第13節 ライバルとリスペクト

翌日の朝練に、服部はっとりが姿を見せなかったので、しょうは話をするために服部はっとりのクラスへ向かった。

1年生のフロアに足を踏み入れると、新入生だらけの中で、翔の馴染んだ制服は明らかに目立ち、注目を浴びている気がして、翔は背中に汗をかき始めていた。


翔が服部のクラスを覗くと、先に同じクラスの神山かみやま橙志だいしが気づいた。神山はサッカー部のゴールキーパーだ。立ち上がってペコリと頭を下げる。翔の意図を察して神山が服部に近づき、なにやら声をかけた。顔をあげた服部がこっちを見て表情を固くする。

それでも服部はすぐに立ち上がり、廊下ろうかへと出てきて、小さな声でおはようございます、と言った。


「朝練、どうした?」


恐らく昨日のことを言われるだろうと思っていたらしい服部はえっというような表情になる。翔はつとめて笑顔を作る。


「来づらかったか?」


翔が笑みを見せたので、服部もかたかった表情を少しゆるめ、うつむき加減かげんにはい、と言った。


「せめて連絡くらいしろよ。

あとさ、昼休み、部室に来てくれないか? 見せたい物があるんだ」


翔は服部の肩をポンと叩くと、心配そうに教室の中から伺っていた神山に気づき、頼むな、と目で合図した。


昨日はあんな剣幕けんまくだったのに今日はやけにしおらしい。翔は柑那かんなの言っていたことをなんとなく思い出していた。本当に、根は真面目ないいやつなのかもしれない。

今は何かに抵抗しているだけで。


果たして昼休み、翔が部室に行くと服部は既に部屋で待っていた。


翔は服部をうながし、並んでベンチに座ると話しかけた。


「なんか言いたいこと、あるなら言えよ」


「俺自身、結構自信あったプレーで。シュートまでいけると思ったんです。だから、ダメ出しされてカッとなったというか。後から冷静に考えたら、界登カイ先輩が間違ってたとも思わないんですけど、あの瞬間は何にも考えられなくなって。なんか引っ込みつかなくなって」


「うん」


元々、服部は中学でも県選抜せんばつメンバーに選ばれていて、ずっと注目を浴びていた。確かに技術はある。2つ年上のカイに食ってかかるんだから、それなりの自信もプライドもあるんだろうな。翔は服部が可愛かわいく見えてきた気がした。


「お前さ、意外いがいにちゃんと自分を見られてんだな」


服部がまっすぐこちらを見ているのを感じながら、翔は話し続ける。


「その冷静さをさ、プレーの中で出せるようにしろよ。今の判断をあの瞬間に出せてたら、お前もっとよくなるよ。昨日の状態で、いいプレーできてると思うか? 違うだろ? プレー中に自分を見失ったら、終わるぞ。

もし自分の方が正しいと思うなら、言い返しても構わないよ。それは僕から界登カイにも言っとく。だけど、喧嘩けんかごしになるな。冷静に意見として言えるようにしろよ。お前みたいな自信過剰じしんかじょうなやつ、僕は嫌いじゃない。僕にはないところだよ。界登カイにしろ、服部にしろ、フォワードにはそういうところも必要だと思うからさ」


服部は大きな体を小さくしてハイ、とうなずきながら聞いている。


「お前さ、どうしてうちに来ようと思ったの? 他にもっと強いとことか、推薦すいせんで行けただろ?」


服部は少しためらったが、口を開いた。

「実は、一去年おととしの選手権、おれら中学の仲間と見に行ってたんです。その試合、本当は相手チームの方が目当てだったんですけど。当時1年だった界登カイ先輩がゴール決めて隼高はやこうが勝って。すげぇカッケー! って思って。俺、それで隼高はやこう入りたいって思うようになって。界登カイ先輩とツートップ組めたらいいなって。一緒にプレーするチャンス、1年しかないと思ったから頑張んなきゃって思ったんすけど。でもなんかそれが生意気なまいきって思われたみたいで」


なんだ、それがきっかけだったのか、と翔は内心ないしん苦笑する。


「あの、この話、界登カイ先輩には言わないでもらえますか……」


「ああ、いいけど。機会きかいがあったらお前から言えよ。界登カイ、喜ぶと思うよ?」


「そうでしょうか……」


目を泳がせていた服部は、あ、というように翔を見て、


「そういえば、見せたいものって……?」

と聞いた。


「あぁ、忘れてた。これ。お前置いてったからさ」


翔は立ち上がり、綺麗きれいみがかれたスパイクを手渡す。


「お前さ、いくら腹が立ってもスパイクは投げるなよ。毎日手入れして、大事に使え。そうじゃないと大事なとこで足をすくわれるぞ」


「はい。すみません。ありがとうございます」

服部は差し出されたスパイクを両手で受け取った。


「あ、そのスパイク掃除そうじしてくれたの西だからな。お礼言っとけよ」


=================


その日の翔は忙しかった。

服部はっとりと話がついた後は、界登かいとを探しに、3年のフロアへ逆戻り。


この時間なら界登かいとはおそらく、昼寝をしているはず。翔は界登かいとの教室をのぞいた。


いた。席にして寝ている。翔は昼休みの残り時間を確認して、そろそろ起こしても怒られないだろうと判断し、界登かいとの背中をトントンと叩いた。


「んー……何? もう昼休み終わり?」


眠そうな声を出して界登かいとがゆっくりと顔を上げる。


界登カイ、起こしてごめん。話があるんだ」


翔は空いている椅子を引き寄せて界登かいとと向かい合わせに座る。「昨日のことでさ」と翔が言うと界登かいとはああ、と言いながらそれでも目をしっかり開けた。


「さっき服部と話してきた。ちゃんと反省してるみたいだったしさ、許してやってほしいんだ。頼む」


頭を下げた翔に、界登かいとおどろいて「なんだよ、」と言った。

「あいつ、生意気じゃん。先輩を先輩とも思ってないってかさ。最初っから態度悪かっただろ? 1年との顔合わせの時もさ」


「うん、確かにね」

翔は最初に会った時のことを思い出していた。口数少なく、不愛想ぶあいそうな自己紹介をした服部。今思えば、ただあこがれの界登かいとを目の前にして緊張きんちょうしていただけなのかもしれない。そう考えると自然と顔がゆるむ。


「でも、界登カイの言うことは間違ってないって思ったって。でも言われた時はカッとなってしまったって。ちゃんと、考えてたよ」


「んー……でも、パス出さねぇで自分で行こうとする時あるじゃん、もちろんその方がいい時もあるけど、俺の方が絶対いいポジションなのに自分で行こうとしたりとかさ。なんか、自己じこアピール強えっていうか。なんか気に入らねぇな!」



「確かにそうだけど、服部はまだわかってないだけだと思うよ。あいつはただ界登かいとのようなプレーがしたくて突っ走ってるだけだと思う。

だからさ、僕、もし納得いかないならちゃんと言い返せって言ったんだ。ただムカついて突っかかんじゃなくてさ、意見を言えって。

そしたら、界登カイだってちゃんと受けてくれるはずだって」


界登かいと微妙びみょうな表情をしているのに気付いていたが、翔はかまわず続ける。


「やっぱさ、服部にとっては界登カイが目標なんだと思うぜ。界登カイはうちのエースだもんな!」


「それからさ」翔は界登かいとの表情が少し緩んだのを見逃さなかった。


界登カイ、自分で気付いてるかどうか知らないけどさ。今、すごく調子いいって感じしない?」


「する。翔もそう思う?」


「うん、ここからは僕の想像だよ。

服部が入ってきてさ、界登カイ危機感ききかん持たなかった? 今まではさ、うまい先輩がいても、先輩だから仕方ねーかー、って感じがあった。

でも服部は先輩とか関係なく来るじゃん。界登カイも本気にならざるをないだろ?

もちろん最後の年っていう責任感や進路のこともあると思うけど、3年になってからの界登カイは今までより熱心に練習してる気するし、特に服部との勝負にこだわってるように見える。それで、いい感じになってると思うんだ」


うーん、と界登かいとうなり、頭をクシャクシャとかいた。


「認めてやれよ。お前ら意外にいいコンビだぜ。似た者同士だしさ」


翔は昼休みの終わりを告げるチャイムを聞き立ち上がりながら、服部にしたのと同じように界登かいとの肩に軽くポンと手を置いた。


=================


その日の放課後。

翔は服部がちゃんと部室に現れたのでほっとしていた。

昨日のこともあり、部室にはなんとなく緊張感が漂っていた。みんな黙々もくもくと着替えている。


と、スパイクのひもを結び終わった界登かいとが立ち上がり、突然言葉を発した。


「おい服部はっとり、今日からお前のことケイって呼ぶからな」


服部だけでなく部員がみんな、えっ、というように顔を上げた。


「いいだろ、ケイで。試合ん時、京太朗けいたろうじゃ長くて言いづれえんだよ……」


西や大竹がニヤニヤしだしたので、界登かいとは気まずそうに顔をそむけながら、わざとぶっきらぼうな言い方をして、そそくさとグラウンドに出て行った。

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