第20話

 翔は膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。

 朦朧とする意識の中冷たく突き放すような瞳をする彼の顔を凝視する。

 冷たく見下ろしてくる瞳は光がない、突き放すような態度で翔を殺そうと振り上げた手が見えた時意識が途絶える。


「あ、れ…」


 気付けば電車の中だった。電車に揺られ無意識のまま体が最寄りの駅で降りる。

 そこからはずっと歩いていて、何もない場所をただひたすらに歩く。

 森の中、水の畔、建物の傍。全て見たことがあるようで懐かしさすら感じる。

 それは次第に、色を無くしていっていつの間にか目の前一帯が赤と黒に塗り潰されていた。さっきまでは白く綺麗な景色が広がっていたというのに、急に恐ろしくなって翔は立ち止まる。

 景色が歪む、掌に感じる重みに腕の中で感じる生温かな感触に恐る恐る視線を向ければ腕の中には女性が一人血だらけで倒れている。

 ガタガタ震える体と乱れる呼吸音が響いて、虚ろな瞳がこちらを見つめている。

 手が頬に触れれば何やら言葉を零している。耳を近づけて聞いてみる。


「———」

「—ッ!!」


 地面が崩れる。落ちる―そう感じた瞬間に掴まれた腕に目線を向ければ優しい瞳が翔を捉えている。


「まだ、駄目だよ」

「先輩…」

「ほら、あがっておいで」


 その相手は鎮生だった。鎮生に言われるがまま黒い道に足を掛け昇る。

 此処は何処なのかと問う。鎮生は意識の中だという翔は死んでいないがこのままだと確実に意識下で死ぬというのだ。


「それでは駄目なんだ」

「それってどういう―」

「ほら、見えて来たよ。あっちあそこに光が見えるだろう」


 走れ―そう言われ翔は無意識に駆けた。

 振り向いた後ろでは鎮生が手を振っている。が、走る足は止められなくて光の中に飛び込んだ。


「どうか影が正しい道へ導きますように」


 これは一体どういうことだ。

 空は砕け、地は燃えるように砕けているこの場が赤と黒に染まっている。目の前には血濡れた刃を向ける天—邪神がいる。

 出雲の姿も春嘉の姿もない。今在るのは憎らし気にこちらを見下ろす男だけ。


「そうやって無意識のまま、この国を汚すのか」

「なにを…言って…」

「いつまで、そうやっているつもりだいつまで愚かな者たちを救おうとする」

「…そんなこと出来ない」

「言ったはずだ、捨ておけと諦めろと―無駄なことだと」


 目の前の神は一体何を言っているのだろうか翔には分からない。


「何故、そうまでしてこの国を守ろうとするのだ!捨ておけ今ならまだ間に合う、捨ておけ諦めてくれまいか」


 まるで乞うような声に、翔は息を呑む。

 体中が軋むように痛む、内側から焼けるように炎が巻き起こる。何を諦めればいいのだろうか、何を捨てればいいのだろうか。

 母を殺した相手に命乞いをしろというのか―?翔にはもう何もかもが分からない。


「いやだ」

「なぜ―」

「お前さえいなければ、こんなことにはならなかった。だから、諦めるのはお前だ!」


 全てを返せ、奪ったものを返せ―そう吐き捨てるように炎を生み出して辺りを染める。そのまま手に握った剣を邪神に叩き付ける。

 剣と剣、刃と刃が交わる時衝撃が生まれ地が揺れる、空が砕けていく。

 その光景を見ていた出雲は驚愕の瞳を滲ませて、胸元にある黒い剣を見つめる。


「な、ぜ…」

「俺は言ったはずだ、聖神。人を恨むなと憎むなと悲劇を繰り返すなと―あの時言ったはずだ」

「……っ」

「最初からこうしておけば良かったんだ。終わりにしよう聖神、全てをんだ」

「—どうして、ぼくはただっ」


 春嘉の剣は出雲の胸を貫いた。闇が粒子となり春嘉の周りに散っている。

 呪いの残滓を力として出雲の心臓となる核を取り出す。それを手に春嘉は一歩出雲と距離を取る。

 出雲の体は支えを失って倒れ込んだ瞬間水の泡となり大地に消えていく。


「俺なんかに執着するなんてお前も十分愚かだよ…」


 その言葉は虚空に消える。

 踵を返し、春嘉は歩く傍観者のように佇む太陽は春嘉と同じく光る核を手にして悲し気に微笑んでいる。


「愛神と鬼神の分、それとこれ、ね」

「……」

「どうか、この光が皆を照らす光となりますように」


 そう言った太陽の姿が光の泡となり消えていく。春嘉は受け取った三つの核を手に歩みを進める。

 そこに待つのは、巫女である神威に体を預け荒い呼吸を繰り返す七瀬だ。

 七瀬の足元には陣が張られている、巫女の手が赤い恐らく巫女が血文字で作ったのであろう、七瀬は手を差し出す。


「これで、五つだ。そして…」


 光る色とりどりの核を七瀬に手渡して、剣を陣の真ん中に突き刺して春嘉は自身の核を手渡した。そして闇に包まれる。


「どうか、呪いが戒めとなり道を作りますように」


 闇は空に染み込むように消えていく。

 神威は七瀬の手を取って、額を合わせ言葉を唱える。


「ギルバート、よく見ておくんだ。これが世界が閉じる瞬間だ」

「………」


 上空では、魔法使いであるノヴァ、ギルバート、そして右京が地上を見下ろしている。崩壊する世界をみるのはギルバートにとって初めてだった。

 出雲—聖神が繰り返し続けた過ちは崩壊を生み、そして輪廻は狂い始めた。

 全てが反転した国がこの国だった。この国は既に滅んでいるはずなのだ、神の願いの元作り出されたこの国と言う空間は外界から切り離された。

 その輪廻を止めるには、全てを壊すしかなかった根源を断ち切り一度全てを白紙に戻すのだ。


「母神に還すんだ。全てを返還し創り直す」


 激しいぶつかり合いが空間内に木霊する。

 もう何時間もそうやって繰り返している、何度も何度も同じ光景が繰り返されている。


「そうだ―だから、終わりにするんだ」

「ぁ……え」


 翔は状況が理解できなかった。貫かれた胸には剣が刺さり体は硬直したかのように動けない。そのまま、地面に倒れるしかない。

 意識はそこで事切れた―。

 取り出した核を晴翔は邪神に向ける。邪神はそれを受け取ると目の前の晴翔を斬りつけた。砕ける身体に晴翔はただ柔らかく笑んだ。


「やっと、解放される―」

「……ミカゲ。またな」

「…あぁ。また会おう兄弟」


 抱き締めた身体が砕け散る。

 残された赤い核と朱色の核を手に邪神は陣へ急ぐ。


「母なる神よ―全てをお還しいたします。お受け取りを―!」


 既に虫の息の七瀬の胸を鋭い刃が貫く。

 その瞬間戒めの鎖が発動し、眩い光となって辺りを白く塗り潰した。

 国一帯が白で塗り潰され、後には何も残らなかった―。


 母なる神は掌を広げる。小さな灯が七つ、全て元は同じ欠片だった。


「過ちは正さなければなりません」


 ―人が望む限り、その全てを上げましょう。

 ―最初の贈り物は―誕生の祝福を全ての生き物へ。


 そして、生き物は全てを繰り返すのだ。

 これは終わらない夢、終わらない一生の贈り物を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒翼の救世主 獅子島 @kotashishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ