第十話 何か幸せじゃない?

「鷹矢君、手伝ってくれてありがとうね」

「んー、別にお礼を言う事でもないだろ」


 現在、俺と美咲は洗い物を一緒にしていた。泊りが決まってから、家族への連絡を済ませて、美咲が作ってくれた晩御飯を御馳走してもらった。だからこそ、洗い物ぐらいはしようと思ったのだが、それを許してくれる美咲でもなかった。


「それに、晩御飯作ってもらったんだから、洗い物くらいするのに」

「いやー、お客さんにしてもらうのも悪いでしょ……ふふ」

「ん? 何か笑う事でもあったか?」


「ただね、将来、鷹矢君と結婚したらこんな感じなのかなって。お互いに働いててさ、二人だけの時間が少なくなっても、家事を分担してさ、二人の時間を増やす努力をしていけるかもな―って」


 あはは、と照れたように美咲は笑っていた、


「ば、バカ……そんな先のことまで考えてるのかよ」


 くすぐったくて、照れくさくって、美咲の顔を正面から見ることができなかった。

 それに、まただ。


 悲しくもないのに、泣きそうになってしまうような……こんなに思ってもらえることがたまらなく嬉しくて、すぐに抱きしめたかった。


 その髪に顔をうずめて、強く抱きしめて、好きって気持ちを伝えることができたら、どれだけ幸せなのだろうか。


 洗い物をぼーっと眺めながら、蛇口の水で手が冷たくなりながら、そんなことを考えていた。多分、さっきの一線超えそうになったことへの余韻みたいなのが残っているんだと思う。


「ねぇ、鷹矢君?」

「なに?」

「何か幸せじゃない? 勿論、鷹矢君がどんな答えを出すのかは分からないけどさ、それでもこの時間が幸せだなーって」


 そう言いながら、美咲は自分の肩を俺の肩にくっつけてきた。そのまま、鼻歌を歌いながら、美咲も洗い物を続けていた。


 なんというか、最近の美咲は凄く甘えたがりのような気がしてる。普段の姿は、頼りがいがあって、クラスメイト達の面倒見も良い姉御肌みたいな感じがしっくりくるんだけど、今の方が素の表情に近いって言うか……うーん、気のせいかもしれないけど。


 それとも、単純に中間テスト前だから、ちょっとだけナーバスになってるとか?

 けど、こうやってくっついてるだけで、美咲が喜んでくれるならいいかな。


「あ、鷹矢君が今日は離れろって言わないんだ、嬉しい」


 えへへ、と笑みを浮かべる美咲。

 だけど、やっぱり俺にはその表情が、どこか心配な物にもみえてしまった。


              ※


「……う、うん……」


 洗い物も終わって、おふろにも入った後。

 俺と美咲は再び、リビングで勉強していたのだが、美咲が寝そうになっていたのだ。コクン、コクンと首が動いては、俺の肩にぶつかって慌てて起きる。これで三回目だった。


「なぁ、美咲」

「あれ、私、また寝そうになってた……?」


「なってたよ。明日も学校あるんだからもう寝たら? 俺もそろそろ寝るし」

「えーやだ。せっかく鷹矢君といられるんだから、もったいないじゃん……」


 美咲にしては珍しく、駄々をこねているというか、子供っぽい言い方だった。

 半分、寝ぼけているんだろう。


「ほら、美咲の部屋はどこだよ? べッドまで運んでやるから」

「えー、ベッドまでってやらしー」


 うとうとしている美咲が、本当にないことを言ってくる、こりゃあ、寝る時間削ってずっと勉強していたな。


 それでも、俺が美咲の腕を引っ張ると、大人しく従ってくれて、そのまま部屋まで向かってくれた。そして、美咲がベットに寝転んだのを見届けた直後。


「ねぇ、鷹矢君? 一個だけワガママ言っていい?」

「内容による」

「……一緒に寝よ?」

「やだよ」


 さっき、一線超えそうになっただろ。次は俺だって我慢できる自信ないんだよ。


「そういうのじゃなくてさ、隣にいてくれるだけでいいんだって。雫ちゃんばっかりズルいじゃん」

「そりゃ、雫は妹だからだろ……?」


 あれ? それで片付けてもいいのか? 良くないような気が……。


「明日からテスト一週間前でしょ? そしたら、私もずっと一人で勉強しないといけないし……鷹矢君でまだまだ充電したいし……朝起きた時に、鷹矢君がいてくれたら嬉しいし……」


「だからってなぁ……」


 そんなの俺が我慢できる自信がない。


 けど、少しだけ悲しそうな顔をしている美咲を見ると、少しくらいは答えたくなるわけで。


「じゃあさ、眠る時まで隣にいるし、朝も起こしに来るからそれでいい?」

「っ! うんっ!」


 パッと華やいだ表情になる美咲。


「し、失礼します……」


 ドキドキする気持ちを抑えながら、美咲の布団に体を忍び込ませた。

 布団から美咲の甘い匂いがして、頭がクラクラしてきた……我慢、我慢だぞ俺。


「んふふふふ、幸せ」


 そう言いながら、美咲は俺の手を握ると、すぐに寝息を立て始めた。見せなかっただけで、ずっと疲れがたまっていたんだろう。器用そうに見えて不器用っていうか。

 そんな姿が可愛く見えると、つい頭を撫でてしまった。 


「中間テストがんばろーな」


 勿論、俺も遥華も一位を狙う気でいるのだが。


「ヤバ……俺も眠くなってきた」


 真っ暗な部屋で、布団で横になっているのがいけなかった。でも、睡魔にも抗えなくて──

 

              ※


「う、うん……ンん、朝か」


 無意識に手を動かすと何か柔らかいものに手があたった。

 フニフニとしてるんだけど、少しだけ硬くもあって──


「って、しまった! 寝てしまった!」


 慌てて起き上がると、隣に座る美咲が俺の事を愛おしそうに見ていた。

 多分、俺が触ったのは美咲の太ももだったと思う。


「鷹矢君さ、私の事疲れてるとか言ったけど、それは鷹矢君も同じだよね?」

「と、言いますと?」


「だって、何をしても起きなかったんだもん。あ、服はちゃんとパジャマに代えてあるし、服もこれから洗濯するから安心してね」

「……え?」


 慌てて、自分の服を見ると、知らない服になっていた。昨日、風呂を上がった後、俺は制服のシャツだった……あれ?


「鷹矢君、私は朝食の準備とかしてくるからもう少し、ゆっくりしてていいよ」


 妙に大人びた表情を浮かべる美咲は、そのまま部屋を出て行ってしまった。


 いやいやいやいやいや!


 俺が眠った後、ナニがあったの!? 実は美咲が起きていて……それで、何をどうしたらナニになって……あわわわわ。


 本当に俺は一体、ナニをされてしまったんだ……。


──────────────────────────────────────


 最後まで読んでいただきありがとうございました~

 明日の更新はお休みで、明後日になりまーす!


 ようやく、二章も終わりが見えてきた!

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