今日から毎日花の蜜を吸おうぜ!

秋乃晃

no/rm-core

 通りすがりの吸血鬼にやられたらしい。

 最近この辺でも増えてきたからな。


 ……ごめんな。


 ***


 朝起きて顔を洗って、ボクの顔が鏡に映らなかったから、そうか、寝ている間に――夢ならばどれほどよかったでしょう――それこそ眠るように「ボクは幽霊になってしまったのかもしれない!」と思って起き抜けでまだベッドの上にいたキミにダイブしたら、実体はちゃんとあって「グヘッ!」と平凡な悲鳴を上げてキミが潰れた。メメタァあるいはそれに類する語句をぱぱっと吐き出してくれよ。


 第一部完!

 先生の次回作にご期待ください!


「終わらせるんじゃあないよ!」

「イッテッ!」


 お返しとばかりにボクの右頬を叩いたキミは目を潤ませながら「オマエもフツーの悲鳴しか出ねえじゃんか!」と付け加えた。ボクの思考はダダ漏れかぁ?


「お知らせがあります」

「何さ」

「吸血鬼になっちゃったっぽい」


 キミは目を見開いて「はぁ!?」とテンプレ通りの反応をした。でもね。ボクは、こう言っちゃあなんだけどのだ。キミがよく知っているように、ボクは昔から何やってもうまくいかなかった。超優秀だったキミとは違って、勉強も運動もダメダメだった。ボクはいつだってキミの引き立て役。キミは成功して、ボクが失敗する。そしてキミが褒められて、ボクは「次頑張ればいいよ」って励まされていた。そういう関係性でずっとやってきて、小学校中学校。二人とも成功したのって高校受験と大学受験かな。大学の入学式を控えて、キミがボクに「一緒に住もう」と持ちかけてきたとき、ボクは二つ返事で了承した。キミが借りた部屋は、実家から大学へ通うよりも近い場所にあったから。


 義務教育を終えて、大学を卒業したら、それなりの〝オトナ〟になれると思っていた。実際は入社一日目にして寝坊からの遅刻で、その日のうちに「明日来なくていいよ」と言われてしまう。その言葉を鵜呑みにして、ボクは次の日出社しなかった。スーツに袖を通さないボクを見て、同居人のキミは、――どう思っていたんだろう。あの日のキミは何も聞かずに家から出て行って、夜にはショートケーキを二つ買って帰ってきた。


 キミが帰ってくるまでのボクはテレビのニュースを見ていた。どのチャンネルも言っていることは大して変わらない。吸血鬼に襲われる人々は日に日に増えていき、文字通りとして見境なく人間を襲って血を吸い、血を吸われた人が吸血鬼となってまた別の人間を襲う。それってもはや吸血鬼っていうよりゾンビか何かなんじゃないかって、その時のボクは笑っていた。まさか自分が笑われる側になるっていう予定は、その時はなかった。新しい仕事をすぐ見つけて、キミの負担にならないようなボクになる予定だった。


 ボクが「なんでケーキなんか」買ってきたのと訊ねたらキミは「なんでもないよ」と答えた。ボクは追及せずに、皿に移動させられたショートケーキを食べる。言葉ではなんでもないよって取り繕えても、なんでもないわけがなかったような表情で、キミはショートケーキのイチゴを頬張っていた。


 それからは、音楽を聴いて感動したからギターを買って練習してみたり、インターネットに転がるイラストを目にしてマネして描いてみたり、そういう芸術的な方面で隠された才能が開花するかなって期待してみた時期に突入した。

 残念だけどどっちも上手くいかなくて、キミが部屋の隅に追いやられたギターをそれとなくかき鳴らしたり、紙と鉛筆があってさらさらと落書きしたりしたもののほうが、それぞれ三ヶ月ぐらいやってみたボクの演奏やら絵やらよりもずいぶんと上手かった。基礎的な能力値の高い人間は、何をやらせても大体それっぽくできてしまう――なんて、キミの幼馴染として、コピーアンドペーストしたような環境で育ってきたボクは悟る。人体を構成している成分も、そうは変わらないはずなのに。ボクがキミに勝っているのは、身長ぐらいなものだ。


 ナニモノかにはなりたかったんだよ。小さい時から、つい昨日までのボクは。

 正確には、昨日と今日の境目ぐらいまでのボクは。

 こんなボクだからこそ、いつか、なんていうか、貯め込んでいたエネルギーが爆発して、すんごい力に目覚めるんじゃあないかって。


 案外簡単だったね。


 なんもできないボクだったけど、これからキミの力になれると思えば、ちっとも寂しくないや。


「まさかオマエが……」


 キミは隠し通せているつもりでいたかもだけど、ボクはキミが吸血鬼ハンターなことを知ってるよ。あのショートケーキは、キミなりの覚悟の現れだったわけだ。人間に危害を加えるモンスターでも、元々は人間だ。当然、家族がいる。吸血鬼にさえならなければ、叶えたい夢もあっただろう。まあ、ボクには、そういうものはない。家族はいるけど、出来の悪いボクなんて正直いてもいなくても同じだ。ちょっと前に連絡した時、ボクよりもキミのことを心配していたぐらいだもの。


 キミが吸血鬼ハンターになった理由は、キミのお姉さんが吸血鬼に殺されたからだよね。あの頃はこの国に吸血鬼がまだ少なかったせいで、不運な死亡事故ぐらいの扱いしかされなかった。許せないよな。お姉さんはキミの誕生日にショートケーキを買って帰ろうとしていただけなのに。


「通報できるかってんだ」


 身近な人に吸血鬼化の兆候が出てきたら、すぐに吸血鬼ハンターに連絡しないといけないんだったっけ。キミの場合はキミの同僚にメッセージを送ればいいのか。


「なら、キミが殺してくれよ」


 どうせ死ぬなら、キミの手柄になりたい。


「え、やだよ。オレを人殺しにしたいのか」


 仕事でさんざん吸血鬼を倒しているくせによく言うよ。キミは強がっているとき、鼻の穴が大きくなるんだよね。付き合いが長いからこそわかる。


「じゃあ、どうすんのさ」


 姉を殺した吸血鬼はみな死すべしじゃあなかったの。


「人間に戻せるようになるまで、オレが匿う」


 吸血鬼ハンターがそんなんでいいのかよ、と出かかった言葉を引っ込める。ボクはあくまで知らんぷりをしておかないと。キミが嘘をついて、ボクは「キミがお役所仕事を真面目に頑張ってる」って信じていることにしているんだから。


「薬を開発してるって、ニュースで見たよ」

「ああ。オレもニュースで見た。吸血鬼ハンターが生捕りにした吸血鬼の身体を解析して、もうじき出来上がりそうらしい」


 キミはニュースで知ったんじゃなくて内部情報じゃあないの。ちなみに吸血鬼は生捕りにできないと、泡になって跡形もなくなってしまうんだってさ。ボクもそうなる運命でいいよ。なんだか、綺麗じゃん。


「ボクもその研究に協力しよっかな」


 望んで吸血鬼になったわけではない人たちのためにボクの命が使われるなら、それはそれで、ボクの命にも意味があったといえる。が、キミは「ダメだ!」と即答した。


「オマエに、あんな、非人道的な実験を受けさせるわけには」

「詳しいね?」

「知り合いの知り合いから聞いたんだ」


 ごまかしかた下手くそかぁ?

 早口になるのもよくないぞ。治していこうな。


「匿うったって、どうすんの。明日美容室の予約あんだけど」


 まさかこの家に監禁状態になるのかな。……まあ、いいか。キミの帰りを大人しく待つだけのボクになると。


「髪はオレが切る」

「えぇ……」

「不満か」

「美容室のあの子、ボクのこと好きだと思うんよ」

「吸血鬼だってバレるだろ!」


 あ、そっか。鏡に映らないんだった。


「食事はオレが作る」

「やった」

「やったじゃないが」


 当番制だったけどやらなくていいのか。


「なんで?」

「血以外は花の蜜しか吸えなくなるんだぞ、知らんのか」


 そんなちょうちょみたいな設定、初めて知ったから「嘘でしょ!」と飛び上がってしまった。


「オマエの分の蜜はなんとか、知り合いの知り合いを言いくるめて確保するから」

「先に言ってよ!」

「知らないオマエが悪い……とは言えないな……クソ」


 殺してくれなさそうだから、どうしよう。その、人間に戻す研究ってのは、なりたくないのに吸血鬼になってしまった人のために必要だから手伝っていきたい。キミはボクを治したいんだしね。ボクは治されたくないけども、考えが一致しないね。

 実験体にさせてもらえないボクができることといえば、その、実験体になる吸血鬼を増やすことかな。ボクは他の吸血鬼と違って、見境なく人を襲うような悪いモンスターにはならない。吸血鬼になってもいいよ! って人を捜して吸血鬼にしていこう。


 そうすれば、キミの力になれるね!

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今日から毎日花の蜜を吸おうぜ! 秋乃晃 @EM_Akino

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