第3話

「それからね、おハナは、サクラの木になったんだ。鳥がたくさん遊びに来てくれるの。ちょうちょや、他の虫も。たっくさん!」

と、少女の霊は、小さな頭の左右にそれぞれ編みこんだオサゲ髪を揺らしながら、ふんわりと微笑んで、

「……でもねぇ、ちかごろは、なんだか、すっごく眠いんだぁ、おハナ」

と、ふいに大きなアクビをもらした。


陽向ひなたは、紫水晶アメジストしずくをうるませたような黒い瞳をやんわり細めて、ささやいた。

「おハナは、そろそろ寝る時間なんだよ。またキレイなオベベをきて、やわらかい羽のお布団でねむろうか?」


「んーん……おハナは、お布団のかわりに、たっくさんのお花をかむって寝たいな」


ふっくらした優しいマブタと切れの長い目尻には、悩ましい朱の色を帯びている。

無垢な幼い少女が、江戸時代にこの集落でおこなわれていた『花しずの祭り』という秘儀に捧げるため美しく化粧されたにえであったことを示す証だ。


「いいよ。じゃあ、そうしよう」

月御門つきみかどの若き祭守さいしゅは、いとも気軽にアイヅチを打って、少女のアタマをそっとナデた。


古びた廃寺はいじの荒れ果てた庭には、初秋の夕焼けの光がまぶしく降りそそいでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る