第8話

やがて、ひつぎがかぐわしい花の香りで満たされたころ、月御門つきみかど祭守さいしゅと共に祭壇に上がった星尾ほしおは、夢見るように微笑みながら横たわる愛くるしい少女の姿をハッキリと見た。


白い着物を美しく身にまとい、少女が願ったとおり、たくさんの華やかな花々に包まれながら。

自分がどれほど無惨に短い命を奪われ、今また不当に疫病えやみの元凶のヌレギヌまで着せられていることを、ミジンも気付かず。

それどころか、自分を「幸せ」と信じて。嬉しそうに微笑んで。

ひつぎの中に、ひっそりと横たわっているのだ。


月御門つきみかど祭守さいしゅたる陽向ひなたは、少女の枕もとの笹の葉を取り上げて、

「オン・サンマユカン・マカサンマユカン」

と、安らかな眠りを約束すべく口ずさんでから、懐剣の下にそっとはさんだ。


陽向ひなたが祭壇をおりたあとも、星尾ほしおは、しばらくその場を動けなかった。

無限の夜の色にあまたの星をまたたかせる少女の可憐な瞳から目をそらすのが、どうしようもなくツラかった。


情動的で無意識な……かつては女性の姿が札束にしか見えなかった元ホストにしては、ガラにもない……そんな動作で、星尾ほしおは、少女の頭にそっと手を触れていた。

ヒタイの髪をゆるりとナデあげてやると、星空の瞳に無限の幸福を輝かせて、少女はいっそう愛くるしく「うふふ」と笑った。


「そう。おハナが幸せだというのなら。……それでいいよ」

星尾ほしおは、自分自身を言い含めるようにつぶやいた。

昨日、陽向ひなたがおハナにささやいたのと同じ言葉だった。


陽向ひなたは、たぶん、あまりにも悲しい少女の運命を憐れんで言ったのだろうが。

星尾ほしおは、悲愴な運命も幸福に感じられるほどに清らかで無垢な少女との別れが、純粋に口惜くやしかったのだ。


「おハナが幸せなら。それでいい」

未練がましくつぶやく声は、フラレ男のヒトリヨガリなごとそのものだった。


西の空に桃色のグラデーションがかかろうとする頃、ひつぎは、祭壇ごと燃やされた。

もうもうたる白い煙が、雲ひとつない天空高くへ、一途に真っすぐに昇っていく。


星尾ほしおは、煙が目にシミたフリをして、和服のソデでゴシゴシと何度もマブタをぬぐった。

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