Chapter 1-5
風は凪いでいた。夏の夜。蒸し暑い庭内に響くのは虫の鳴き声だけだ。ここには今、人の気配は僅かに二人分しかない。
砂利を踏む音に奴が振り返る。その両手には彼の名を示す二つの刃が握られていた。見開いた瞳に宿る狂気を隠そうともしない奴は、やはりもう人間では有り得ない。
魔。そう呼ばれる、この世の裏側に潜む化け物ども。奴はそんな存在に成り下がってしまった。何故かは分からない。だが魔を討つ者として育てられてきた本能がそれを明確に察知していた。
「やっと来たね」
奴は満足げにこちらの姿を眺める。京太はその身に黒く染め上げられた和装を纏っていた。曰く、これを染めたのはこれまでに討ち倒してきた魔どもの返り血だという。
そして手にするのは一振りの大太刀。当時の京太の身の丈を大きく上回るそれを、彼は片手で軽々と携える。
「一つ、訊くぜ」
「何だい?」
「……てめぇは、天苗双刃か?」
鋭い眼光で問う京太に対し、しかし双刃は狂人染みた笑みを崩さない。
「さあ。俺にそれ以外の名前なんてないからねぇ」
「そうか」
おそらくは人間であった天苗双刃は、この魔に憑り付かれその存在を食い殺されてしまったのだろう。奴を討たなければ、その身を使って友人を殺された双刃も浮かばれない。京太はこの時、そう考えていた。
「退魔の頭領として双刃を討つ。それが今の俺にできる、鈴詠に対して貫けるたった一つの義だ。だから俺に力を貸せ、鬼」
京太は瞳を閉じる。あの口付けは盃の代わりだ。鈴詠、俺はお前と盃を交わした者として必ず奴を討つ。それが俺の、扇空寺京太の果たすべきたった一つの義だ。
次に目を開けた時、その双眸は深紅に染め上げられていた。
「行くぜ、双刃」
京太は刀を鞘から抜き放った。白銀に煌めく刀身が月下に映える。
「扇空寺組若頭、扇空寺京太。推して参る」
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Plelude to the IRIS//RAGNAROK out
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