最終話「キミとその先へ」


「ボウズ! 飲んでるか~!?」



 エボンが楽しげに、ヨークに近付いてきた。



 その顔色は血色良く、右手には酒瓶が見えた。



「もう酔ってんのかよオッサン」



 ヨークはそう言って、エボンに苦笑を返した。



「あ? パーティってのは酒飲むところだろ?」



「エボンさんって酒飲みだったんだな」



「別にいつも酔っ払ってるわけじゃねえぜ?


 けど、こういう祭りの時くらいはハメ外さねえとな」



「良いけど、ゲロ吐くなよ」



「任せとけっての。はっはっは」



 エボンは近寄ってきた時と同様に、楽しげに去っていった。




 ……。




 それからヨークは、パーティに参加した人々と交流した。



 ……楽しい時間はあっという間に終わった。



 パーティは終了の時間となった。



 主催者の義務として、ヨークは参加者たちを地上へ送り届けた。



 そして会場に戻り、ミツキと後片付けをすることになった。



 ヨークは呪文を使い、燃やせるゴミを処分していった。



 ミツキはテーブルなどをスキルで『収納』していった。



 やがて片付けは終わった。



 迷宮は祭りの場では無くなり、元の姿を取り戻した。



「オーワッター」



 全てが終わったヨークは、だらけた口調でミツキに話しかけた。



「暇な連中に、手伝わせても良かったのでは無いですか?」



「別に。他に仕事が有るわけでもねーしな」



「……そうですね」



 ヨークの役目は終わった。



 迷宮は踏破され、神も倒された。



 彼の人生の目標は、もう無い。



「あなたはこれから……」



「ミツキさ。


 その首輪、いつまで付けてるんだ?」



 新しい教えが公布され、第三種族は解放された。



 彼女を奴隷にしておく理由は既に無い。



 だというのにミツキは、ずっと首輪を身につけたままだった。



「別に……困るものでもありませんから」



「外してやるよ」



 ヨークはそう言って、ミツキの首に手を伸ばした。



「ッ……!」



 ミツキは全力でヨークから逃れた。



「おい……」



「その……。


 この首輪は、デザインが気に入っているのです」



「けどさ、奴隷の首輪だぞ」



「どうせ命令をしないのですから、はめていても変わらないでしょう?」



「変わってるな。おまえ」



「普通です」



「普通ですか。


 ……それでさ、ミツキ」



「はい」



「約束、覚えてるか?」



「どの約束でしょうか?」



「聖女の試練で負けた方が、勝った方の言うことを聞くって」



「はい。もちろん覚えています」



「あれって俺の勝ちで良かったんだっけ?」



「以前、はっきりと明言させていただきましたよ。


 第三の試練で、私の仲間であるリーンさんが不正を行いました。


 ですから、勝負は私の反則負けです」



「だったらさ……。


 俺の願いを一つ聞いてくれるか?」



「よろこんで」



「……うん」



 ヨークはポケットに手を入れ、そこから指輪を取り出した。



 そしてミツキの手を取り、彼女の指にその指輪をはめた。



「これは……!」



 ミツキの目が見開かれた。



 彼女は動けなくなり、顔を赤くし、胸を高鳴らせながら、ヨークの言葉を待った。



「ミツキ……俺と……」







「異世界に行って欲しい」







「はいっ!!!


 …………………………………………はい?」



「どっちなんだよ?」



「異世界とは?」



「こことは違う、別の神が創った世界だよ」



「そう簡単に行けるものなのですか?」



「ああ。神はみんな、異世界に渡る力を使えるらしい。


 ヨーグラウの力をコントロール出来る俺も、


 異世界に行けるってわけだ」



「……そうですか」



「この世界でやりたかったことは、やりきっちまったからな。


 異世界旅行だ。


 俺と一緒に新しい世界を見に行こうぜ」



「……はぁ」



「嫌だったか?」



「いえ。ですが……。


 この指輪は?」



「それは世界を渡るための指輪だ。


 ミツキには神の力が無いだろ?


 俺とはぐれた時に、


 自力で元の世界に帰れるようにするための指輪だな」



「…………そうですか」



「嫌かよ?」



「いえ。行きますよ。


 私はあなたの相棒ですからね」



「良かった。


 それと、もう一個いいか?」



「願い事は一つのはずですけど?」



「まあ聞けよ。


 俺の羽ってミツキの力で治せないか?」



「さあ?


 私の力で治るのなら、


 ふだん触れている時に治っているのではないですかね?」



「そっか……。そうだよな……」



「ですが、いちど試してみましょうか」



「頼む」



「動かないで下さいね?」



 ミツキはヨークのすぐ前に立った。



 そして彼をしっかりと抱きしめた。



「ミツキ……!?」



 ヨークはぎょっとした様子を見せた。



 ミツキの甘い匂いが、ヨークの鼻をくすぐった。



「言ったでしょう。動かないで下さいと」



 ヨークを抱いたミツキの手が、彼の肩甲骨の辺りに触れた。



「……ダメか」



 ヨークの羽が再生される様子は無かった。



 背中の羽は、ヨークの記憶にすら存在しないものだ。



 失われたわけではなく、これが当然。



 そう思っているから、再生されることは無いのかもしれない。



 ヨークはそう考えた。



 反応が無いとわかっても、ミツキはヨークから離れなかった。



「もう少しやってみましょう」



 ミツキはヨークのことを想いながら、彼の背中をさすり続けた。



 長く、優しく、丁寧に。



 すると……。



「ぐうっ……!?」



 ヨークが苦しむような声を上げた。



「ヨーク……!?」



「だいじょうぶ……多分これ……。


 ぐあああああぁぁっ!」



 ヨークの叫びと共に、黒翼が服を突き破った。



 ヨークの背中に、立派な羽が出現していた。



「羽だ……」



 ヨークは首を回し、背中の羽を見た。



「良かったですね」



「飛べるかな? これ」



 そう言って、ヨークは翼を羽ばたかせた。



 そして……。




 ……。




「忘れ物は無いですか? ヨーク」



「ああ。行くか」



 早朝。



 勤勉な王都の大人たちですら、まだ眠っている時間帯。



 宿屋の前。



 薄暗く人通りの少ない通りに、ヨークとミツキの姿が有った。



 ヨークは前方に手のひらを向けた。



 そして自身の中央へと意識をやり、神魂の力に触れた。



 すると金属製の扉が、二人の前に出現した。



 扉は最初から、大きく開かれていた。



 踏み入れさえすれば、ヨークとミツキを異郷へと運ぶだろう。



 ヨークは扉に向かい、はじめの一歩を踏み出そうとした。



 そのとき……。



「みゃあ」



 一匹の猫が、ミツキに近付いてきた。



 背中に羽が有る。



 体長20センチほどの、羽猫の子供だった。



 猫は背中の羽をはばたかせると、ミツキの頭にのっかってきた。



 初対面であるはずのミツキに、猫はなぜか甘えていた。



「あ……」



 ミツキの目から、突然に涙がこぼれた。



 それを見たヨークは、慌ててミツキに声をかけた。



「ミツキ……!? どうした……!?」



「……わかりません。


 この子が可愛いからなのかもしれませんね」



「病気とかじゃ無いなら良いが……。


 しっかし、人懐っこいな。ミツキの知り合いの猫か?」



「いえ……お母さんはどうしたのですか?」



「みゃあ」



「そうかそうか」



 猫の言葉に対し、ヨークはうんうんと頷いてみせた。



「ヨーク。この子の言葉がわかるのですか?」



「さっぱりわからん」



「どうしましょうか」



「知り合いに預けてきたらどうだ?」



「……そうですね」



 ミツキがそう言ったそのとき……。



「みゃーお」



 猫は飛び立ち、扉に入っていってしまった。



「あっ……。


 ヤンチャな子ですね」



「追いかけるか」



「はい」



 ヨークとミツキは、異世界への扉に向き直った。



 ヨークは一歩を踏み出した。



 そのとき、後ろから声が聞こえた。



 聞きなれた声だ。



 ヨークは振り返った。



「一緒に来るか?」



 ヨークはそれだけ返すと、扉へと入って行った。



 慌てた様子の足音が、ヨークの後に続いたのだった。


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『敵強化』スキルを笑われて幼馴染に置いていかれた俺のレベルが有頂天でおさまる所を知らないので、助けたケモミミ美少女奴隷とイチャイチャしながら迷宮の最深層目指すことにした_神魂のニルヴァーナカクヨム版 ダブルヒーロー@『敵強化』スキル @test_whero

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