第六話 二人きりで遊ぼうね
「へぇー、その話楽しそうだねぇ、私も混ぜてよ」
菩薩のような笑みを浮かべた美咲が、なぜか青筋を浮かべながらこちらを見ていた。
「ヒッ!」
その笑みを見た瞬間、背に凍りつくような悪寒が奔った。自分でも顔が引きつっているのが分かる。問題なのは、美咲がなんでこんなに怒っているのかという事だった。
「(ひ、平沢さんっ! なんで美咲が怒っているのか──)」
平沢さんに尋ねようとしたのだが。
「あ、私。やっぱり料理は一人で覚えようかなー。それに、実は細マッチョな子がタイプなんだよねー私。じゃあね、水瀬君!」
「わーっ! 待って、待って!」
お願いだから、俺を一人にしないで! それによく見れば、瀬川さんもいつの間にか姿を消していた。
「へぇー、鷹矢君は、私じゃなくて平沢さんを追いかけるんだ」
「ま、まさかー。そんなことあるわけないじゃないか」
やばい……動揺して、変な喋り方になってしまった。というか、そんな言い方したら逃げれないじゃん……。
「でささ、鷹矢君は私がどうして怒っているのか分かってる?」
「………………モチロンダヨ」
どうしよう……今一瞬、面倒くさいとか思っちゃった。
「ねぇ、鷹矢君」
来た! この続きは分かってるぞ。
どうせ、いつも通り『何を考えてるの?』とか聞くんだろ。二回も同じ手に引っかかったんだ。同じ過ちを繰り返す俺では──
「私のこと、面倒くさいねーとか思ったでしょ?」
「なんで分かったの!?……ハッ」
そのパターンは卑怯じゃね!
「私が教えてあげた料理で、クラスの女子をナンパしたんだぁ……どんな気持ちだった? 楽しかった?」
背景に可憐な花が咲いてそうなほどの綺麗な笑みなのに、美咲の迫力が増していくばかりだった。何か、浮気をしてないのに、問い詰められているような気分だった。
まぁ、浮気をしたこともないんだけどさ……って、そんなこと考えてる場合じゃない!
「ご、ごめんなさぁああああい!」
必死に謝り倒して、今度、デートをするということで、何とか許してもらえた。
※
それから、俺と美咲は遥香たちに合流して、早速バーべキューを始めた。炭であぶられた網の上にお肉、野菜、お肉、お肉、お肉と茶色多めで焼いていく。
網からお肉の焼ける匂いが鼻をくすぐると、お腹が空いてくる。
「なぁ、鷹矢、まだかよ?」
隣で待ちきれなくなったのか、秀明がお落ち着かなさそうに声をかけてきた。
「ばっか、待てって……」
まだ焼けてないからもう少し待たないといけないのだ。お肉からあふれる肉汁が赤いのは、生焼けの証拠。肉汁が透明になれば大丈夫なわけで。
「お、もうそろそろ。いけんじゃないか」
トングを使って、秀明の皿にお肉を入れる。それから、遥香や美咲の皿にも肉や野菜を投入していく。
そして、網の上にお肉が少なくなってくると、新しいお肉を投入する。しばらくは、肉を焼いていくのに集中するかな。
本当は食べたかったけど、仕方ない。それにまぁ、美味しそうに食べている遥香や美咲を近くで見れるのは、眼福ものだ……後で、秀明に頼んで写真を撮ってもらおう。
にしても暑い……首にかけたタオルで汗を拭いつつ、冷たい飲み物に手を伸ばそうとした時だった。
「ずっと焼いててくれてありがとう。ほら、喉が渇いたんじゃないかしら?」
振り返ると、遥香が俺に紙コップにストローを刺して渡してくれる。汚れたり、トングで手が塞がっている俺にはありがたかった。
「ああ、サンキューな」
お礼を言いながら、飲ませてもらう。
「た、鷹矢だって……お腹が空いてるわよね?」
「え? そりゃあ、まぁ、そうだけどさ」
そしたら、お肉を焼く奴がいなくなる。あ、もしかして秀明が変わってくれたりして──
「ほら、あ、あーん……」
「お、おん……?」
目の前で、遥香が俺に『あーん』をしてくれていた。いや、分かってるんだけど、分かってないって言うか……何、言ってんだ俺。
「ほ、ほら……早くしなさいよ。は、恥ずかしいじゃない……」
顔を真っ赤にした遥香が、消え入るように小さい声で話していた。
「ま、まぁ……遥華も、そうやってたらずっとしんどいもんな!」
「そ、そうよ……これは仕方なくなのよ」
って、俺も遥華も誰に言い訳してんだろうな。けど、そんな言い訳をしないとむずがゆくて仕方ないんだって!
そして、妙にプルプルと腕を振るわす遥香に『あーん』してもらった。
「ど、どうかしら……」
おそるおそると尋ねてくる遥香。
「お、美味しかったです……」
「本当に! 良かった……じゃあ、次はね──」
すいません、本当はドキドキしすぎて、よく味が分からなかったですね、はい……。けど、パッと華やぐ表情を浮かべる遥香を見てると、正直には言えなかった。
ってか、まだ続けんのかよ……流石に恥ずかしい。
「はい、鷹矢君。あーん」
美咲の声が聞こえたと思った瞬間、やや強引にお肉が運ばれた。
「ったく、二人して何やってんのよ……もーう」
次は、美咲が頬を膨らませていた。
「私だっているのに……鷹矢君ったら他の女の子とばっかりイチャイチャして……」
うっ! それを言われると辛い……確かに、その通りだ。
「私がいること、忘れないでよね」
「い、イェッサー……」
それから、気を利かしてくれたのか秀明に肉を焼く係を変わってくれたので、三人でゆっくりと食べさしてもらった。
※
「美咲さんや、美咲さんや。流石に距離が近くないでしょうか?」
「別にいいでしょー。どうせ、鷹矢君は私のこと何かどうでもいいんでしょ?」
バーベキューが終わった後、俺と美咲は炊事場で洗い物をしていた。
隣り合って洗い物をしているんだが、美咲との距離が異様に近かった。肩どころか、体半分が密着しているのだ。合わせて、さっきから美咲がヘソを曲げていた。
勿論、俺が原因なわけで、何て言えばいいのか分からなかった。
取り付く島もない美咲だったが、チラチラと俺を見ているあたり、完璧に無視するつもりはないようだった。
「あ、あー……美咲? 別に美咲の事をどうでもいいとか思ったことはないからな。むしろ、頼れるからこその、大事に思ってるわけで……」
「……じゃあ、平沢さんと瀬川さんと私。誰が一番、可愛かった?」
唇を尖らせていた美咲が、頬を染めながら横目に俺を見てくる。
ってか、分かってて聞いてるだろ……。
「そりゃあ、美咲に決まってんだろ」
「~~っっ! も、もーう、仕方ないんだから! ったく、鷹矢君は私のことが本当に好きなんだから……」
ニマニマと嬉しそうな表情をした美咲が、鼻歌を歌っていた。とりあえずは、機嫌を直してくれたようで安心した。
「じゃあ、この後の休み時間さ、近くに川があったでしょ? そこで、二人きりで遊ぼうね」
「あいあい、りょーかい」
にしても、美咲みたいな可愛くて、しっかり者の子がどうして、俺なんかを好きになってくれたんだろう。そんな風に考えながら洗い物をしていると、眉間にしわを寄せたギャルの三島さんがやって来た。
「ちょっとずれてよ。ここ狭いんだから」
「う、うん……ごめん」
まだ少し三島さんって怖いんだよなぁ……こーう、蛇がカエルにおびえるように、ネコがネズミに怯えるように、陰キャはギャルに怯える生き物なのだ。
例え、三島さんが美人ってあってもそこは変わらない。
それに、三島さんの言う事も最もで、洗い物をしている人数に対して、明らかに炊事場は狭かった。チラッと三島さんを伺うと、一人で洗い物をしていた。そして、三島さんの班員は全員、遊んでいた。
うーん。
「洗い物手伝おっか?」
「はぁ? なんでアンタがアタシを手伝ってくれるのよ……結構よ」
その際、三島さんがスポンジを落としてしまった。人が密集した中で、スポンジを拾おうとしたのがいけなかった。
「え、キャッ!」
誰かにぶつかった三島さんが、バランスを崩してよろけてしまった。そして、運の悪い事に三島さんは、美咲にぶつかってしまった。結果、美咲と三島さんはもつれあうように、こけてしまったのだ。
「二人とも大丈夫!?」
声をかけると、
「アンタに心配されるようなことじゃないわよ。五十嵐の方こそ、大丈夫なんでしょうね?」
「う、うん……だいじょ──イダ!」
美咲から小さい悲鳴が届いてしまった。急いで駆け寄ると、美咲は足を捻ったせいで真っ赤に腫らしてたのだった。
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