第80節 期待は力か、重圧か

親やコーチからの期待が重いです。正直、そっとしておいてほしい。


こんにちは、柑那かんなです。


あなたにとって「期待」って何ですか?

期待という言葉を調べてみると、

1,あることが実現するだろうと望みをかけて待ち受けること

2,あてにして心待ちにすること

って書いてありました。(引用:goo辞書)


共通してることばは「待つ」という言葉。そう、期待する方は待ってるだけで何もしないんだよね。そして相手に期待の結果をゆだねてしまう。

だから、期待するというのは危険と隣り合わせな思考だと柑那は思っているの。期待って「する人」側のひとりよがりな希望になってしまう事があるから。

例えば、期待していた選手が思うように結果を出せなかったりすると、「期待外きたいはずれ」などと勝手にがっかりするのよね。選手本人が何かしたわけでもないのに、ただ自分の思っていた未来みらいと違っていたという理由でがっかりされてしまう。

その選手がそこまでどんな風に頑張ったかとか、今までどんな壁を乗り越えてきたとか、そういうことも全く関係なし。ただ、自分の思ったようにならなければ「期待外れ」なのよね。

じゃあ、期待ってしてはいけないのか、というとそんなこともなくて、期待されている人は期待されていない人より結果を出すって研究もあるの。この子は成績が伸びるはずと教師が信じていると、本当に成績が伸びるという研究結果があるのね。教師期待効果、などと呼ばれています。


そう考えると期待は「期待する」側のもの、と考えることができる。

もし自分が期待する方になった時には、期待はしても、自分の心の中だけで消化するという心づもりが必要かもしれない。最初に書いたように、「期待してる」「あなたならできる」って言われ続けてプレッシャーになってしまう人も多い。「期待してるわ」ってお子さんに言うのも、一見お子さんのことをはげましているように見えて、「期待に応えてね」っていう押しつけをして、お子さんのやる気をなくさせてしまっている事もある。


とはいえ、期待されているということに対してうれしさを感じる人がいるのもまた事実。期待されるとやる気が出て、期待されていないと知ってやる気をなくしてしまう人がいるのも。

だからこそ、期待というのはややこしい。人は期待という言葉にそれぞれの想いを込めるてしまう。込められた想いの重さも、人によって違う。重すぎればプレッシャーになるし、なさ過ぎても、モチベーションが上がらない。迂闊うかつに使う言葉じゃないって柑那は思っている。

もし思いがあるなら、もっと違う言葉で伝えてもいいのかなと思う。

もし、柑那だったらどう伝えるかな?

「あなたが頑張っていること、私は知っているよ」というようなことを伝えるかなって思う。不確ふたしかな未来みらいに対してではなく、選手が頑張っている「今」、それこそに価値かちがある。結果が出ても出なくても、あなたが今ここでこうしていることがすごいことなんだって思ってるんだよと伝えてみては、どうかな?


本編で期待について書いているのは京太朗けいたろうくんのお話!

https://kakuyomu.jp/works/16817330649112470710/episodes/16817330650446667062

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