opéra

深川夏眠

オペラ


 ケーキが一切れあったとする。半分食べると半分残る。その半分の半分を食べると四分の一が残る。何だかんだ言いながら最終的に全部食ってしまうわけだが、理屈の上では半分の半分の半分の……つまるところげんしょうのケーキの残滓が、あたかも菓子の幽霊のごとく、目にはさやかに見えねども、器の上にと居座ることになるはずだ。

 そんなエピソードを盛り込んだ漫画があったと語ったら、きみは嬉しそうに微笑んで、読んだ、知っていると応じてくれた。

 そこで狂喜していそいそと実践に移ったのだ。きみが大好きだというを買ってきて皿に載せ、対面した二人が両端から食べ進める。ムードを盛り上げるべく、紅茶を飲むタイミングもたがえずに。

 漆黒のチョコレートでよろわれたビスキュイ・ジョコンドとクリームの層にゆっくりフォークを入れ、シロップが滲むのを感じながら、きみは極めて上品に、美味しそうに実験を遂行しようとする。時折、口角にくっついたガナッシュを鏡も見ずに舌の先で舐め取るさまがゾッとするほど艶めかしい。

 そろそろ真ん中の金箔に辿り着く。ゴールしたら、そこに何が見つかるだろう。ケーキの残量はゼロ、それ以上の賞味は不可能になっても、我々の間には新しい感情が芽生えているのじゃあるまいか。

「ピロリロ、ピロリロ」

 無粋な着信音がロジカルでフィロソフィカルでロマンティックな雰囲気をブチ壊した。

「はい、ええ……了解」

 きみは居住まいを正し、緊急の用件で職場に戻らねばならないと、申し訳なさそうにいとまいをした。オペラは無惨に中断された。元は直方体だった甘い構造物の中央部を残して。

 きみが去った途端、歯が疼きだした。気分がな間は痛みを忘れていたのだ。ついでに言えば、本当はスイーツにしたる興味はないし、特に苦手なのだ、チョコレートケーキは。



                 opéra【FIN】



*2022年11月 書き下ろし。

**画⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/awoQL3t8


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opéra 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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