第12節 似た者同士

「やってらんねぇ」


そのつぶやきは小さかったが静かな空間に確かにひびき、全員の耳にはっきりと届いた。


「は?」

杉山界登かいと気色けしきばむ。


発端ほったんはその日の練習中だった。

1年生の服部はっとり京太朗けいたろうパスを出さなかったことに界登かいとが腹を立て、名指しで服部はっとりしかった。それに服部はっとりが言い返し、一触いっしょく即発そくはつの状態になったのだ。その時はみんなが止めに入り収まったが、その後の練習はずっと、ピリピリとした緊張感きんちょうかんに包まれていた。

服部はっとり自身がそのままシュートする選択肢もなかったわけではないが、あの時は結果的にパスの方が正解だった。しょうとしては、界登かいとが言ったことは間違っていないと思うが、服部はっとりは納得がいかなかったようで、その後の練習はどこか投げやりだった。

そんな服部はっとりの態度に界登かいとのイライラがつのっていくのが誰の目にも明らかだった。

練習終わり、界登かいとが「お前ら、ここ片付けておけよ!」と明らかに服部はっとりに向けて言ったので、服部はっとりがキレたのだ。そもそも、片付けは主に1年生がやることになっているので、当て付けでもなんでもないのだが、いかんせんタイミングが悪すぎた。


こういう雰囲気は苦手だ。言葉に詰まった翔の横で界登かいとが低くうなった。


「お前、生意気なまいき言ってんじゃねぇぞ!」


「やめろ、界登カイ


副キャプテンの西がけわしい表情で一歩前に出ながら、今にもつかみかかろうとする界登かいとを手で制する。一瞬で空気が冷えた。


服部はっとり、今日の練習、あれはなんだ? あんな態度で練習されたらみんなが迷惑だ。

真剣にやれないんだったら、うちでやる必要はない」


言葉とは裏腹うらはらに西の口調は冷静そのもので、部員たちは誰も言葉を発せなかった。誰かがゴクリと息を飲む。服部はっとりは不満を顔中に表して、脱いだばかりのスパイクを叩きつけた。服部はっとりが走り去った先から、ガラガラと何かをり飛ばしたような音がした。

翔は服部はっとりの泥だらけのスパイクを拾い上げながら、オロオロと所在しょざいなさげにしている残された1年生に、今日はもう帰っていいよ、と言った。


「たまには俺たち3年でやろうぜ。用事があるやつは帰れよ。時間のあるやつだけ残れ」


「お、おい、翔!」


がくあせった声が聞こえたが、翔は情けなさでいっぱいになっていた。

翔は何も言えなかった。西にフォローされなければ、この場をどうすることもできなかった。


翔はだまって転がったままのボールの側に歩み寄ると足の内側で軽く蹴り上げる。ボールはポーンとゆるやかなを描いて転がり、用具室の前にピタリと止まった。

他の3年も翔にならいボールを蹴り始めた。みるみるボールが集まっていく。集まったボールをネットにまとめていると後ろで声がした。


「あの……僕らも、やります」


帰したはずの1年生たちが、おずおずと立っていた。服部はっとりの姿は、ない。


「そうか、ありがとう。

じゃああっちのマーカーの片付け、頼むよ」


翔が言うと、硬い面持ちだった1年生はほっとしたように表情を緩め、はい! と元気よく返事をして走っていった。


「西、ちょっといいか」


片付けを終えて、部室で着替えながら翔は西に声をかけた。

西は制服のボタンを止めながらガッと翔の隣に座り、長い足を投げ出した。


「俺は自分の言ったことが間違ってるなんて思っちゃいねぇぞ」


翔はうなずきながら、僕も間違ってないと思うよ、と答えた。


翔らの会話に、部室内のみんなが耳をすましているのがわかった。


「なぁ、1年の時の僕たちって、どんなだったかなぁ」


翔は西に問いかけた。西は驚いたように翔を見て、うっすらとひげの生えたあごをひとでした。


「うーん、まぁ、結構けっこう適当てきとうだったよな。今の1年とそう変わらねぇんじゃねぇ? 生意気なまいきな奴もいたし、おとなしい奴もいたし。片付けなんかめんどくせーとか言いながらやってたよな!」


軽い口調で西が答えると、部室にほっとした空気が流れ、みんなが次々に口をはさんだ。


「確かになー、走り込みの後とか、ぶっ倒れそうなのに片づけかよーって」


「つーか、実際ぶっ倒れてたしな! あれで結構メンタルきたえられた気がするぜ!」


「そういえばボール紛失ふんしつ事件、あったよなぁ?」


そうだった。あれは翔たちが1年の夏だ。


練習が終わった後、どうしてもボールが1つ見つからなかった。見つかるまで帰さんと監督に言われ、グラウンドの中だけでなく、外まで、探しに行かされた。やっと見つかったのは、遅い夏の夕焼けがすっかり山陰に隠れた頃で、せみの声も心なしか疲れたように聞こえていた。


翔らが用具室に最後のボールを片付けに行くと、監督は僕らを待ってくれていた。


「遅くまで大変だったな。見つかってよかった。ボール1個だって粗末そまつにするな。ボールがなきゃサッカーはできんからな。スパイクやグローブもだ! 道具は大事にしろ。親御おやごさんには俺から連絡入れておいたから、気をつけて帰れよ」

と言いながら、一人ずつにスポーツドリンクを手渡してくれた。


またあんな遅くまで残されるのはごめんだと思った翔たちは、それ以来いらい、ボールが変な方向に飛んだ時は意識して行方を見守るようになった。というのは、後日談。


翔らが楽しそうに思い出話をしているのを、1年生たちは着替えながら、だまって聞いていた。


みんなの笑い声でさわがしい中、翔はボソッと、西にだけ聞こえる音量でささやいた。


服部はっとりには僕からもう一度話してみる。だからさ、西、あいつが戻ってきたら頼むよ」


翔が手を合わせると、西はわかったというように翔の胸をグーでトンとたたいた。


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今日も、柑那かんな駐輪場ちゅうりんじょうで翔を待っていた。紺色のカーディガンを羽織はおり、めた自転車にまたがってクルクルとペダルを回しながら、翔の話を聞いていた。春とはいえまだロングソックスの脚の動きに合わせて、ひざだけが見えかくれする。


「その1年生? 服部はっとりくんだっけ? 彼はなんでそんなことを言ったんだろ?」


翔が今日の出来事を一通り話し終えると、柑那はペダルをこぐ足を止め、身体を起こして翔を見た。


「まぁ本気で片付けが嫌だったって事もないだろうし。中学でも名が知れてた選手だから、プライドが高いのかちょっと生意気なまいきっていうかさ……。態度たいどがでかい感じは最初からあった。それで何かと界登カイ衝突しょうとつすんだよ」


翔は考えながら話す。


界登カイくんの方はどうなんだろ?」


柑那の問いかけに、翔はあれ、っと思った。確かに界登カイも今までとどこか違う気がする。うん、何が? と言われると上手く言えないが。


「3年になってから、界登カイ、すごく熱心なんだよな。もちろん本気でプロ目指めざし始めたってのもあるだろうけど、練習から本気度がすごいっていうかさ。去年までとは明らかに違うかな」


服部はっとりくんも界登カイくんと同じフォワードのポジションだし、危機感ききかんとかあるのかもしれないね!」


柑那は意外に部員のことをよく見ている。


「あとさ、ちょっと気になったんだけど。みんなが服部はっとりくんを『問題児もんだいじあつかいしちゃってるのもよくないんじゃないかな」


「え?」


翔は意外な指摘してきに顔を上げた。


「例えばさ。監督にお前はどうせダメだって思われてたら、翔くんはどう? がんばろう! ってなる?」


「どうせダメなんだからやったって無駄むだって思うかもな」


「でしょ。監督が翔くんに期待してキャプテンまかせたい、って言ってくれたから、翔くんは今頑張がんばってるんだよねぇ」


服部はっとりもそうだってこと?」


「うん、そういうとこあるんじゃないかな。生意気だ、態度が悪い、って周りから思われているからそういう態度をとってしまってる可能性はないかしら? 翔くんだけでも、そういう目で見ないであげたら、ちょっとは変わってくるのかも」


「そういうものかな?」

翔は先ほどの、不貞腐ふてくされた服部はっとりの顔を思い出していた。


服部はっとりくん、将来キャプテンになるような気がするなぁ〜、私」


柑那はフフフッと、何かを思い出したように笑う。


「え? まさか、あいつが?」


「ホラぁ、言ったそばから! そういうとこだぞ!」


柑那は先生のように翔を指さして、今度は大きな声でアハハと笑った。


柑那がそう言うのなら、そうなのかもしれない。翔は、妙に確信ありげな柑那の態度に、そんなことを感じ始めていた。

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