第10話 優勝への道。
さぁ、いよいよ決勝だ。泣いても笑っても、これが最後だ。イヤ、泣いては終わらない。笑って終わるんだ。俺は、気合充分で、最後の試合に臨んだ。
まずは、先鋒だ。金次、幸先のいいスタートを切れよ。
俺は、そう願わずにいられない。
「互いに礼。始め」
試合が始まった。相手も気合充分だ。何しろ、優勝がかかっているのだ。
気持ちは同じだ。
金次の目は、いつになく真剣だった。あいつもここで負けるわけにはいかないことは、重々わかっているはずだ。
そして、互いに組み合った。すると、相手の目にも止まらない投げ技が決まった。
「技あり」
危なかった。ギリギリのところで、背中から落ちなかった。しかし、あの金次が投げられるとは、
相手もかなり手強い。だが、まだ負けてない。
「兄ちゃん、がんばれ」
弟の銀次の声援が飛ぶ。双方、一進一退の攻防戦が続いた。
しかし、このままでは、有効を取られているので、時間切れの優勢勝ちとなる。
なんとしても、一本を取らないと負けてしまう。なんとかしろ、金次。
相手が組んでくる。すると、金次は、相手の両腕を自分の両脇に挟んで、力任せに持ち上げた。相手の体が宙に浮いた。金次は、相手を横に投げると、上から覆い被さって、寝技に持ち込んだ。
もがく相手の両手をしっかりと足と腕で押さえつける。そして、時間まで粘った。
「押さえ込み、一本」
審判の声がはっきり聞こえた。
会場の屋根が飛ぶほどの大歓声が聞こえた。控えにいる俺たちも、思わずガッツポーズをする。戻ってきた金次に、弟の銀次が出迎えた。
「兄ちゃん、カッコよかったよ」
「俺が、本気出せば、これくらい朝飯前だぜ」
なにをカッコつけてんだ。まぁ、いい。勝ちは勝ちだ。
次の銀次にも期待しよう。
「次鋒、前に」
銀次が足を踏み出す。弟の銀次は、力でねじ伏せるタイプだった。
果たして、それが通用するか。相手は、銀次の様子を窺っている。
なかなか組み合おうとしない。落ち着け銀次。慌てるなよ。
俺は、そう心の中で祈った。お調子者だけに、相手の懐に飛び込んで、逆に投げられることもある。
相手が組んでこないので、銀次が動いた。
「あっ、バカ……」
思わず、口に出てしまった。これじゃ、相手の思う壺じゃないか。
もう、ダメだ……
俺は、負けを確信した。しかし、銀次は、負けなかった。
相手の腕を掴むと投げを打った。相手は、その隙に、銀次の足を払った。
銀次は、その足を軽くジャンプして避けると、逆に相手の足を払って見せた。
相手もそれを避ける。だが、バランスを崩した。それを見逃さなかった銀次は、さらに、足を引っ掛けて思い切り倒して見せた。
「一本」
不意を疲れた相手は、体勢を立て直すことなく、負けてしまった。
「よっしゃぁ!」
兄の金次が拳を突き上げた。すると、どよめきのような歓声が起きて会場が揺れた。
「よくやった、銀次」
「俺だって、兄ちゃんに、負けないんだぜ」
そう言って、二人は、がっちり握手をした。周りから見たら、美しい兄弟愛かもしれないが俺から見たら、ただのバカ兄弟だ。特技、柔道、趣味、柔道の俺と大して変わらないが……
さぁ、次は、中堅だ。後輩の二年生だけに、決勝戦ともなると、緊張しないはずがない。
まして、ここまで、負け知らずなのだ。今度は、どうやって勝つつもりだ。
決勝となると、今までみたいな変則技は、通じないぞ。どうするつもりだ……
俺は、試合が始まると、ハラハラして、こっちのが緊張してくる。
お互い睨みあったまま、動かない。どうするんだ。どっちが先に動く。
すると、相手が先に動いた。二年の高田くんを掴んだ。
そして、気合もろとも投げた。
「一本、それまで」
「えっ!」
俺は、思わず声に出てしまった。何もしないで、あっさり負けた。
なんだ、この試合は…… 今までの試合と、別人じゃないか。例え負けるにしても、少しは抵抗するだろ。
なのに、後輩の高田くんは、頭を掻きながら控えに戻ってきた。
「すみません、負けちゃいました」
「どうして?」
「ネタ切れです」
そう言って、頭を下げた。なのに、ちっとも申し訳なさそうな顔をしていない。
なんだ、その態度は。負けたのに、悔しくないのか。今まで、ずっと勝ってきたじゃないか。こんなとこで、負けるなんて、俺は、夢にも追わなかった。
それなら、次の副将が勝てばいいんだ。気を取り直して、試合に集中した。
ところがどうだ。副将の坂口くんも、いともあっさり負けてしまった。
なんか、だんだん腹が立ってきた。負けても相手にぶつかっていくという、気迫が見えない。
やる気がないのか。これは、優勝がかかった決勝戦なんだぞ。
俺は、後輩たちをぶん殴りたくなった。これじゃ、次の大将戦に、優勝がかかる。
「では、大将、前に。なお、これに勝った方が、優勝となります」
審判がそう言うと、お互いの最後の選手が出てきた。
見ると、正宗は、いつになく厳しい顔つきだった。
試合が開始された。お互いに構える。それを見ると、相手もかなり強いのがわかる。
勝った方が優勝なのだ。どちらも後には引けない。会場中が緊張感に包まれた。
たくさんの目が、二人に注がれた。もちろん、俺も片時も目が離せない。
そして、互いに組み合った。投げを打てば、それを返す。倒そうとしても、倒れない。
場外に出て、試合が再開する。そんな一進一退を繰り返すばかりだった。
どちらも強さは互角だった。しかし、正宗には、将来の夢がかかっている。
負けるわけにはいかない。
「正宗ーっ! 負けたら、承知しないわよ。勝ったら、あたしをあげるからね~」
龍子が叫んだ。俺たちは、龍子を見た。こんな時に、この場所で、そんなこというか。しかし、その声が届いたのか、正宗が生き返った。
「うぉりゃ~」
正宗が相手に組み付いた。相手も動かない。必死に防戦している。
だが、今の正宗には、龍子と言う強い味方がいる。しかも、愛の告白まで聞いてしまった。
これで燃えなきゃ、男じゃない。正宗は、俺が認める、唯一のライバルで、強い男だ。
相手が正宗の腕を払って、逆に決めてかかる。足技で攻めながら、締め落とそうとする。
正宗は、それに耐えながら、ひたすらチャンスを待っているようだ。
だが、時間が過ぎていく。そして、その勝負は、一瞬で終わった。
正宗が、相手の足を払うと同時に、腕を取って、きれいに投げて見せた。
見本のような、一本背負いだった。
「一本、それまで」
すると、会場中から、割れんばかりの拍手と歓声が上がった。
ホントに優勝してしまった。すごいぞ、正宗。やっぱり、お前は、男の中の男だ。
正宗が礼をして、お互いに握手をして、健闘を讃えて、控えに戻ってきた。
俺は、正宗を迎えようとするが、なぜか、そこには、他の後輩男子たちの姿はなかった。
双子の兄弟も、後輩の二年生もいない。なぜだ? 優勝したんだぞ。
その主将を出迎えないで、どういうつもりだ? 大将の試合の、それも、優勝決定戦を見ないで逃げたのか。
見てから逃げても遅くないだろ。優勝なんだぞ。わかってるのか……
しかし、正宗は、冷静だった。
「次は、龍子の番だぞ。負けたら、承知しないぞ」
それに、龍子は何も言わなかった。ただ、小さく笑っただけだった。
くっそぉ…… なんだか、体が熱くなってきたじゃないか。
こうなったら、女子も優勝だ。
なにが何でも、優勝するぞ。俺は、握った拳に力が入った。
「ナギちゃん、落ち着いて」
春美が俺を見て言った。しかし、それを無視した。
こんな時に、落ち着いていられるか。
大将の試合を見ないで逃げた後輩たちにも腹が立っているんだ。
この怒りを相手にぶつけないと気がすまない。
「では、先鋒前に」
「ハイ」
俺は、勢いよく返事をすると、足を出した。
畳みに上がり、前を見ると、相手もかなり手強そうだ。しかし、俺は負けない。
「始め」
俺は、勢いよく相手と組んだ。相手も俺の道着を掴む。
互いに振り回しながら、間合いを詰めて、投げるタイミングを計る。
投げ技の応酬になった。だが、どれも決まらない。相手もなかなか強いのがわかる。
でも、ここで、俺が負けるわけにはいかない。自分のため、正宗のため、龍子のため、これまで協力してくれた刑事や親父、母さんのため、もちろん、ここまで付いて来てくれた、後輩たちのため、イヤイヤながら手伝ってくれた
妹、そして、俺を鍛え直してくれた、アルフォンヌのためにも、勝たなきゃいけない。
激しい攻防は続いた。時間が迫る。相手は、女子とは言え、俺に簡単に勝たせないところなんて気の強さは、龍子以上かもしれない。
だが、俺は、負けない。負けちゃいけない。俺は、相手の足を払った。
相手もそれを避ける。そこを狙って、道着を掴んで投げを打った。
相手は、その手を払いのける。逆に、俺の襟を掴んだきた。その手を掴むと、
体重を乗せて、畳に押し倒した。
この際だ。押さえ込みも我慢してもらおう。
今は、男とか女とか、言ってるときじゃない。
相手は、逃げようと必死だ。だが、俺は、離さなかった。次第に、相手の力が抜けていくのがわかった。
「押さえ込み、一本」
最後は、無理やりだったが、俺が勝った。俺は、息を切らして控えに戻った。
「ナギちゃん、個人戦のことも考えて試合しなよ」
「うるさいわね。優勝がかかってるのよ。それどころじゃないでしょ」
そう言って、俺は、肩で息をしながら控えに座った。
次は、春美の番だ。頼むぞ、勝てよ。
俺は、心の中で祈らずにいられなかった。
春美の相手は、小柄な選手だが、多彩な技を持つ相手だ。
油断すると、負けることもある。気を抜くなよと、俺は、呟いた。
試合が始まった。今度の春美は、積極的に相手を攻めていく。
しかし、思うように技が決まらない。焦るなよ。俺は、何度も声に出した。
だが、試合を見ていて、春美は笑っていたのだ。
こんな時に、笑ってる場合じゃないだろ。優勝がかかっているんだぞ。
俺なら、試合中に笑うなんて考えられない。真剣勝負なんだ。
でも、試合を見ているうちに春美のことが見えてきた。
春美は、試合そのものを楽しんでいるのだ。
柔道を思い切りやれることを楽しんでいる。それが、楽しくて仕方がないのだ。
試合が楽しいなんて、考えたこともなかった。春美の柔道は、そういう柔道だった。だから、春美が負けるはずがなかった。相手が掴みかかってきたところを華麗に投げた。
「一本」
審判の声で、二勝目が決まった。
「よし」
俺は、思わず声に出してしまった。控えに戻ってきた春美の肩を叩いて労った。
「あぁ~、楽しかった。これで、終わりかぁ…… もっと、やりたかったなぁ」
春美の一言は、たぶん本音だろう。でも、やりきった感で満足気だった。
「よくやった。ありがとうね」
「いいえ、どういたしまして。これも、ナギちゃんのためだからね」
春美は、そう言って、いつもの顔に戻った。
「よし、次で決めるわよ」
俺は、中堅の近藤さんに声をかけた。
でも、後輩の近藤さんは、それに何も応えなかった。
「中堅、前に」
互いに礼をして、試合が始まった。
俺は、祈るような気持ちでその試合を見守った。
ところがどうだ。驚くことに、いともあっさり負けたのだ。
技の一つも出すどころか、抵抗すらせず、まさかの秒殺だった。
「すみません、負けちゃいました」
近藤さんは、ペロッと舌を出して控えに戻ってきた。
何だその態度は。男だったら、ぶん殴っているところだ。
今までの試合は、なんだったんだ。
ずっと、勝ってきたじゃないか。それなのに……
俺は、グッと拳を握り締めた。
「副将、前に」
呼ばれた次の沖田さんが畳みに上がる。
「頼むぞ。次は、勝ってくれよ」
俺は、神様に祈った。しかし、次の後輩女子も、あっさり負けた。
どういうことだ? これまでの試合は、弱いなりにがんばったじゃないか。
柔道技じゃなくても、勝ってきたじゃないか。それを、何の抵抗もしないで、負けるなんてやる気がないのか。
優勝したくないのか。俺は、不思議で仕方がなかった。もはや、理解不能だ。
こうなったら、次の大将戦で、勝つしかない。龍子の出番だ。しっかり決めてこい。俺は、龍子の背中にそう念じた。
「では、次。大将戦で、勝った方が優勝です」
審判が言った。観客席は、水を打ったように静かになった。誰もが勝負の行方を見ている。
「ナギちゃん、あと、よろしくね。個人戦、がんばってね」
そう言うと、春美は、後輩女子の二人を連れて、会場から出て行こうとした。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。龍子さんの試合を見ていかないの? 応援しないとダメじゃない」
俺は、春美たちを引きとめた。
「勝負がわかってる試合なんて見てもしょうがないじゃん。みんな、逃げるわよ」
春美は、そう言って、後輩を連れてホントに出て行ってしまった。
「春美ちゃん……」
俺は、春美を引きとめようとしたが、それを無視して行ってしまった。
何なんだいったい…… 薄情なやつらだ。龍子を応援しないでどうするつもりだ。
これで、優勝が決まる大事な試合なんだぞ。それを見ないで逃げるとは……
俺は、歯がゆかった。それが、今までいっしょにがんばってきた仲間なのか。
こうなったら、俺だけでも、龍子を応援してやる。俺は、前を向いた。
「始め」
審判の声で試合が始まった。
お互いに組み合って、力と力のぶつかり合いだった。息をするのも忘れるくらいの息詰まる一戦だ。
龍子が投げを打っても、相手はうまく交わす。相手が寝技に持ち込んでも、龍子が逃げる。
どっちもどっちで、なかなか勝負が決まらない。横にいる正宗は、腕組みをしてみているだけだ。
一度、二人が離れる。間合いをつめてタイミングを計っている。
すると、相手は、龍子の弱点を攻めた。左目は眼帯で隠れているので、左からの攻撃は視界に入らない。相手が、龍子の襟を左から掴んできた。
「ダメだ」
思わず声が出た。なのに、龍子は体を向き直すどころか、相手に好きにさせている。
「なにしてんだ。このままじゃ、負けるぞ」
俺は、小さく呟く。だが、龍子は、慌てなかった。
相手に襟首を掴まれて、投げに行こうとするのを、自ら体を預けた。
怯んだ相手が、腰を折る。そのとき、逆に相手の体重を利用して、自分の腰に乗せると思い切り投げたのだ。
「一本!」
畳に倒れた相手は、呆気に取られていた。静まり返った場内が、今度は、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「やったーっ!」
「勝ったぞ、マジかよ」
「学生連合が、優勝って、ウソだろ」
俺も唖然とした。まさかの展開だ。どういうわけだ? こんな逆転、ありか……
信じられない顔で、控えに戻ってきた龍子を出迎えた。
「龍子さん、優勝よ」
「やったわね」
龍子は、涙一つこぼさず、満足したいい笑顔だった。
なのに、控えには、女子は俺しかいない。優勝したのに、喜ぶ相手が俺だけなんて、淋しかった。だが、その分、応援席は、大盛り上がりだった。
ホントに優勝したんだ。男子と女子と、完全優勝したんだ。夢じゃないか。
正直に言えば、優勝できるとは、思っていなかった。
しかし、準決勝のときから、それは夢ではなく確信に変わっていった。
だから、決勝戦は、全員で応援したかった。それなのに……
うれしいはずなのに、俺の胸は、複雑だった。
昼休みを挟んで、個人戦が始まる。俺と正宗と龍子は、控え室で体を休ませていると妹がやってきた。
「お姉ちゃん、おめでとう。やったわね」
俺は、なんだか素直に喜べず、妹の話は聞いていなかった。
「ハイ、これを食べて、午後の個人戦もがんばってね」
そう言って、バナナを俺たちに配った。
「正宗さん、優勝してね。応援してるから」
「ありがとう」
「龍子さん、お姉ちゃんなんて、やっつけちゃって下さいね」
「そうね。ボコボコにしてあげるわ」
何だ、その言い草は。それは、こっちの台詞だ。妹も妹だろ。兄の俺を応援しないのか?
「それじゃ、お姉ちゃん、がんばってね」
妹は、そう言って、応援席に戻っていく。
「ちょっと、待って。春美ちゃんとか、後輩たちは、どうしたの? 何で、最後まで応援しないのよ」
「あー、それは、あとで教えてあげる」
そう言うと、意味深な笑みを浮かべて、走って行ってしまった。
何なんだ、あの態度は。妹もかなり失礼なやつだ。帰ったら、一発、殴ってやらなきゃいかん。
俺は、個人戦を前に、イライラしていた。なのに、正宗も龍子も、冷静に落ち着いていた。
二人とも、なんとも思わないのか? 助っ人も後輩も、自分の試合が終わったら、さっさと逃げたんだぞ。
応援もしないで、どういうつもりなのか、俺よりも腹が立っていてもおかしくない。
「あのさ、二人とも、二年生たちの態度、どう思う?」
「別に」
「いいんじゃない」
俺の質問に、二人は、そう言った。しかも、表情一つ変えずに即答だ。
なんだか、俺一人だけが怒っているみたいで、へんな感じだ。
「なんとも思わないの?」
「渚、お前、アルフォンヌ先生から、何も聴いてないのか?」
「えっ?」
「その顔は、知らないみたいだな。まぁ、いい。あとで、教えてやる」
何だその言い方は。何があるって言うんだ。アルフォンヌは、なにを言ったんだ?
「あたしにも教えてよ」
「それは、後のお楽しみよ。さぁ、個人戦の始まりよ」
龍子は、そう言って、立ち上がった。なんだか、もやもやしたまま、試合が始まりそうだ。こうなったら、気持ちを切り替えて、個人戦も優勝してやる。
決勝戦は、龍子とやるんだ。俺も負けないから、龍子も負けるなよ。
どうせ、男子は、正宗が勝つに決まってる。だが、女子は、俺か龍子だ。
もちろん、俺が勝つ。だが、相手が龍子だけに、どうなるかはやってみないとわからない。決勝が楽しみだ。そして、そのときがきた……
「それじゃ、団体戦の優勝と男子優勝、正宗くん。女子の優勝、渚ちゃん、準優勝の龍子さんに乾杯」
「乾杯!」
ここは、龍子の親父さんがやっている居酒屋だ。今夜は貸切で、選手全員とその親御さんたちで祝賀会をやってくれた。
個人戦の男子優勝の正宗は、圧倒的な強さで、他を寄せ付けず、ぶっちぎりで勝ち進んでの優勝だった。
女子は、言うまでもなく、俺だ。決勝で当たったのは、もちろん、龍子だ。
俺は男で、龍子は女だから、ホントなら試合は出来ない。でも、今回ばかりは、話が別だ。俺と龍子は、お互いに手は抜かない。相手が女だからと遠慮しない。
俺たちは、そう誓って決勝戦を戦った。そして、激闘の末、俺が勝った。
これで、俺は、高校の三年連続の優勝だ。
もっとも、今回は、女子としてだが……
それより何より、団体戦で勝てたことが、俺はうれしかった。
俺は、正宗たちが言った『アルフォンヌから聞いたこと』が気になっていた。
しかし、肝心のアルフォンヌが、まだきていない。
どうやら、表彰式で、いろいろあったらしい。
アルフォンヌが着てないので、後輩たちは、隅の方で、おとなしくしている。
別に優勝したんだから、そんなとこにいないで、こっちで楽しめばいい。
その点、春美とバカ兄弟は、出された料理をガツガツ食べている。こいつらには、遠慮の二文字はない。
そこに、やっと、アルフォンヌが戻ってきた。
「遅くなって、すまなかったのだ」
「先生、こっちに来て、まずは、一杯」
「アルフォンヌ先生のおかげで、優勝できたんですから、こっちにきて座ってください」
親父と母さんが、アルフォンヌを迎えた。ほかにも、刑事やそれぞれの親御さんたちで、狭い店内はぎっしりだ。
「それじゃ、アルフォンヌ先生から、みんなに一言どうぞ」
いつの間にか、親父がこの場を仕切ってる。いったい、どういう展開なんだ。
「では、私から一言、言わせてもらうのだ。みんな、優勝おめでとうなのだ」
そう言うと、店内は、大きな拍手に包まれた。俺たちは、なんか照れくさくなって、小さく頭を下げる。
「団体戦は、見事な優勝だったのだ。二年生のみんなは、ホントによくやったのだ」
そう言うと、また、拍手が起きた。二年生たちも、やっと笑顔を見せる。
「そして、助っ人の春美くん、金次くん、銀次くん、ホントにありがとうなのだ」
「いやいや、俺たちも強いから、アレくらいどうってことないよ」
「兄ちゃんの言うとおり」
ホントに、こいつらは、調子がいいバカ兄弟だ。
「また、個人戦で優勝した、正宗くん。ナギくん、おめでとう。龍子くんは、残念だったが、恥じることはないのだ。胸を張っていいのだ。優勝したも同然なのだ」
そりゃ、そうだろ。俺が優勝したけど、本来は、失格だから、女子で優勝は、龍子なのだ。
「あのさ、アルフォンヌ先生、団体戦のとき、二年生たちがみんな負けたのは、どういうことなの?」
俺は、疑問に思っていた事を聞いてみた。
すると、アルフォンヌは、ニヤッと笑って、こう言った。
「すべて、作戦通りなのだ。ナギくんには、言わなかったのは、すぐに態度に出るからなのだ」
俺には、なにがなんだか、サッパリわからない。
アルフォンヌが説明してくれた。団体戦の決勝までは、すべて勝つつもりだったこと。
そのために、二年生たちには、あらゆる試合を想定して、練習をしてきたこと。
中堅までで、勝ちを確定させること。しかし、決勝戦では、負けること。
個人戦を控えた正宗と龍子には、緊張感と体を慣らすこと、負けるかもしれないというギリギリの精神力を付けること。そのために、後輩たちには、負けるように言っておいたこと。
俺は、タネ証しを聞かされて、腰が抜けた。結局、俺が一人で怒っただけのことなのだ。
「それで、先生、生徒たちのことは、どうなったんですか?」
親父が心配して尋ねた。肝心なことを忘れていた。俺たちは、優勝したのに、表彰式をすっぽかして逃げ出したんだった。その後のことが心配だ。俺たちは、勝ったのにメダルはもちろん、表彰状の一枚ももらっていない。
アルフォンヌが、疲れたような顔で話し始めた。
何しろ、優勝した生徒全員が、揃って表彰式を欠席して、優勝を辞退したのだ。前代未聞のことだ。無名の寄せ集めの学生連合が優勝しただけでも大騒ぎなのに、その上、表彰式をすっぽかすなど、大問題だ。大会役員たちは、ビックリするやら、激怒するやら大変だったらしい。
表彰式に出たのは、監督のアルフォンヌ一人だった。
そして、その場でこう言ったらしい。
「優勝は、辞退するのだ」
そりゃ、大会役員が怒るのも無理はない。風のようにやってきて、風のように去って行った俺たちだった。
しかも、団体戦、個人戦の優勝を独占したのだ。面目丸潰れである。
結局、メダルも表彰状もなしだった。ガックリしたのは、俺ばかりではない。
可哀想なのは、がんばって付いて来てくれた、二年生たちだ。
それなのに、俺以外は、素知らぬ顔で笑っている。
「正宗先輩、龍子先輩、それと、渚先輩、これは、メダルの代わりといったら、失礼だけど俺たちから、金メダルです」
突然、なにを言い出すのかと思えば、後輩たちが、俺たちの前に出てそう言った。そして、二年生たちが手にしたのは、金メダルだった。
「な、なに、これ?」
俺がビックリして聞くと、後輩たちが言った。
「アルフォンヌ先生が、きっと、こうなると思ったから、俺たちで作ったメダルです。勝ったのに、メダルがないと淋しいですからね」
それは、金色の折り紙で出来たメダルだった。
「本物の金メダルじゃないけど、俺たち、後輩の気持ちです。決勝戦じゃ、負けてすみませんでした」
後輩たちが頭を下げた。そして、俺たちにそのメダルをかけてくれた。
「主将、おめでとうございます」
今度は、後輩女子たちが、大きな花束を俺たちに持ってきてくれた。
俺はもちろん、正宗も龍子も、お礼の言葉が出てこなかった。
サプライズにも程がある。うれしすぎるだろ。
「それじゃ、もう一度、みんなに乾杯だ」
「かんぱーい!!」
親父がそう言って、今日、何度目かの乾杯だった。
刑事さんたちから、大きな拍手が起きた。双子のバカ兄弟は、感激して大泣きしている。
「渚のあにぃ、ホントにおめでとう……」
俺は、すかさず、金次と銀次の頭をグーで叩いた。俺の正体をばらすな。
「ナギくん、ホントに、おめでとう」
春美も目を真っ赤にしている。だから、俺をナギくんと呼ぶな。
すると、今度は、正宗と龍子が並んで挨拶した。
「皆さん、ホントにありがとうございました。渚のオヤジさん、お母さん、刑事の皆さん、アルフォンヌ先生、それに、金次、銀次、春美さん、ありがとうございました」
深々と頭を下げる正宗の目にも、光るものが見えた。
「それと、ここまで、がんばって付いて来てくれた、二年生たち。あなたたちのおかげで、優勝できたの。ホントに、ありがとう。ありがとう……」
最後の方は、龍子の声も涙で聞こえない。後輩女子たちも目を赤くしていた。
ここまではいい。めでたし、めでたしだ。俺も言うことない。感動的な最後だ。俺も思い残すことはない。そんなときだった。サプライズは、まだあった。
「龍子のお父さん。龍子さんと結婚させて下さい。左目は、ぼくの責任です。これからは、ぼくが龍子の目になります。だけど、龍子を大学に行かせてやってください。俺が働いて、学費は稼ぎます。だから、龍子を俺に……」
そこまで言うと、龍子の親父さんが、膝をついて、両手を床に付き、頭を下げる正宗を遮った。
「正宗くん、悪いが、ウチの龍子は、キミには、やらん。大学くらい、親である俺が、きちんと行かせてやる。キミの手は借りない」
「しかし……」
「いいかね。龍子も大学に行かせる。このまま柔道を続けさせる。そして、キミも大学に行って、柔道をやるんだ。そうだな、次のオリンピックで、二人とも金メダルでも取ったら、そのときは、龍子をキミの嫁にやるよ。だから、キミも龍子も、柔道をやめちゃいかん。それが、条件だ」
おいおい、みんなの前で、そんなこと言っていいのか……
オリンピックで金メダルを取ったらなんて、そんな夢のまた夢だろ。
そんな保証はないんだぞ。
「やるわ。必ず金メダルを取る。正宗くん、いっしょに、柔道やろう」
龍子は、高らかに宣言した。すると、正宗も立ち上がると、龍子の手を取ってこういった。
「見ててください。必ず金メダルを取って、龍子と結婚します」
「よく言ったのだ。キミたちなら、絶対、取れるのだ。結婚式のときは、私も呼ぶのだ」
アルフォンヌまで、なにを言い出すんだ。空気を読め。
「それじゃ、正宗くんと龍子さんの門出に、もう一度、乾杯」
「かんぱーい!」
だから、親父が何で仕切ってるんだ。立場を考えろ。
もはや、大会で優勝したことなんて、誰もが忘れているようだった。
後輩たちも、春美や双子の兄弟、刑事たちも正宗と龍子のお祝いムード一色になった。今夜は、もう、誰も止められない。だけど、俺にとっても、記念すべき一日になった。今日のことは、きっと一生忘れないだろう。
「お兄ちゃん、よかったね」
だから、お兄ちゃんて呼んだら、ばれるだろうが!
妹は、自分のことのようにうれし泣きをしている。
まったく、どいつもこいつも、肝心の優勝したことを忘れている。
困ったやつらだが、俺は、うれしかった。
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