Chapter 1-4
「あ、花火! もうそんな時間?」
鈴詠、上手く行ってるかな。
空は親友の恋路の結末がいいものでありますようにと願いながら、天空に咲く花火を見上げる。京太への自分の気持ちは昔からずっと変わっていない。それどころか鈴詠から京太の話を聞く度に、その想いは膨らんでいった。
でも。きっと鈴詠は自分よりも京太が大好きで、ずっと傍にいて、そしてこれからもずっと傍にいたいと願っているのだろう。
鈴詠みたいな可愛い子に、あたしなんか敵いっこない。
そう思って、自分の気持ちは押し留めてきた。親友の想いが叶いますようにと協力してきた。それが今日叶うのなら、叶ってくれるのならあたしの気持ちにも整理が付くのかな。
空はふと周囲を見渡す。
「ねえ、水輝。双刃は?」
「え? あれ、そういえば……」
気付けば双刃の姿が見当たらなかった。まさかとは思うが、京太たちの所へ行ったのではないだろうか。丘の方へ振り返ると、そこには確かに、そちらへ向かおうとしている双刃の後姿があった。
「もう、双刃ってばー」
空は水輝と共に双刃を追うべく人混みの中を掻き分けていった。
階段を昇り、丘の上へ上がる。双刃はこちらへやって来た筈だ。鈴詠と京太がここへ向かおうとするのも、空は実はちらりと確認していた。
だが、そこで空たちを待っていた光景は二人の予想を大きく裏切るものであった。
※ ※ ※
鈴詠の視線が脇の方へと落ちる。京太も自然とそれを追っていた。
「双刃、君?」
自分の脇腹に突き刺さったナイフと、そこから溢れ出す赤色にショックを受けてか、鈴詠は気を失って倒れてしまった。
「――きゃああああああああああああああああああああああああああっ!!」
悲鳴に京太はそちらを見やる。そこには悲鳴の主である空と、驚きを隠せず固まっている水輝の姿があった。
「嘘、だよね……。鈴詠、鈴詠が……」
「――空! 来るな!!」
覚束ない足取りでこちらへ歩み寄ろうとして来た空へ、京太は反射的に制止の声を掛ける。その声に怯えるように立ち止まった空の表情に、京太は後ろめたさを覚えて顔を背ける。
「来るんじゃ、ねぇ。……水輝、空を頼む」
「……はい」
京太の言葉を厳粛に受け止め、水輝は苦虫を噛み潰したような表情を見せながらも空を連れてこの場から去って行った。
それを確認し、京太は鈴詠を刺した彼を睨み付ける。
「てめぇ、どういうつもりだ。双刃」
抜き去ったナイフからしたたる鈴詠の血を眺めながら、彼は人が変わってしまったかのように頬を歪めるばかりだった。
「黙ってんじゃねぇ……、さっさと、さっさと答えやがれてめぇ!!」
激情に駆られるまま、京太は双刃へ殴り掛かる。ふざけるな。なんで鈴詠が、鈴詠が殺されなきゃならねぇんだ。なんでお前が、双刃が鈴詠を。祭りの間そんなそぶりは一度も見せなかった。あの日、俺の胸にナイフを突き立ててきたあの日からもお前はずっといつも通りだったじゃねぇか。
殺す。殺してやる。鈴詠を殺したお前を、今度は俺が殺してやる。
だが、京太の拳は虚しく空を切った。それを避けた双刃は大きく跳躍し柵の上に降り立つ。
「……お預けだ、京太。今のままのお前じゃ、俺は殺せないよ」
そう言って双刃は夜の闇に消えて行った。
京太は膝から崩れ落ちる。くそっ、くそっ、くそぉっ!!
地面を叩いても、零れる涙に濡れた土に拳が汚れて痛むだけだった。
抱き上げた鈴詠の身体から、熱が急速に失われていく。既に息をしていない彼女の脇から流れる血は、それでも未だに止まらない。
急所からはややずれているように見える傷口。外傷による死にしてはいささか早過ぎるような気がしたが、恐らくは失血によるショック死だろう。
やがて京太の背後に誰かの気配がやってくる。京太は振り返らずともそれが誰かわかった。
京太は振り返らないまま、辰真へ請う。
「じいちゃん、今すぐ俺に頭領の座をくれ」
背後から返って来るの極道者のような、ドスの効いた厳めしい声だ。
「そいつぁ、何の為だ」
「決まってんだろ。あいつを、双刃を殺す為だ」
双刃は言っていた。今のままのお前じゃ、俺は殺せない。その通りだ。今の俺に恐らくあいつは殺せない。
だが、あれがあれば話は別だ。扇空寺の頭領に代々受け継がれてきた宝刀、『
「あいつぁもう、天苗双刃じゃねぇ。あの眼はただの魔だ。憑り付かれたのか何なのかは知らねぇが、あいつを殺すにはそれ相応のもんが必要だろ」
頭領の座と、『龍伽』。いいぜ、やってやる。あの野郎を殺す為なら、頭領だろうがなんだろうが幾らでも張ってやる。
「ほう、そこまで見えてたなら話は早ぇ。――甘ったれんじゃねぇぞ」
しかし辰真の返事は京太の望みとは真逆のものであった。
「てめぇの恨みを晴らす為に頭領の座が欲しいだと? 俺が教えてきたもんは、そんな下らねぇもんじゃねぇぞ。てめぇの貫くべき義はなんだ。てめぇが義を果たしてぇ相手は誰だ。今のお前が、俺を前に義を貫く覚悟を立てられるってのか!!」
辰真の一喝に、京太はハッと息を呑む。
俺の義。俺が、義を果たしたい相手。
京太は腕に抱える亡骸に目を落とす。織原鈴詠。記憶を失った俺の傍に、それでもずっと居続けてくれた彼女の為に、俺は何ができる。
京太は唇を強く噛んだ。そこから滴る血を口に含み、鈴詠と口付けを交わした。
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