第11節 声を出すことの本当の意味

数日後の練習中。

その日は攻撃陣こうげきじん守備陣しゅびじんに分かれてそれぞれ戦術せんじゅつ確認が行われていた。


天碧そら! 離れすぎ! バランス見ろよ!」


しょうが2年生の風間天碧そらに指示を出すと、

「ちょい待ち、翔」と大竹伊頼いよりがプレーを止めた。


「今は界登カイが前に行こうとしてたから、むしろ翔がカバーに入って、天碧そらはこっちのスペースを……」


戦術せんじゅつ分析ぶんせきが得意な大竹の意見はいつも真っ当だ。

「なるほど、そうだな。」

大竹は天碧そらを手招きしてプレーのすり合わせをする。


遠慮えんりょがちに近寄ってきた2年生の風間天碧そらも、大竹が意見を伝えると、自分がどうしようとしていたのかを話してくれた。


「OK、わかった。次は界登カイの動きも気にするよ。天碧そら、悪かったな!」


「いえ」天碧そら怪訝けげんそうにポジションに戻っていく。


こういったやりとりが増えることで、翔は他のメンバーの特徴がどんどんわかるようになってきた。なにより大竹の分析やポジションの指示は的確なので、勉強になる。


大竹タケ!ナイス!!」


「西サンキュー!!」


翔は次第に、声を出すのが楽しくなってきていた。大きな声を出すとスッキリする。自分の声で、誰かが動いたり、表情が変わったりするのも面白い。以前柑那かんなに言われていたこともあり、いいプレーには肯定的こうていてきな言葉を、たとえ失敗でも送るようにしていた。


「ナイスチャレンジ!! 次決めようぜ!!」


するとまた不思議なことに他のメンバーも翔を真似まねて声を出すようになった。

特に界登かいとは翔に負けじと大声を出してくる。


「ほんっと、負けず嫌いだよな」


休憩きゅうけいの笛がり、界登かいとが「のどかわいたー!!」と叫びながら水道へ走っていく。

「叫びすぎだろ」

と誰かが言い、なごやかな笑い声がグラウンドにひびいた。


そんな様子を見ながら翔が汗をいていると、がくが話しかけてきた。


「翔、最近変わったよな」


「え? ああ、うん」

翔は声出しのことか、と思ってうなずいた。

ところが岳が続けた言葉は意外なものだった。


「翔ってそんなに周り見れるタイプだったっけ?」


「えっ??」


翔は岳の方をまじまじと見た。

確かに監督からもっと周りをよく見ろと言われることは減ったかもしれない。


再開の笛が鳴り、グラウンドに戻った後も、翔は岳に言われたことを思い返していた。


確かに見える。大竹の動き、界登かいとの動き、天碧そら達2年生の動き、それから仲間の声もよく聞こえた。周りが見えているのでボールが来てもあせらないでさばける。仲間のうち誰がフリーなのか、誰が動き出そうとしているか、どこに出せばチャンスになるのか。


もちろん100%ではない。さっきのような思い違いやミスもある。界登かいとや大竹に比べたらまだまだ技術も判断力も及ばないのはわかっているが、少なくともピッチの中では対等に渡り合っている実感が生まれていた。


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その日の駐輪場ちゅうりんじょう。翔は柑那にモヤモヤとした自分の考えを話してみた。もちろん、うまく言葉にできなかったけれど。


望月もちづきが言っていた通り、僕が声出しすることでみんなからも声が出るようになってきた。1年はまだまだ遠慮えんりょしてるみたいだけど、2年3年は結構言うようになってきたかな。


でさ、他にも効果があるかもって言ってただろ?

今日思ったんだけどさ、声を出すためには、仲間がどう動くべきかを把握はあくしてないとならないし、仲間の動きを見ていなければならないし、こうしろ、ああしろって言うからにはそれなりに責任も生まれるし、口に出すことで大竹タケがそうじゃないって教えてくれることもあるし。


うーん、うまく言えないけど、今まで受け身でやってたような気がしてたけど、今は自分でコントロールしてるっていうか、主体的しゅたいてきに練習できてる気がするっていうか……。


伝わってる?」


翔が不安そうに柑那の方をうかがうと、柑那も同じ角度で翔を見返してくる。


「ここ数日、翔くんは声を出すようにつとめてみた。

そしたら変わってきたことがいくつかあった訳だよね」


柑那は細く白い指を一本ずつ立てて、翔の話をまとめ始めた。


「まず1つめ、声を出すためには周りをよく見ていないといけない。

2つめ、声を出すと責任が生まれる。

3つめ、戦術せんじゅつをしっかり理解していなければならない。

4つめ、間違っていたらすぐにフィードバックされて修正することができる。

5つめ、受け身でなく主体的に練習に参加している。


ねぇ、こういう練習ってどうなの??」


柑那は広げた指を突きつけるようにして翔にめ寄る。


「どうって……毎日いろいろ考えることあって、頭は疲れるけど、練習は充実してるし、自分がうまくなってるような気がする。楽しいよ」


「ねえ、それってすごい効果じゃない?

声出した、だけだよ?


それにさ、最初、そんなことする余裕ないよっていってたじゃない? 今は、どう?」


「あ」


柑那のいう通りだった。今では周りを見る余裕すらある。

やることが増えたのに、以前より落ち着いている。不思議だ。


「多分一週間前の翔くんに比べて、限界値げんかいちが上がってるんだと思う。当たり前の基準きじゅんが上がるから、今までやっていたことが楽にできるようになるというか。

家が近い人ほど遅刻しちゃう原理に近い、のかな? 違うか」


言いながら柑那は笑って、投げ出した足をぶらぶらさせた。


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次の日、翔はある考えを持って部活にのぞんでいた。

練習を始める前、3年生を集めて、翔の考えを話してみる。


「いいんじゃねぇ?」


反対するかなと思っていた界登かいとが、意外にも一番最初に賛成さんせいしてくれた。


「最近翔がよく声出してくれるからさ、みんなも動きやすそうだし、お互いのことが分かりやすくなってるよな。みんなで声出すことでもっと良くなるなら、それでいいんじゃないの」


西や大竹も、頷いてくれた。


「翔の声聞くと、なんか安心感があるっていうか。

上手くいってない時でもよしもう一回頑張るか! って気持ちになれるしな」

「うん、俺は声出すと元気が出るし、試合終盤しゅうばんの疲れた時間帯でもまだまだ行けるって気持ちになる気がするな」


実は声を出すことって柑那と話した以外にもたくさん効果があるのかもしれないな。翔は思い当たった。


「ありがとう!!」


翔はみんなに頭を下げ、ストレッチをしている下級生たちを呼び集めた。


「みんな、ちょっと聞いてくれ。提案ていあんなんだが……」

翔は深呼吸しんこきゅうして話し始める。


「今日から、全員プレー中はさん付けをやめてみないか。いわゆる、フィールドネームっていうのかな。僕たち3年が呼び合ってるみたいに、みんなからも呼んでほしいんだ。もちろん、レギュラーとか学年も関係なしだ。


1年でも遠慮えんりょせずカイとかタケとか呼んでくれ! もちろん僕はショウでいい」


下級生たちはザワザワしている。そりゃそうだ、昨日まで先輩せんぱいと呼んでいた相手をいきなり呼び捨てとか、愛称あいしょうで呼ぶのは抵抗ていこうがあるだろう。


「もちろん、ただこんな提案ていあんをしているわけじゃない。ピッチ内でのロスをできるだけ減らしたいと思ったんだ。青島あおしま先輩せんぱい! と呼ぶより、翔、パス! って言ったほうがずっと早いし明確めいかくだろ?

それに、呼び方を変えようと言うのが目的なんじゃない。学年関係なく、言い合える環境を作りたいんだ。こうした方がいいと思ったことは、上級生相手でも遠慮なく言って欲しい。もちろん、それで3年がむかついたりすることもしないように、それはみんなに言ったから。なっ、界登カイ!」


笑いながら3年のみんなの方を振り返ると、あせった表情の界登かいとの横で、西や大竹がわざとらしく大きくうなずいているのが見えた。


「もちろん、最初はくせでいつも通りに呼んでしまうこともあると思う、それは問題ない。だが、できるだけ早く慣れてほしい。僕は、ピッチの中では1年も3年も、関係なくしたいんだ。その第一歩さ。


どうだろう? だまされたと思ってやってみてくれないかな」


戸惑とまどいながらもみんな賛成してくれたので、翔は少しほっとした。

自分から何かを提案するなんて、生まれて初めてだったかもしれない。


「初めてキャプテンらしいことしたな」

自嘲じちょう気味ぎみに翔がいうと、

「何言ってんだ、お前十分キャプテンやってるよ」

真面目な顔をして、西が言った。

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