イタズラ妖精クライム

砂上楼閣

第1話


「まったく!君みたいな生徒は初めてだ!反省したまえ!」


教室に先生の声がひびきわたります。


「我々イタズラ妖精の存在意義というものを理解しているのかね!君のやった事はイタズラとは言えないものばかりだ!クラスメートたちを見習って、きちんとしたイタズラができるようになりなさい!」


「はい…」


イタズラ妖精のクライムは、大好きな先生に叱られてシュンと落ち込みました。


クライムなりにがんばってみたのですが、気持ちが空回りしてうまくいかなかったのです。


イタズラ妖精はその名の通り、イタズラをする妖精。


イタズラをしないといずれ消えてしまうのです。


イタズラをする相手は同じイタズラ妖精では意味がなく、人間にイタズラをしないといけないのです。


「先生、ごめんなさい…」


「……クライム、大きい声を出してしまってすまなかったね。素直に謝ることのできる君は、きっと正しいイタズラのできる子になれるはずだ。そうだな、君は他のクラスメートたちがやっているイタズラを見て参考にしてみるといい」


「はい、先生!」


こうしてクライムは、色んな子たちのイタズラを見て回ることにしたのです。


…………。


「クライム、オイラのイタズラをよーく見てろよ?これからあの寝ている人間のまくらを裏返しにしてやるからな」


「えっと、どうしてそんなことするの?」


クライムはなぜまくらを裏返しにするのか、よく分かりません。


「どうしてってそりゃ、あのまくらをよーく見てみなよ。あれは低反発まくらって言って、あの凸凹したやつを上にして使うんだ」


「ほんとだ、山みたいになってるね」


「あの凸凹が首にフィットして、首や頭にかかる負担を軽減してるのさ。だからそれを逆さまにすることで、ただの平らなまくらになる。な、笑えるだろう?」


確かに起きた時、低反発まくらが逆さまになっていたら意味がなくてちょっとクスリとしてしまうかもしれません。


「あの人間、凹凸のせいで寝返りがうちにくくて寝苦しそうだからな、これでちゃんと自分に合うまくらに変えるかもしれないぞ」


…………。



「クライム、わたしのイタズラ、よく見てるのよ?わたしはこれから、あの人間のはいているハイヒールのヒール部分とトップリフトの底を削ってやるの」


「ヒール?トップリフト?」


クライムは普段ハイヒールなんてはかないので、部位が分かりません。


「あの靴のかかとの下の部分よ。尖ってるとこ。トップリフトは地面に着く部分ね。ハイヒールはね、ただ背を高くするだけじゃないのよ。脚を綺麗に見せられるの。つま先立ちに近い姿勢になるから普段使わない筋肉も使って、より美しくなるのよ」


「そうなんだ。それなのに短くしちゃったら、あの人とても悲しくならない?」


せっかく背伸びをして頑張ってるのに、短くされたら驚いて、残念な気持ちになりそうです。


「そうね。でもよく見て?あの女の人、身長に対してヒールが長すぎるのよ。それにハイヒールはバランスが取りにくいから、トップリフトが削れてよりバランスが悪くなってるの。だからヒールをあの人に合った長さにして、トップリフトも平らに直してあげるの。せっかく頑張ってハイヒールを履いてるのだもの、綺麗な姿勢で、より美しくならなくちゃ!」


…………。


「クライム!俺様のイタズラはハイレベルだからな!よく見てろよ!これからあの受験生が飲んでる粉コーヒーの袋の中身をカフェインレスに変えてやるぜ!」


「えっと、カフェイン、レス?」


クライムは普段コーヒーを飲まないので、コーヒーに含まれるカフェインや、その効能を知りません。


「おう!カフェインを摂れば眠気が飛んで勉強がはかどるからな。なのに飲んでるコーヒーにカフェインが入ってなかったら、すぐ眠くなってぐっすりだ!」


「そんな…。寝ちゃったら勉強できなくなっちゃうよ!」


クライムは夜も必死に勉強する受験生がかわいそうになりました。


「ちっちっち!クライム、夜は寝るもんだ。それに適度な睡眠は作業効率を高めるし、記憶の定着にも繋がるんだぜ!睡眠時間を削っての勉強や作業は効率を下げ、そのあとの眠りの質を下げるだけでなく、ノンレム睡眠を阻害したり、成長ホルモンの分泌や日中の集中力にも影響があるんだ」


「???」


「あと過剰なカフェインの摂取はおすすめできないぜ!カフェインはあくまで眠気を感じなくさせるだけで、疲労回復効果はないからな!あくまで自律神経の働きを高めて集中力を増したりしてるわけだから、疲労を感じなくて目が冴えてても、ちゃんと睡眠は取らなくちゃいけない!あと摂り過ぎると中毒になるから用法容量を守るのを忘れずにな!」


…………。

…………。

…………。


「先生、分かりました。イタズラはただ相手を驚かせたりするだけじゃないんですね。イタズラはその人のことを思ってやらないといけないんだ」


「よしよし、ようやく分かってくれたね!」


クライムはクラスメートたちのイタズラを見て回ることで、自分のイタズラがどれだけ自分本位なものだったのかに気付けました。


「イタズラは自分が楽しければいい、なんてことはない。好き勝手にやりたいことをやるものでもない。相手のことを考えて、傷付けたり貶めたりしちゃいけないんだ」


先生はゆっくりとクライムに言って聞かせました。


「それなのに君は人の上履き画鋲を入れるわ、お店の冷蔵庫に子供を入れて写真を撮り店長のSNSに投稿するわ、シャンプーの中身を脱毛剤にするわ、線路のレールに石を乗せて脱線させるわ、イタズラじゃすまないことばかりやってきた。君がやったことはイタズラではなく、他人を傷付ける危険な犯罪行為なんだ。今回みんながやってることを学んだね?今度からはきちんと相手を傷付けない、相手のことを思ったイタズラをするんだよ」


イタズラ妖精は人の目には見えず、触れられず、その存在がバレることはありません。


だからこそ、そのイタズラは誰かが悪者になったり、傷付いてしまうようなことはしてはならないのです。


「はい、先生!」


やっていいこと、悪いこと。


許されること、許されないこと。


取り返しのつかないことにならないかを考えて、イタズラをすることをクライムは学びました。


クライムは今日もイタズラをしに、元気に飛び出していきます。


もしかしたら、あなたの身の回りでもイタズラ妖精たちのイタズラが起こっているかもしれませんね。

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