第八話 私の家でどう?

「あれ……弁当がない?」


 レクリエーションが終わってから数日後。

 授業も終わり、昼食を食べようと思っていたのだが、弁当が見当たらなかったのだ。


「どうしたの鷹矢君?」


 俺の様子をおかしいと思った美咲が、声をかけてきた。ちなみに、美咲の足のケガは軽い捻挫だったようで、すっかり治っている。


「いや、それがさ……?」

「何か、えらく外が騒がしいね」


 美咲に事情を話そうとしたのが、廊下から男子の歓声のような声が響いていたので、口を閉ざしてしまった。

 そのまま、美咲と一緒に、歓声の原因を確認しに行った。



「あの子めっちゃ可愛くない!」

「あの子一年生だよな! 誰に用なのかな!」

「彼氏いんのかなー! 可愛すぎるだろ!」



「って、雫じゃねぇか……」

「アハハ……そうだったね。にしても、雫ちゃんも人気者だねぇ」

「うむ……」



 モテるって言うのは、秀明から聞いてたけど、あんなにモテてるとは知らなかった。まぁ、身内の贔屓目抜きにしても、雫は可愛いしな。


 手には、俺の弁当箱を持ってるし、忘れ物を届けに来てくれたのだろう。なら、早いとこ、雫に声をかけにいかないと可哀想だな。流石に、あんなに視線を集めたら辛いだろうし。


 そう思って、声をかけに行った時だった。


「雫―!」

「ねぇ、誰か探してるの? 良かったら、俺が案内しようか?」


 雫の元に行くと、俺と同時に声をかけてきた男子がいた。手入れの行き届いた髪と眉、爽やかな雰囲気から陽キャと分かった。口ぶりから察するに、ナンパしに来たようだ。


「えーと……水瀬君だっけ? 雫さんに用なのかな?」

「雫さん……?」


 知り合いなのかと思って、雫に視線を向けるが、首を横に振っていた。どうやら知り合いじゃないようだ。ふむ、それなのにうちの妹を下の名前呼びか。それはそれで面白くないな。第一、雫だってめんどくさそうな顔をしているあたり、ナンパの類は飽きているようだ。


 ここで、雫のためにも言っておくかと思ったのだが、


「お、お兄ちゃん!」


 なぜか、急に雫が俺に抱き着いてきた。


 瞬間、周囲の空気がざわついたものになった。主に、俺への殺意的な何かで。


「し、雫さんやー……」


 理由を説明してくれるよねー、今後、俺は色々と大変そうなんだけど、その辺ちゃんと分かってるよなァ!


「す、すいません……私、兄以外に興味がなくて……それに、兄が認めた人じゃないと……。多分、次のテストで兄以上にテストの結果が良かったら……」


 俺の胸元に顔をうずめながら、プルプルと肩を震わせていた。

 周囲から見れば、泣いているように見えるのだろうが、その実、笑いを堪えているだけだ。


「そ、そうか……分かったよ……」


 ナンパしに来た陽キャ男子君はドン引きしたようで、そそくさとどこかへ行ってしまった。



「おいおいおい、水瀬って妹とキスしてたし、マジでやばい奴じゃねーか」

「だよなぁ、普通、妹を束縛しないって」

「俺、今日から雫ちゃんのために勉強を頑張るわ」



 何やら、周囲は勘違いしたようで、えらく勉強への熱意をたぎらせていた。


 その際、なぜかギャルの三島さんと視線があった。しかし、三島さんは舌打ちをすると、どこかへ行ってしまった。ついでに言うなら、いつもは取り巻きの女子がいるのに、今日は一人だった。


             ※


「お前、マジでふざけんなよぉ……!」

「イベベベベ……アハハ。やめてよぉ」


 あの後、雫を連れて空き教室に行った。勿論、この生意気な妹に仕返しするためだ。そのため、雫の頬をつねっていた。


「二人とも、仲が良いねぇ……」

「同感」


 そんな俺達を見て、美咲と遥香が呆れたようにため息をついていた。


「でも、おにい。これで学年一位をとるしかなくなったね」


 ニヒヒと、いたずらっ子のように笑う雫を見ると、何も言えなくなった。

 確かにその通りなのだ。こーう、背水の陣的な感じで、嫌でも頑張らないといけないわけで。


「それに、おにいが学年一位をとったら、それは私への愛が深いって証明にもなるもんねぇ……あーもう、やっぱりシスコンな兄を持つと大変だなぁ」 


 口調とは裏腹に、雫は嬉しそうだった。そのまま、雫は俺の腕を抱くと、


「おにい、頑張ってね……! そしたら、おにいの言う事、なんでも聞いてあげるね」

「な、なんでも……!」


「ちょ、ちょっと! そんなエッチなことはダメよ!」


 瞬間、顔を真っ赤にした遥香が、抗議してくる。


「え~、誰もエッチなことだとは言ってないんだけどなぁ」

「~~っっ!」


 ニヤニヤした表情の雫を見て、からかわれていることに気が付いたようで、遥香は美咲に抱き着いていた。


「こら、先輩をからかうんじゃない」

「はーい、ごめんなさい」


 雫に軽くチョップすると、苦笑しつつ謝罪していた。それから、俺の耳に口を寄せると、


「でも、おにい。何でも言う事聞くって本当だから、頑張ってね」


 俺だけに聞こえるように、ボソッと言ってきた。


「バカ……」


 照れくさくて、雫の顔を正面から見ることができなかった。


「とりあえず、今日の放課後にでも、みんなで勉強しない? 明日から、テスト一週間前に入ったら、個人の勉強で忙しくなろうだし、タイミング的に今日しかないと思うんだよね、私の家でどう?」


 美咲がありがたい提案をしてくれた。

 みんなの頑張りが自分の励みにもなるし、思い出作りになるしな。


「俺は賛成」


 しかしだ。


「ごめんなさい。私は厳しいわ。色々あって」


 遥香は無理だったようだ……色々?


「ごめんね、美咲ちゃん。私も友達と勉強する約束しちゃってて」


 雫も先約があったようだ。


 ん、てことは……


「じゃあ、鷹矢君。今日は、私の家でで勉強ってことだね」

「……おん?」


 あれ? 中止とかじゃなくて、そうなる感じなの?



──────────────────────────────────────


 最後まで読んでいただきありがとうございました~

 次話の更新は明日になります~


 

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