第8話(完結)

陽向ひなたは、キョトンとして立ち上がると、

「早く着替えて、食堂においでよ」

と、部屋を出て行こうとした。


いつでも姿勢がスッと伸びているおかげで、同じ身長のはずなのに自分より背が高く見えるその背中に向かって、千影ちかげは、思い出したようにニヤニヤしながら声をかけた。

「なあ、陽向ひなた。オマエ、ワルツって踊れる?」


「うん。踊れるよ」

陽向ひなたは、振り返って答えた。


アテがはずれた千影ちかげは、カン高い声をあげた。

「は? マジでぇ?」


「去年、バチカンから招請しょうせいされたときに。ソシアルダンスをひととおり覚えた」


「はあああ? 悪魔祓い師エクソシストの秘密会議に、なんでダンスが必要なんよ?」


「そう言われてみれば、……そうだねぇ?」

と、陽向ひなたは、紫水晶アメジストのカケラをきらめかせる黒曜石の瞳をユックリしばたたかせながら、

「でも、ホテルが一緒だったアメリカの精神医学の教授が、会議の後の夜会に備えて念のため覚えておいた方がいいって。教えてくれたんだ」


「オマエ、気をつけろよな! ティーンエイジャーにホテルの部屋でダンスの個人レッスンしようなんてオッサン、マトモじゃねーだろ、どう考えたって!」


「でも、その教授もティーンエイジャーだったし。なんなら、ボクより1つ年下だったよ」


「あ、そ」

千影ちかげは、拍子抜けしたようにフンと鼻を鳴らしてから、

「とにかく、陽向ひなたは意外とニブいんだから。。気をつけろってば」


「そうだね。ありがとう」

陽向ひなたは、素直に同意したものの、

「ワルツを踊りたいのなら、いつでもボクがリードしてあげるよ、千影ちかげ

あいかわらずの浮き世ばなれした無邪気さで、千影ちかげの白い顔を赤く染め変えさせた。


陽向ひなたが部屋から出ていくと、千影ちかげは、「ハーッ」と大きなタメ息をもらして、

「夢の中では、オレのほうがリードしてたのに。なあ?」

と、手の中のフィギュア人形に向かって、こっそりボヤいた。


伽羅色きゃらいろの肌をした美しい女戦士の顔が、ほんの一瞬だけ……

神秘的なアルカイック・スマイルをのぞかせたような、気がした。




===オワリ===

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陰陽師は踊る こぼねサワァ @kobone_sonar

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