第11話 そして、明るい未来。

 それから数日後、俺は、いつも通り女子として学校に通っていた。

三年生は、部活動を引退して、大学受験に向けて勉強が始まっていた。

俺は、高校を卒業したら、警察官になるために、警察学校を受験する。

 そして、俺たちの柔道場も、いよいよ取り壊される日がやってきた。

なぜだか、俺は、いつもより早く家を出た。帰るころには、道場は、跡形もなくなっているはず。

だから、朝のウチに、目に焼き付けておこうと思ったのだ。

 一人、道場の前に立っていると、後ろからなにやら気配を感じて振り向くと、正宗が立っていた。

「正宗くん、おはよう」

「だから、二人だけのときは、その女言葉は、やめろ。気持ち悪い」

 正宗は、顔を引きつらせて言った。

「で、お前こそ、何しにきたんだ」

 俺は、普通の男言葉で口を開いた。

「お前と同じだ」

 正宗は、やはり、俺が認めたライバルだ。考えていることは、同じだ。

「渚、お前に一つ頼みがある」

「なんだよ」

「俺と、試合してくれ」

「いいぜ。でも、お前が負けるぞ」

「バカ、俺が勝つに決まってるだろ」

 俺たちは、そう言い合うと、誰もいない道場に入った。

そして、柔道着に着替えると、誰もいない畳の上に立った。

「久しぶりだな、お前とやるのは」

「そうだな。一年ぶりだな」

「お前、大学は、龍子と同じところに行くのか?」

「そのつもりだ。お前は、警察官になるのか?」

「そうだ。親父に負けない、鬼刑事になってやる」

「それじゃ、これが、ホントに、最後の試合ってことか」

「そのつもりで、かかってこい」

 俺は、そう言って構えた。正宗も構えた。そして、どちらともなく組み合った。それからの俺たちは、夢中で戦った。勝負など、どうでもいい。

俺が投げれば、正宗も投げ返す、お互いに技を掛け合い、道場には、朝から大きな音が響いた。

「どうした、それで終わりか?」

「まだまだ」

 声を掛け合い、試合は続いた。しかし、勝負はつかなかった。

二人で畳に大の字になって寝転ぶ。気持ちいい試合だった。最高の気分だ。

こうして、正宗と柔道をやれることが、こんなに気持ちいいとは思わなかった。

「正宗、お前、絶対、金メダル取れよ」

「当たり前だ。メダルを持って、龍子を迎えに行くんだ」

「龍子だって、金メダルを取るんだろ? どっちが行ってもいいじゃないか」

「良くない! 俺が行くんだ」

「そうですか。勝手にしろ」

 汗だくのまま、天井を見詰めて俺は呆れていった。

「渚、お前は、柔道をやめるのか?」

「こんなおもしろいもん、やめるわけないだろ」

「そうだよな。お前なら、警察の中で、一番強いはずだ」

 もっともらしいことを言うな。俺たちは、立ち上がると、硬く握手を交わした。ここで柔道をするのは、これが最後だ。ありがとう、柔道。

俺と正宗は、二人で道場に向かって深く頭を下げた。

 そして、その日の授業中に、道場は壊された。その音が教室まで響いて、俺はなんだか悲しくなった。

それは、きっと、俺だけじゃなく、正宗も龍子も、二年生たちも同じ思いで聴いているに違いない。

 放課後になると、誰が言ったわけじゃないのに、自然と部員たちが集まってきた。そこは、何もない、ただの更地だった。ここに、道場があったなんて、信じられない。集まった部員たちは、誰も言葉を話さない。でも、気持ちは同じだ。言葉にしなくても、気持ちが通じ合っていた。

「なにをしてるのだ?」

 そこに、アルフォンヌがやってきた。

「ふぅ~む、もう、壊されたのだ。でも、これだけは、守ったのだ」

 そう言って見せたのは、道場に掲げてあった『柔道部・道場』という看板だった。よかった。それは、無事だったのか。すると、アルフォンヌは、さらに続けていった。

「これは、どうするのだ?」

 そうだ。この看板は、どうする? しかし、もう、ここには必要ない。

誰もが黙っていると、アルフォンヌが言った。

「それじゃ、これは、私が預かるのだ。近日中に、道場を開設するのだ。だから、そこにこれを看板にするのだ」

 それは、いい考えだ。

「それと、もう一つ。正宗くんと龍子くんは、私の道場に来るのだ。これからも、たっぷり鍛えてやるのだ。キミたち二人は、オリンピックと言う、夢があるのだ。私が、キミたちの、その夢を叶えてやるのだ」

「ハイ、お願いします」

 正宗と龍子が、揃ってお辞儀をした。

「任せるのだ。ところで、ナギくんは、どうするのだ?」

 そんなこと、言うまでもない。

「行くに決まってるでしょ。アルフォンヌ先生には、まだ、勝ってませんから」

「ハーハッハッ…… いつでも相手になるのだ。まだまだ、ナギくんには、負けないのだ」

 そう言って、笑いながら、看板を持って、学校を出て行った。

それからの俺たちは、受験勉強に没頭した。正宗と龍子は、スポーツ推薦枠で進学できるがだからといって、何も勉強しないわけにはいかない。

大学に行くわけだから、柔道だけをやってればいいという問題ではない。

ちゃんと勉強もしないといけない。そして、俺は、警察学校にいく。

そのための勉強も始めた。そんな俺たちの家庭教師もなぜか、アルフォンヌだった。柔道だけではなく、実は、頭もいい。フランスでは、大学教授をしている。

しかも、日本語も英語も、中国語など、外国語がペラペラだった。

ついでに、関西弁も話せる。話の最後に『のだ』を付けるのは、日本に留学時代に地方で教わったらしい。

 俺たち三人は、その甲斐あって、無事に大学と警察学校に進学できた。

俺たちは、新たな目標に向かって、突き進んだ。


 それから、四年の月日がたった。

「渚、テレビを付けろ」

 親父に言われて、部屋のテレビを付けた。

この日は、オリンピックの柔道、男子と女子の決勝の日だった。

丁度、男子の決勝の中継が始まったところだった。

「正宗くんは、やっぱり、決勝まで来たなぁ」

 親父が感慨深い声で言った。

「当たり前だろ。龍子だって、決勝にいってるんだぜ」

「そうだったな。これで、二人とも、金メダルを取ったら、次は、結婚か?」

「さぁな……」

「ついでに、お前も結婚したらいいだろ」

「ハァ? 何を言ってんだよ。そんなの、まだ早いよ」

「そうかなぁ…… 春美ちゃんなら、いい奥さんになると思うがなぁ」

「シー、声が大きい」

 俺は、人差し指を唇に当てて親父に言った。

ここは警視庁捜査一課の、いわゆる刑事部屋だ。

 俺は、警察学校を卒業して、交番勤務を経て、親父のいる、警視庁捜査一課に異例の抜擢を受けて新人刑事として配属された。親父の元で、刑事のいろはを学んでいるところだ。

回りは、俺たちのことを『親子刑事』と呼んでいる。

 正宗と龍子は、大学在学中に、オリンピックの柔道日本代表として出場している。そして、二人とも、今日が決勝の舞台だった。

 それだけじゃない。あの、双子の兄弟も、揃ってオリンピックの日本代表として出ているのだ。

兄の金次は、レスリング。弟の銀次は、ボクシングで、揃って、金メダルを取った。

柔道では、正宗がいるので、メダルが取れない。だから、競技を代えての出場だった。ちなみに、日本柔道の総監督は、アルフォンヌだ。

「ナギちゃ~ん、テレビ見てるぅ?」

 甘ったるい声を出してやってきたのは、春美だった。

なんと、春美は、俺を追いかけて、一年遅れで警察学校に入り、今は、警視庁交通課に勤務している。

しかも、春美は、警視庁のアイドルとして、広報としてもテレビやマスコミなどに出ている。

なので、警視庁の男性刑事たちからモテモテなのだ。だから、新人刑事の俺が、春美と付き合っていることは秘密だ。

「何しにきたんだよ。お前は、交通課だろ」

「だってぇ、ナギちゃんと見たかったんだもん」

 その言い方はやめろ。先輩刑事たちの刺すような視線が背中に突き刺さる。

ただでさえ、春美が俺と口を利くだけで、先輩刑事たちからイヤミが増えるのだ。

「ほらほら、やってるよ。がんばれぇ~」

「だから、近いって。もっと、離れろよ」

「え~、いいじゃん。どうせ、あたしたち、結婚するんでしょ」

「バカ、声がでかい!」

 俺は、春美のおでこにデコピンを食らわせた。

「いった~い…… 皆さん、ナギちゃんにいじめられたぁ……」

「こら、誤解させるようなことを言うな」

 俺は、春美に注意した。しかし、春美は、ペロッと舌を出して笑うだけだった。

「それにしても、ナギちゃんも惜しいわよね。大学に行っていれば、オリンピックに出られたかもしれないのにね、女子で……」

「やかましい!」

「だけど、よく、高校を卒業できたわよね」

 春美は、そう言って、数年前のことを懐かしそうに言いながら、テレビを見つめた。

俺が高校の卒業式を迎えたときのことだ。当時は、女子として、通学していた。

だから、卒業式も、女子としてするはずだった。だけど、ウソをついて、女子高生として卒業するのはいかがなものか。クラスメートはもちろん、後輩たちも先生たちも、騙したままということになる。

なにか、心に引っかかるものを感じていた。俺は、卒業生代表として、答辞を読むことになった。そのとき、最後の一言として『今まで、ウソを付いていて、すみません。実は、俺は、男です』とホントのことを話してしまった。

校長やPTAの会長、先生や在校生たちは、騒然とするわ

保護者たちも動揺するやら、大変だった。幸い、親父は事件で、母さんは外国にいて欠席していた。

後日、学校に呼ばれて、大変だったらしい。卒業証書は、辞退するつもりだったが、正宗や龍子たち、それと、一年間だがいっしょに勉強した、クラスメートたちのおかげで無事に卒業できて、卒業証書ももらえた。

あの時は、大騒ぎだったな……

 俺は、昔を思い出していた。

「そこの新人刑事、ちょっと来い」

 先輩刑事の怖い声が聞こえた。一気に現実に引き戻されて、俺は、血の気が引いた。

そこに、机の電話が鳴った。俺は、先輩刑事の腕をすり抜けて、急いで受話器を取った。

「ハイ、こちら捜査一課。ハイ、ハイ、わかりました。すぐに急行します」

「親父、事件だ。殺人事件発生」

「よし、全員出動。渚は、車を回せ。急げ」

「ハイ」

 俺は、椅子にかけてあった、上着をひったくると、春美の肩をポンと叩いてこういった。

「またな」

「ナギちゃ~ん、がんばってねぇ。犯人逮捕するのよぉ……」

 俺は、春美の声に応援されながら、警視庁を出て行った。

俺の刑事としての第一歩は、踏み出したばかりだ。正宗や龍子たちに負けていられない。刑事としては、まだまだ新米だが、親父に追いつき、追い越せだ。

 そして、妹は、母さんの後を追って、ホントにCAになった。

俺と同じで、まだまだ新米CAだが、母さんに教わりながら、今日も二人で、

どこかの空を飛んでいる。

「渚、遅いぞ」

「ハイっ」

 俺は、親父に怒鳴られながら、車に乗り込んだ。

ハンドルを握りながら、アクセルを踏んだ。今日も空が青かった。

一人でも多く、犯罪者を逮捕して、日本を平和にする。善良な市民を守る。

それが、俺の新しい目標だった。

 親父が車のラジオを付けた。

「やりました。日本柔道、男子の真田正宗選手、女子の伊達龍子選手が、金メダルを取りました」

 俺は、ハンドルを握りながら、うれしい知らせを聞いた。

「やったな」

 俺は、独り言のように呟いた。

「しっかり、前見ろ」

 親父に注意された。

「でも、よかったな」

 親父の一言が、胸に響いた。俺もがんばらなきゃ…… 

そう思って、今日も事件に向かった。



                                    終わり

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俺は、女の子! 山本田口 @cmllaaa

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