第九話 どうして、体を密着させているのでしょうか?

「あ、あー……美咲さんや?」

「ん、どうしたの? 何か分からないことでもあった?」


「いや、そうじゃないんだけどさ……距離近くない?」

「別にそんなことないでしょ。ほら、集中してよ」

「なんでやねん……」


 五十嵐家いがらしけのリビングで勉強をしているのだが、俺と美咲の距離が近すぎるのだ。クッションの上に座っているのだが、肩と肩が触れ合っており、美咲が頭を揺らすたびに髪が首をくすぐってくるのだ。


 それに、フローラルな甘い匂いがしてくるせいで、勉強に全然集中できなかった。


 あの後、俺は美咲の家に訪れていた。俺が美咲の家に着いたときは、まだ誰も帰宅していなかったようで、二人きりだった。

 美咲曰く、弟がもう少ししたら帰って来ると言っていた。


 しかしだ。


 好きな子と二人きりで、密着するくらいに距離が近いと、理性がぐらついてしまうわけで。


「と、とりえあずトイレ!」


 俺の息子も卍改ばんかい一歩直前だったので、ひとまず気持ちを落ち着けるために、逃げようと思っていたのだが──


「だーめ」


 ニヤニヤした表情の美咲が、俺の腕を掴んで許してくれなかった。あの反応、美咲が心底面白がっているのが分かった。


「別にいいでしょ~、何か、鷹矢君が困ることでもあったのかな? う~ん?」

「困ることがあるからだろ!」


「別にいいじゃん……さっきだって、鷹矢君は雫ちゃんにずっと鼻の下を伸ばしてたじゃん。それに、遥香の胸だってチラチラ見てるし……」

「な、何のことかわからないな……」


 なんでバレてんの!?


「だから、私の貧乳が好きになってもらえるように、洗脳中なんです~」


 唇を尖らせながら、仏頂面を浮かべる美咲。


 洗脳を本人に言っちゃうのはどうかとお思うが、美咲なりの仕返しだと分かると、何も言えなくなってしまった。というか、あの二人が大きいだけで、美咲は普通サイズなのだと思う……多分だけど。


「分かった、分かったから、勘弁してください!」


 美咲がどれだけ理解しているのかは分からないが、男は好きが性欲に直結するわけで、本当に良くないのだ。


「鷹矢君さ、さっきから顔も赤いし、意識してくれてるよね」

「……ノーコメントで」


 ほとんど答えを言っているようなものだけど。その瞬間、パッと華やいだ表情になる美咲。


「どう? どうどう? 嬉しい?」


 頬を赤らめながらも、腕を抱いてきて、美咲は胸を密着させてくる。


「美咲だって本当は恥ずかしいけど、我慢してるだろ!」

「そ、そんニャことないよ!」


 嘘つけ、噛んでじゃねぇか!


「ほら、よくないから離れてくれ!」

「むぅ……なんでよ。私が引っ付いたら嫌なの?」


 俺の露骨な態度に傷ついたようで、美咲は悲しそうな表情を浮かべていた。

 そんな表情をされると、こちらも罪悪感に駆られるわけで。


「そ、そうじゃなくて──」


 美咲から距離を取って、事情を説明しようとしたのだが、半分膨らんだ股間を隠すために変に前傾姿勢になったのがよくなかった。


「や、やば……!」


 美咲に覆いかぶさるように倒れてしまったのだ。


「いでで…ごめん、だいじょ……」


 目を開けた瞬間、美咲の顔がすぐ近くにあった。


 腕で体を支えていたために、ぶつかることはなかったが、吐息が掛かるほどに距離が近かった。美咲も俺との距離が近いことに気づいたようで固まっていた。


 それでも、頬を染めながらも動こうとしなかった。



 ドクン、ドクン、ドクン。



 頭がしびれてくると、美咲の視線に絡み取られてしまったかのように動けなくなってしまった。顔を少し前に動かすだけで、美咲とキスできてしまうのだ。しかも、この家では二人きりだ。


「た、鷹矢君……」


 消え入るような声で呟く美咲が、俺の手をそっと握ってきた。

 美咲も俺と同じだ。

 熱に浮かされてしまって、この後のことなんか考えられなくなって。



 ドクン、ドクン、ドクン。



 お互いのまどろんだ理性が混ざって溶け合ってしまうと、俺は美咲に顔を近づけ始めた。

 そして、美咲も覚悟していたかのように目をつぶってしまった。そのまま、俺は引き寄せられるように──


「ただいまー! ねぇーちゃん、外、雨降ってるぜー」


「「ほわぁああああああああ!」」


 玄関から、美咲の弟さんと思われる声が聞こえた瞬間、俺達ははじかれたように距離をとった。


 あ、危なかった……弟さんが帰ってこなかったら、絶対に一線を越えてた……。


「ん? ねぇーちゃん。お客さん来てんの?」


 リビングのドアが開けられると、学ランに身を包んだ美咲の弟が入って来た。中学生だろうか?


「ど、どうも……お邪魔してます」


 挨拶すると、向こうも軽く頭を下げてきた。

 けどまぁ、弟さんからしても気まずいわな。家に知らない男がいるっていうのは。


「お、おかえり……文也ふみや。今日、お姉ちゃんたち勉強してるから、オンラインゲームはダメだからね」

「ちぇー、分かったよ。それよりさ、洗濯物いいの?」

「え?」


 美咲と一緒に外を見た瞬間、雨が刺すように強く降っていた。それに、雷も鳴っていた。


 あれ、これやばくない?


「ふ、文也! 洗濯物を取り込むから手伝って!」

「へーい」


              ※


 美咲たちが洗濯物を取り込んでいる間、俺は天気予報を見ていた。


 最初、手伝おうと言ったのだが、断られてしまったのだ。まぁよその人に見られたくないものもあるわな。

 それから、雨雲の動きを見ている時だった。


「ねぇ、鷹矢君。この後、晴れそうな感じ?」

「いや、それがさ──」


 美咲のスマホの画面を見せると、顔をしかめていた。


「明日まで、ずっと雨降ってそうだね……この天気だと今日は帰るのしんどいだろうし、泊っていったら?」

「……え?」


 どうやら、美咲との勉強会は、まだ終わらないようだった。



──────────────────────────────────────


最後まで読んでいただきありがとうございました~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る