記憶を消して読みたい
そうま
記憶を消して読みたい
私は感嘆のため息を漏らした。机の上に、つい読み終えたばかりの『オリエント急行殺人事件』をそっと置いた。
なんて面白い本だろう。これを書いた人は、ものすごく頭がいい人物だったに違いない。そう考えながら、作品に使われたトリックや、ストーリー展開の妙を頭の中で反芻していた。
私は机の引き出しを開けた。そして中から金色の針を取り出し、机の上にあるコンピュータを起動した。コンピュータの画面に、検索バーのほか、さまざまなニュースの情報が表示される。私は「記憶管理」のソフトウェアを立ち上げ、いろいろな項目にチェックをつけていった。
ソフトウェアの準備が完了したので、次にメモ用紙を一枚ちぎり、それにメッセージを書き連ねた。伝言する相手は、三十秒先の私だ。
「『オリエント急行殺人事件』は傑作。また読むべし」
ボールペンを置き、かわりに先ほど引き出しからだした針を手に取った。そして洗面所に向かい、鏡を見ながら、こめかみあたりにその針をぶすっと刺した。
二十秒ほどすると、リビングにあるコンピュータから音が鳴った。記憶消去が完了した合図だ。私は針を引っこ抜き、垂れてくる血をタオルで拭き、絆創膏を貼った。リビングに戻り、引き出しに針をしまう。
机の上には、『オリエント急行殺人事件』という題名の本と、メモが置いてあった。
コンピュータに、一つのニュースの見出しが流れる。
「記憶管理ソフトが発売されて二十年。小説家など、廃業を余儀なくされた職業の人々を特集……」
この針が一般家庭に普及してから、人々は気に入った作品を何度でも楽しめるようになった。そして、多くの作家、クリエイターが筆を折った。新しい作品を求める人がいなくなったからだ。
記憶を消して読みたい そうま @soma21
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