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小さな家族葬は、しめやかに執り行われた。
事件性はなく、階段を踏み外したのだと説明を受けた。
遺体の損壊は酷かったが、頭部だけは大きな傷を負うことはなかった。元から色白であったため、疲れて眠っているようにしか思えなかった。
私は、一人河川敷を歩いていた。
「おい、──!!」
呼び止める声には、聞き覚えがあった。彼女を紹介してくれた、私の親友であった。快活に笑う普段の彼からは聞いたこともない、その涙声。
ただ振り返る動作すら億劫であった。最後まで彼女を傷つけた口を開きたくもなかった。あんなにも明るい彼の泣き顔など見たくもなかった。
でも、私を見てほしかった。
「なあ、──。お前は彼女の病気の事を知っていたか?」
「......知らなかった。知っていれば、もっと、もっと───」
「そうか───」
彼女は、家族にすら病気の進行度を伝えていなかった。婚約していた自分にすら。あの日まで罹患していることすら口には出さなかった。
だが。
「私は、知っていた。彼女の病気も、そう長くはないことも」
「......は?」
「なあ、──。私は、彼女を愛していたと思うか?」
あの日、彼女の告白を受けるずっと前から私は知っていた。
知ってしまっていた。
だから、この問いに意味などはない。既に彼女は死んでいる。愛とは平均値ではなく瞬間の速さだという言葉を不意に思い出した。
愛。愛とはなんだ?病に苦しめられながらも、心配をかけまいと恐怖と焦燥を押し殺し、私と何気ない日常を過ごそうと奮闘する彼女。その真意を見て、どう応える事が愛なのだろうか。
私は悲しんでいるのか?愛する人が死んだとして、そこで自信をもって「悲しい」と答えられない私は彼女を愛していなかったのか?その努力に少しばかりの賞賛を送る事は間違いなのか?
「なあ、──。答えてくれ」
「......」
こんな時間に、河川敷を歩くのは初めてだった。仕事終わりにランニングをする中年男性。部活帰りなのか上気させた頬を冷たい外気に晒しながら自転車を漕ぐ中学生。そして、水面に溶け込む真っ黒な私と彼。
その場を満たす闇を全て取り込むように息を呑んだ彼は、ポツリと零した。
その言葉は、あまりにも正確に私を貫いた。
「もう、涙も出ないのか......」
私の表情はおそらく、いたって平静に見えたであろう。涙も零さず、呼吸も乱さず、瞳も揺れず、心は凪のように落ち着いていた。
私は今回の事で心を病んでなどいない。狂ってもいない。ただ平常であった。
「お前は、いつも正しい。どんな状況でも正しかった。だから誰よりも狂っていたんだ。彼女が死の淵に立っていることを理解しながら、いつも通りに愛せるくらいに」
「......そうか」
「お前は彼女を愛していた。でも、その愛し方を誰も理解できない。お前でさえも。
......でも、彼女はお前を愛していたよ」
「私がしたのは、一般的な愛を模倣し近しい行為を行っただけだ。こんなものが愛と呼べるのか?」
「お前は狂っている。だが、純粋なものほど平均から大きく外れるもんだ。
おまえはどこまでも純粋で、正しかった」
「でも、正しいだけだ」
私は、正しくあるために生きているのではない。その反証をしたかった。
非論理的で、正しくなくて、でも一般的な何かがしたかった。
「お前は、これからどうするんだ?」
「自分だって拾われた命だ。彼女の遺書を読んで決めたよ。
ただ、綺麗な場所で彼女の傍にいたいんだ」
「......そうか」
そして、私は彼とは二度と会うことはなかった。
ただ、彼が最後に呟いた言葉だけが、私を最期まで突き動かした。
「綺麗な場所で愛した相手と一緒に居たいだなんて──
お前らしくもない、ありきたりな愛じゃないか」
釣瓶落としの後始末 湊咍人 @nukegara5111
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