第7話 【不死の炎】対【ピュロスの稲妻】
~アウリス、ギリシア軍の幕営~
ギリシア軍の幕営は異様な雰囲気だった。ギリシア最強の英雄とされる【不死の炎】アキレウスとその親友【栄光の獣】パトロクロスを仲間にしたオデュッセウスとペネロペウスは、帰るなり二人を伴って総大将である【王の中の王】アガメムノンの幕営に連れて行った。だがアガメムノンも副将の【天佑の王】メネラオスもその他の英雄も、アキレウスとパトロクロスを怪訝な眼で見ていた。
何しろアキレウスはといえばオデュッセウスよりも小柄な少女なのだ。アガメムノンの前に出たアキレウスは礼も取らずに退屈そうに手をぶらぶらさせている。わがままなお姫様が暇を持て余しているようにも見える。
「アキレウス、アガメムノン様の前だよ。礼を取ろう」
パトロクロスがアキレウスに取りなすが、そのパトロクロスにしても女のような顔をした小柄な少年だ。携えている武器の大剣は眼を見張るがそれを振り回して戦う姿は想像もつかない。
礼式に無頓着なアガメムノンもさすがにこの様には苛立っていた。その矛先はオデュッセウスに向かう。
「オデュッセウスよ、そなたは艦隊の出発を遅らせてまでこの者共を連れてきたのか」
オデュッセウスは全く気にする様子でもなく事もなげに答えた。
「ええそうです。ここにいる【不死の炎】アキレウスはギリシア最強の英雄。ここにいるどなたも敵わないでしょう」
「敵わないどころか束でも倒せるわ」
アキレウスは周りの雰囲気などお構いなしに言い放った。年端もいかない少女がギリシア最強の英雄だなどと言われて、ただでさえ他の英雄たちは面白くないのに、その上束になっても勝てると言われては黙っておけない。
「この子供が最強の英雄だと? オデュッセウス殿は【勇気と智謀の英雄】と聞くが狂気を発したのではないか? さもなくば【狂気と無謀の英雄】と名を変えるが良い」
そう言いながら歩み出たのは【ピュロスの稲妻】の二つ名を持つ英雄アンティロコスだった。ギリシアの英雄たちの中でも一際体が大きく、ペネロペウスも見上げるほどで、アキレウスと比べれば倍ほどの差があるのではないかと思われた。赤髪に髭面の無骨な顔は山賊の頭領と言った方が似合う。その怪力もさながら稲妻の如く戦場を駆け巡るという。アキレウスを除けばギリシア第一の遣い手だろう。
だがアキレウスは大人と子どもほどの体格差があるアンティロコスを見ても顔色1つ変えなかった。その他の英雄からはアンティロコスへの喝采とアキレウスへの罵倒が飛ぶ。ペネロペウスがどう収拾をつけるのかとオデュッセウスを見た。オデュッセウスはアンティロコスの前に出ると
「【ピュロスの稲妻】アンティロコス殿。アキレウス殿の腕に疑いがあるのなら試されてみてはいかがでしょう? 上手くいけば貴方がギリシア最強の英雄です」
アンティロコスは露骨に嫌そうな顔をした。アキレウスのような少女と戦うなど英雄のすることではないし勝ったところで何の自慢にもならない。だがアキレウスは戦えると聞いていくらか興味が出たのか
「いいわ。我は大人だから戦ってあげる。そうすればみんな納得するんでしょ?」
アンティロコスはやむを得ないと周りの英雄たちから稽古用の刃を除いた槍を受け取り構えた。アキレウスとアンティロコスを囲んで戦いの場が設けられる。アンティロコスは何の武器も持っていないアキレウスに呼びかけた。
「アキレウスとやら。武器を持て。それとも剣も槍も重くて持てないのか?」
アキレウスは少し悩んだように首をかしげたがしばらくしてアンティロコスが持っている槍を指さした。
「それを使うわ」
「稽古用の槍を使うと言うのか?」
「違うわ、その槍を奪って使うのよ」
アガメムノンの幕営は静まり返った。ペネロペウスはこの少女がもしや狂気の果てにこのような言動をするのかと思い始めた。最初は騒ぎ立てていた周りの英雄も同じ気持ちだろう。ペネロペウスは困りきって隣のオデュッセウスを見たが、オデュッセウスはフードから覗く口元を微笑ませただ黙って見ている。
一番困ったのはアンティロコスだろう。体格を見る限りアキレウスとの実力は歴然である。だからといって力一杯槍を振るって少女を打つわけにもいかず、軽く頭を打つような勢いで槍を振るった。
ペネロペウスはその光景を見て固まった。アンティロコスが振った槍をアキレウスはあっさりと受け止めた。しかも片手だった。
「いつまで遊んでいるのかしら。殺されても文句言えないわよ」
アンティロコスはアキレウスの手を振りほどこうとしたが、槍もそれを掴んでいるアキレウスも微動だにしなかった。それどころか空いた片手を口に当て欠伸を噛み殺している。アンティロコスは顔を真っ赤にして震えており全力をだしているのがわかる。
アキレウスは片手のまま槍を振るった。アンティロコスは空高く吹き飛ばされる。着地は何とか受け身を取ったが、槍はアキレウスに奪われてしまった。アキレウスは奪った槍をつまらそうに振り回していたが
「やっぱりいらないわね。お返しするわ」
と言い捨てて槍を投げた。槍はアンティロコスの足元に突き刺さった。突き刺さったというよりは槍のほとんどが地中に埋まっており触れるのは指でつまめる分しか無い。ペネロペウスにはどれほどの力で投げればこのようなことになるか想像もつかない。
「あなた悪くはないけど我の相手じゃないわね。我が第一、パトロクロスが第二、あなたは第三くらいにおきましょうか」
アンティロコスはアキレウスに向かって駆け出した。怒りに任せて素手で立ち向かうかと思ったが、ペネロペウスの予想に反してアキレウスの前に膝まづいた。
「アキレウス殿! いや姐さん!」
この様子にはアキレウスも流石に困惑した。周りの英雄が静まり返っている中、オデュッセウスだけが声を上げて大笑いした。
「あなたこそがギリシア最強の英雄! このアンティロコスは己の見識の無さを恥じました。俺をどうか弟子にしてください!」
「まあ……いいわよ。あんたはこの中でもまだましな方みたいだし」
英雄たちは言葉も出なかった。ギリシアの英雄の中でも相当の実力者であるアンティロコスがこうも見事に倒されたのだ。オデュッセウスは中央に歩み出て高らかに呼びかけた。
「【不死の炎】アキレウスはまことギリシア最強の英雄である! この英雄がいる限りギリシアの勝利は揺るがない!」
オデュッセウスの号令に英雄たちは沸き返った。確かにアキレウスを倒すことのできる武将がトロイアにいるとは思えない。しかしペネロペウスが気になったのはこの狂騒の中を静観しているアガメムノンとその横の神官パラメデスだった。この騒ぎを面白くなさそうに見ていた二人はそのまま席を外してしまった。これもオデュッセウスの策なのだろうか。フードから覗くオデュッセウスの口元は邪悪に歪んでいた。
勇気と智謀の少女オデュッセウス ~トロイア戦争を1ヶ月で終わらせる英雄~ 山原くいな @morige_yanbaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。勇気と智謀の少女オデュッセウス ~トロイア戦争を1ヶ月で終わらせる英雄~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます