第七話 その時は褒めてくれる?

普段はあまり書かないようにしているのですが、

今回の話は、一章の『Side 五十嵐美咲』を読んでからの方が、話がより楽しめると思います。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649107087419/episodes/16817330649389298801

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捻った影響で、足を赤く腫らした美咲は、痛そうに顔をゆがめていた。


「イタタ……大丈夫だって。三島さんもケガがなさそうで、よかった」

「バッカ……こん時くらい、自分の心配しろよ」


 自分がケガをした時だっていうのに、人の心配をしている美咲の責任感の強さみたいな物が、少しだけもどかしく感じてしまった。 


「おい、大丈夫か!」


 いつものヘラヘラした表情とは違って、真剣な顔をした秀明が慌てて駆け寄ってきた。秀明の後ろに続くのは、遥香だった。こちらも秀明同様、心配そうな表情をしていた。


 ただ、秀明と違ってその表情には、しわが寄っていた。


「ちょ、ちょっと……何があったのよ!」 


 遥香の視線が向かう先は、同じく地面に腰を下ろしたままの三島さんだった。


「な、何って……私は何もしてないわよ……!」


 三島さんは、逃げるように、罰悪そうに、遥香から視線を逸らした。


 そんな三島さんの態度が気に食わなかったようで、珍しく遥香はキッと眉を吊り上げていた。


「そうじゃないでしょ! 第一、本当なのかも疑わしいし、私は鷹矢の事だって──」

「ストップ、ストップ! 今はそんな事を話してる場合じゃねーだろ」


 声を張り上げる秀明の声が、喧騒に揺れる人ごみを分断していく。一転、騒がしかった炊事場が静かになっていく。


「遥香、先生を呼んできてもらえる? 一旦、移動しないとだし、俺は美咲を抱えて、ここから離れるよ。秀明、後のことは任せていいよな?」

「ええ、分かったわ」

「おう、親友の頼みなら断れねーしな」


 頷いた二人を見て、俺は美咲の腕を自分の肩に回した。そして、美咲の腰に手を添える。


「立てるか? いっせーので、立ち上がるぞ」

「う、うん……」


 声をかけて、美咲と一緒に立ち上がる。


「こっちに体重かけてくれたら、俺が支えるから……」

「あ、ありがとう……ふふ」

 美咲と一緒に歩いていると、少し笑われてしまった。


「? どうしたんだよ」

「ううん、なんでも」

「そっか。まぁ、痛みがひどくなったり、少しでも違和感あったら言えよ?」

「うん、ありがとう。鷹矢君」


                ※


 あれから駆け付けた担任の先生に、美咲が足を捻った事、三島さんが故意にした訳ではない事を説明した。そして、今日のレクリエーションは、あと自由時間だけで終わるから、一足先にバスに戻ることになったのだ。


 ちなみに、先生は一足先にバスに戻って、冷房をつけたり、美咲の家に連絡と大変そうだった。


『美咲と先にバスに戻ることになったから、鞄とか頼む』


 秀明に、RINEを送るとすぐに既読がついて、スタンプをも送られてきた。こっちのことは任せとけ、ってことらしい。


「じゃあ、美咲。俺達は先にバスに戻るか」

「別にいいよ……私はゆっくり一人で戻るから」

「何でだよ、一人で戻ったらしんどいだろ」

「そうだけど……時間はかかるけど、一人でも戻れるし」


 さっきから美咲は意地を張っているというか、頑なに一人で帰ろうとしていた。

 一人で帰りたがる理由は分からなかった。それでも、けが人を一人で帰らすわけにはいかなかった。


「鷹矢君は、みんなと遊べばいいじゃん……私の自業自得だし、せっかくのレクリエーションが私のせいで台無しじゃん……ごめん」


 いつもの頼りある堂々とした姿とは違って、どこかシュンとして見えた。ケガのせいもあるんだろうが、猫背気味な姿が体を余計に小さく見せた。


「あのなぁ、美咲」


 呆れたように俺が声をかけると、美咲はピクッと体を震わせていた。


「自由時間に、最初に遊ぼって言ったのはそっちだろ。なんでそっちが先に約束を破ろうとしてんだろ」

「え? 鷹矢君……」


 俺の言い出したことが予想外だったようで、ポカンとした表情をしていた。しっかり者の美咲がしていると、普通の何倍もまぬけ面にみえるので、少しだけおかしかった。


 それと、口に出して言う気はないが、隙のある表情が可愛くもあった。


「元々、自由時間は近くにある渓流で遊ぶつもりだったろ。それが、ちょっと……いや、かなりか。変わったけど、まだ時間は続いてるんだからさ……」


 俺の言いたいことが徐々に伝わってきたようで、美咲の表情がパッと明るくなっていく。


「そ、そういうことだから! ほら、バスまで寄り道しながら戻ろうぜ。俺だって、口下手出し、話すのが得意じゃないから……これで察して、察して」


「う、うん……ありがと、ふふ」


 美咲は頬を染めながら。嬉しそうに笑っていた。


 恥ずかしいんだから、あんまりこういう事は言わさないで欲しい。けど、声をかけて笑顔になっているあたり、俺も少しは器用な人間に慣れたのかも──。


「まぁ、鷹矢君は陰キャだし、不器用だから、こういうの苦手だもんね。らしくなかったけど、嬉しかったよ、ほんとうにありがとう」

「おい」


 そこは普通に本当にありがとうで良かったんじゃないですかね?


             ※


「あ、鷹矢君。次はあっち!」

「はいはい」


 キャンプ場からバスまでの、短い帰り道。 


 キャンプ場にあった喧騒が嘘のように静かだった。


 俺と美咲の足音と話し声、春風が草花を揺らす音しかなかった。まるで二人だけの空間のようだった。そよそよとなびく、そよ風が花を揺らすと、フワッと甘い匂いが立ち込めるようだった。


 今、俺は美咲をおぶって、寄り道しながら、バスまで歩いていた。


「あ、それと。どさくさに紛れておしりを触るつもりなら、責任とってもらうからねー」

「い、イェッサー……ん?」


 え、ってことはなんだ? 

 おしり触ってオッケーなのか……うむむむむ。


「ねぇー、鷹矢君。何を考えてるの? ねぇねぇ、何を考えてるの?」


 耳元でニヤニヤとした表情の美咲が、テンション高く声をかけてくる。


 時折、鼻歌まで聞こえてくるんだから、嬉しいのが伝わってくる。そのことが分かると、こちらも胸がむずがゆくて、駆け出してしまいそうな感情が爆発しそうだった。

 うずうずして、じっとしていられないような、凄く幸せな気持ちだった。悲しくもないのに、泣いてしまいそうな気持ちだった。

 美咲は俺の耳に口を寄せて、ボソッと一言。


「どうする、触っちゃう?」

「~~っっ! き、急にヘンニャことを言うなよ!」


 美咲の奴、何か絶対に変なスイッチ入ってるだろ。


「え~、私はいいんだけどなぁ。本当に、鷹矢君のそういう反応ってウブで可愛いよねぇ……大好き」


 俺の背中に頬を添えて、より密着してくる美咲。

 二人の体温が一つになって、溶けていくような不思議な気持ちだった。


「ねぇ、鷹矢君。真面目な話していい?」

「んー? どした?」


 先ほどまでとは一転、美咲の声色が真面目な物に変わる。俺の肩に回された手もキュッと、強く握られていた。


「あと、もう少ししたら中間テストでしょ? 私、頑張るから……鷹矢君が教えてくれたから、今度こそはね……!」

「美咲?」 


 確かに、再来週から中間テストが始まる。


 ただ、何か急に話題が変わったというか……うーん。でも、美咲の声も、体も震えていた。だからこそ、美咲にとって重要な事なんだと分かる。


「あはは……急に言われても、何のことか分からないよね。でもね、怖くても、口にしないとダメだって思ったの」

「うん」


「私ね、ずっと一番が欲しかったの……どんだけ頑張っても二番だったから、自信がどんどん失くなって……そっから、また頑張るのも怖くてさ。また上手く行かなかったらどうしようって考えてた」


 考えてた……つまり、考えが変わったってことだろうか。

 ってことは、何かきっかけがあったんだと思う。

 そのきっかけは何だったんだろう。


「でもね、鷹矢君が教えてくれた、努力次第でいくらでもなんとかなるって……そっから私の世界が大きく変わったかな。だから、鷹矢君のことが世界で一番大好き。理屈立てても、理屈抜きにしても好き、大好き」


「美咲……」


 美咲がそんなことを考えてるなんて、全然、知らなかった。誇らしいような、嬉しいような何か複雑な気持ちだった。


「私はここにいるよって、証明したいんだ。だから、今は鷹矢君から充電させてもらってます……あはは」


 照れくささを誤魔化すように微笑を浮かべていた美咲の表情が一転、真剣な物に変わった。


「私、精一杯頑張って、一番を取るから、その時は褒めてくれる?」

「おあ、分かった。美咲をたくさん褒めるよ」


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最後まで読んでいただきありがとうございました~。

明日の投稿はお休みになります。明後日にまた投稿しますので、

お待ちいただければと思います。

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