!? やったぁ!」
「それは、扇空寺君か玖珂さんの手料理かしら?」
なぎさの眼鏡がきらりと輝く。
「ん? まあ、そういうことになるんじゃねぇか? すき焼きだけどな」
「ぜひご一緒させていただくわ」
「お、おう。水輝はどうする?」
すると水輝は困ったように微笑み、首を横に振る。
「僕は今日は済みません」
「そっか。ま、しょうがねぇな」
ということで、水輝と別れる形で京太たちは帰路に就いた。
途中、京太たちはスーパーマーケットを訪れた。京太が泊まっていっていいと提案したので、必要なものを準備するためだ。
「んじゃ、買い物終わったらここに集合すっか」
はーい、とカゴを振り上げながら朔羅は独断先行を開始した。スキップでもするような勢いで店内を物色して行く。対してなぎさは頷くと、冷静な足取りで朔羅の首根っこを掴まえに行く。
「えっと、これとこれとこれと……」
「そんなの要らないでしょ。ほら、棚に戻して」
朔羅は自分の感性で好きなものを手当たり次第カゴに入れようとしては、なぎさに咎められている。今掴んでいたのはグレープフルーツだ。
「すき焼きだっつってんだろ。デザートならいいけどよ。さっさと日用品のとこ行きな」
「むー、はーい」
京太の言葉に唇を尖らせながら、朔羅は奥へとずんずん進んでいく。
「もう……。ごめんなさいね、扇空寺君。あの子、みんなで買い物してるのが楽しくて仕方ないみたいなのよ」
「そいつぁ結構。……ところで、さっさと付いてってやらねぇと、また好き勝手やり始めるんじゃねぇのか?」
「そうね。それじゃあ、お先に」
なぎさが先に行くと、続いて空が敬礼してくる。
「んじゃ、あたしも行ってくるねぃ」
「おう、行ってこい行ってこい」
「ぐへぇっ!」
ひらひらと手を振ったところで、なにやら鈍い声がしてそちらを見やる。
京太と空の視線の先では、何もない場所で転ぶ朔羅の姿があった。
※ ※ ※
ここ
その更に外れに、竹林に囲まれた大きな日本家屋があった。
買い物を終えた京太たちは、その門を潜る。石畳の上を歩いて行き、玄関を開ける。
「帰ったぜ」
「お邪魔しまーす」
声をかけると、すぐさま強面の男たちが玄関先へぞろぞろと押しかけてくる。
「お帰りなせぇ、若。すんませんが紗悠里は手ぇ離せねぇもんで、あっしが」
「そいつぁ結構。ありがとな、不動」
その先頭、不動と呼ばれた壮年の男に、京太は鞄を渡した。
「いえ、恐れ入りやす。
「わー。あざーっす」
「ありがとうございまーす!」
「済みません、よろしくお願いします」
不動は控えの強面たちへ声をかける。
彼らが慌ただしく動く中、京太は彼女らを居間へ案内するべく歩きだした。
途中の厨房を覗くと、女中の格好で仕込みを進めている少女の姿があった。
「おう、紗悠里。今帰ったぜ」
京太が声をかけると、その少女、
「お帰りなさいませ、若様。お出迎えに上がれず大変失礼致しました」
「いや、構わねぇよ。それより棗の野郎はどこだ? お前が来れねぇなら、あいつの役目のはずなんだが……」
「棗さんは道場のほうかと。空さん、風代さん、穂叢さんもようこそおいで下さいました。おもてなしができず申し訳ございませんが、ごゆっくりどうぞ」
紗悠里は京太の後ろの三人にも屈託のない笑みを見せて頭を下げる。京太が三人を連れてその場を後にすると、紗悠里は仕込みの続きに戻って行った。
「紗悠里さん、綺麗だよねぇ」
「本当、朔羅と同い年だなんて信じられないわ」
なぎさの冷静な一言に、朔羅は小柄な体をめいっぱいじたばたさせて抗議する。
「それを言ったらなぎさちゃんだって同い年だもん!」
「朔羅ちゃん、穂叢先輩はちゃんと年相応だと思うよ……」
空の苦笑い混じりのツッコミに朔羅は更に頬を膨らませた。紗悠里もなぎさも、プロポーションに恵まれた美人であり朔羅と同じ18歳の少女である。だが朔羅はその二人に比べて年齢不相応に見られるのがどうにも不満らしい。
「むー、お空ちんまでー。京太君はどう思うのっ?」
「あん? ガキにゃ興味ねぇな」
「朔羅ぱーんち!」
京太はしかし、朔羅が繰り出した鉄拳制裁をぱちんと受け止めて連行して行ったのだった。
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