第43話
和香子の服装は派手な色使いからシックな色合いに変わっていた。こっちの和香子の方が素敵だし似合っていると優斗は思うのだった。
「何見とれてんのよ」
「いやあ、和香子さんも変わったなって思いまして……」
耳が熱くなり、しどろもどろになる優斗だった。
「本当だよねえ。みんな変わった。私だって自分でも変わったっていう自覚があるからね」
「そうかなあ。将平さんは将平さんのままのような気がするけれど」
和香子の言う通り、将平が変わったとは思えない。ブログで出会った時からみんなの人気者だった。穏やかで物事を冷静に見ているところがあり、そのくせ熱血的にリーダーとしてこのツアーを盛り上げてくれた。
「優斗君のブログに参加する時に、私はこのキャラを作り上げたんだ。それまでの私はこういう人ではなかったからね」
「えええ?そうなの?」
和香子が最も驚いているが、みんなの顔にも動揺が走る。
「根暗で誰にも弱みを見せたことがなくて、陰険で意地悪で……本当にどうしようもない性格だった」
「嘘、信じられない」
和香子が発言しなければ、優斗も同じ言葉を口にしていた。
「いつの間にかそうなっていた。平気で人を蹴落とすことや、無能な人間だと部下を罵ることもしてきたからね。効率や成果ばかりに気を取られ、数字を追いかけることに躍起となって、人のことを人と思えなくもなっていた。そんな自分に嫌気がさして、みなさんの前では新しい自分を装った」
優斗にも覚えがあることだった。優斗の場合はそうなることを恐れ、そうなる前にその場から逃げたのだが。
「でも、今の将平さんが、本当の将平さんなのだから、もう、過去のことは忘れてもいいのではないかしら」
「和香子さんの言うことはもっともなのだけれど、過去に自分が傷つけてしまった人たちのことを思うと、申し訳なくてね」
「でも、その人たちの前で謝罪したからって許されるものでもないですからね。傷つけてしまった人たちのことをちゃんと思い出して、心の中で謝罪を続ける。それしか私にもできませんからね」
「留美さんの言う通りですよ。謝ってもらったからってどうなるものでもないですから。むしろ、顔も見たくない場合もあれば、すでに忘れているってこともあるし」
優斗の正直な気持ちだった。それが、卑怯なことでもあり、自分自身を余計に苦しめることであったとしても。
風が冷たく頬を刺すように痛い。雪はめったに降らないとはいえ、冬の朝は外での作業が辛かった。真夏のように早朝から動き出すことはなく、すでに午前七時を過ぎていた。日は昇り太陽は近くに見えているのに、一向にバケツに張った氷は解ける気配をみせない。
「おはよう」
眠い目をこすりながらダウンジャケットを着こんだ母が近づいてくる。
「どうしたの?こんな早くに」
「冬の朝を体感しておこうって思ってね」
「体感ねえ」
「建物の中にいるとわからないけれど、外に出てみるとやっぱり寒いわねえ」
「そうだね」
東京で働いていた時でも、朝の六時には家を出ることがあり、冬の寒さは知っているはずだが、駅までの数分間では感じとれないものがあった。
「バケツの水が凍っているのなんて、子どもの時に見た以来かしら」
「そう言えばお袋はこの村に来ても、昔は外を歩きたがらなかったよね」
「ええ、そうなの。この間のような餅つき大会にも、あなたが子どもの頃には参加をしなかったわね。別に嫌だったわけではないけれど、気が進まなくてね。なのに、今はもっと外に出て行きたい、村のみなさんとも交流したいって思えるの。ほら、車を走らせていると富士山が見える場所があるでしょう?私、この間それを発見したのよ。あの当時には見えなかったものが、今は見えるの」
嬉しそうに話す母。まだまだ優斗には見えないものがあるのかもしれない。見ようとしないとそれは一生見ることはないだろう。この地に根付くかどうかも決めてはいない。だが、自分にはまだ見えていないものがあると知ったからには、まずは地に足つけて見るべきものや見たいものを探し続けていくのも、悪くないと思う。新たなミステリツアーを企画するかもしれないし、また違った交流の場を思いつくかもしれない。まだまだ道半ばではあるが、生きることを楽しもうと、寒空に誓う優斗だった。
人生はミステリーツアー たかしま りえ @reafmoon
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