Chapter 1-3

 夜の、提灯が照らす境内を巡る。そう広くない神社の境内を一周するのに大した時間は掛からないものの、何度も回る内に鈴詠と空が盛り上がり、双刃が穏やかにそれを後押しする。


 それを後ろから見つめていた京太は、空はともかく鈴詠があれだけはしゃぐのは珍しいと感じていた。


 濃い藍色の生地に、添えるように小花をあしらった浴衣の鈴詠。

 明るい緑色の生地に、大きな牡丹模様を纏うようにあしらった浴衣の空。

 普段とは違う装いが二人をそうさせているのかもしれない。


「お二人とも、楽しそうですね」


 京太の隣に並んでいるのは、月島水輝つきしま みずき。金髪碧眼の美形である彼も、京太の幼馴染みだ。


「そうだな。水輝、お前も楽しんでこいよ」


 水輝を合流させて、一人で歩こうとした京太だったが、そんな彼を見かねてか鈴詠と空が両側から彼の手を引き連れ回し始めた。

 お陰で今もこうして五人の輪の中心にいる羽目になってしまった。


「京太ー、射的やろうよ射的ー」


 空にせがまれて京太たちは射的の屋台へ向かう。代金を払った空が銃口に木製の弾を詰めている間に水輝と双刃はかき氷を買って来ると言って離れていった。


 残った京太と鈴詠が見守る中、空の撃つ弾は惜しくも全て外れてしまう。


「ちぇー、相変わらず難しいよねー、射的って」


 空は京太に銃を差し出す。


「はい、次京太の番ね」


 京太は銃を受け取りはしたもののあまり乗り気にはなれなかった。代わりに、こちらへやって来る人物へ銃を渡そうとする。


「水輝、お前これ得意だろ」

「ええ、まあ。でもいいんですか?」


 かき氷を買って、双刃と共に戻ってくる水輝だった。京太はやらなくていいのかという水輝の言葉だったが、京太は「構わねぇよ」とかき氷を受け取りながら銃を渡す。


「では、お言葉に甘えて」


 銃を受け取った水輝は代金を払い、弾を込める。既定の距離から更に離れた水輝は銃を片手で構えると引き金を引き絞った。


 小気味よい音を立てて飛び出した弾は見事、一等の札を抱えた人形に当たる。だが人形は重りを詰められているらしく揺れただけで台の上に留まる。


「次で落としますよ」


 水輝は宣言する間に片手に備えていた弾を素早く込め直し、即座に撃ち出した。


 神業のような速射は当然のような命中精度で再び一等の人形に当たった。まだ台の上で揺れている最中にあった人形は完全にバランスを失い、台の裏に落ちていった。


「流石水輝、やるね」

「いえ、それほどでも」


 双刃の送る賞賛に、水輝は爽やかな笑みを返す。

 落ち着いた様子の当人たちであったが周囲では見物人や屋台のおじさんが盛り上がっており、景品の携帯ゲーム機を受け取りながらはしゃぐ空と鈴詠に促されながら京太たちは次の屋台へ向かう。


「次は金魚掬いかい?」


 双刃の問いに頷きながら、鈴詠と空は金魚掬いの屋台に向かう。どちらが多く掬えるかを競うつもりらしい。


 だが、京太たちが見守る中、悪戦苦闘する二人は逃げ回る金魚をなかなか掬えず結局一匹も掬えずに終わってしまう。


「昔はもっと掬えたんだけどなぁ」

「今やると結構難しいね」

「それじゃあここは、俺の出番かな」


 二人の間に割って入った双刃がポイを受け取る。


「では、天苗双刃の金魚掬いショーの開幕でございます。どうぞごゆっくりお楽しみ下さい」


 宣言すると同時に、双刃はすっとポイを水中に入れて即座に引き上げる。すると近くにいた金魚が空中に躍り出て、双刃はそれを容器に落とす。

 目にも留まらぬ早業だったが、京太は何が起きたかしっかりと見えていた。


 双刃は続けて同じ要領で次々に金魚を掬っていく。途中でポイに穴が開いてしまったが、双刃は構わず続けた。勢いは僅かに減ったものの、金魚を掬うそれ自体になんら支障はない様子であった。

 それもその筈、双刃はポイの紙の部分ではなくその周りの輪の部分を使って金魚を掬っていたからだ。


 掬った金魚を収める容器の数も次々と増えていく。


「これにて終幕でござい」


 容器に最後の金魚が落とされ、水槽の中の金魚は全ていなくなってしまった。

 双刃は周囲から送られる拍手の中、容器の金魚を水槽に戻していく。一匹だけを水を入れたビニール袋に入れてもらうと、それを持って立ち上がった。


 京太たちは以後も屋台を巡り、菓子を購入したり遊びに興じたりとしていたがやはり京太は積極的にはなれなかった。


「はい、次行くよ次!」


 空に連れられて双刃と水輝が先行していく中、京太の隣に並んだ鈴詠が呟くように京太に声を掛ける。


「ねぇ、京太君」


 俯き加減の鈴詠の表情は、


「楽しく、ないかな」


 伏し目がちな鈴詠の横顔はどこか寂しげで、悲しそうですらあった。


 そんな鈴詠の表情に、京太は胸が痛むのを感じた。


 やめろよ。京太は自覚する。


 鈴詠に、そんな顔はして欲しくない。


「……もうすぐ花火だよな」


 自身の問いには答えずに発せられた言葉に、鈴詠は驚いた様子で京太を見上げる。


「え、う、うん」

「んじゃ、ちょっと付いてきな」


 京太は鈴詠の手を取り祭りの会場から離れた小高い丘への階段を昇り始めた。あと十分程度で花火が上がる筈だ。祭りを締めくくるそれを、絶好の場所から眺めさせてやりたい。一緒に観たい。京太は心の底からそう思い始めていた。


 夜の街を一望できる丘へ辿り着いた京太たちは柵の前へ向かう。


「空たち、置いて来ちゃってよかったのかな」

「俺は構わねぇよ。お前と、二人でいられりゃあな……」


 消え入りそうな京太の言葉尻は鈴詠の耳には届き辛かったようで、彼女は「え?」と小首を傾げる。


「何でもねぇよ。ほら、時間だぜ」


 京太が見つめる先で、一筋の光が音を立てて虚空へと昇って行った。それはまさに花が開くかのように鮮やかな花火となって瞬いた。


 花火は次々と打ち上げられていく。花火の爆ぜる音は、今ここで高鳴る鼓動の音と同調するかのように胸に響く。


「綺麗……」

「ああ……」


 鈴詠は花火をうっとりと見上げるその顔を、京太に向ける。


「京太君、あのね……」


 言葉を途切れさせた瞳が、揺れる。躊躇いがちな言葉を紡ぐ勇気を絞り出す為に、ぎゅっと閉じられる。


 次に開いた瞳は、真っ直ぐに京太を見つめていた。


「好き、だよ」


 返答に躊躇う必要はなかった。


「……ああ。俺もだぜ、鈴詠」


 瞬間、嬉しそうにはにかんだ鈴詠の表情が、





 ――衝撃に、歪んだ。

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