いろとりどり
するする、きゅるきゅる。
「衣澄ちゃん! なにそれ!」
衣澄ちゃんが、何やら大荷物を抱えてベランダに入ってくる。
「朔斗君が、全然考えないから!」
「考えたって……。枯らしちゃったら可哀そうだから……」
「私がお世話するって、言ったでしょ?」
「言ってたよ! ぼくたちもするし!」
「あぁ」
「ありがとう……」
「ビオラと」
「すっぱい顔してる!」
「チューリップだよ」
「玉ねぎみたい!」
「玩具箱いっぱいだし、遊ぶ場所が狭くなっちゃうからね、寄せ植えにするよー」
「よせうえ?」
「一つの鉢に、ビオラとチューリップ、どっちも植えるの」
「おんなじお家でいいの?」
「うん。とっても仲良しだから、おんなじお家で嬉しいって!」
「へえ! 衣澄ちゃんは、ものしりだねえ!」
「えへへ、それほどでもー。よし、じゃあ、真穂君、律君、お手伝いしてもらってもいいかな?」
「する!」
「あぁ」
「ええと、場所は、この辺がいいかな……。お日様の程よく当たる所……。んー……」
「いつも降りるのは、この辺だ」
「あ、そうなの? じゃあ、こっち……?」
衣澄ちゃんが、律君と話しながら、大きな植木鉢をあちこちと動かす。
「うーん、ここ……かな?」
「あぁ。面倒を掛けてすまない」
「いいの、いいの。こちらこそだよ」
「いや、有難い」
「そう? 良かった……。……それでは早速、真穂君、この石をね、植木鉢の底に敷いてくれる?」
「え、わ……?」
大きな袋に石が沢山詰まっているのに、あまりにも軽くて、腰が抜けそうになる。
「あはは! 大丈夫? ごめんね、びっくりさせて。この石にはね、小さな穴が沢山開いてて、軽いんだよ」
「あ、ほんとだ!」
白っぽい石の表面には、泡立ったみたいな小さな穴がいくつも見えた。
「土だけだと、お水をあげた時に、ぐちょぐちょしちゃうからね」
「へえぇ」
言われた通りに、空っぽの植木鉢に、不思議な軽い石を入れていく。
「あー、もうちょい……。もう、ちょい……はい!」
「はい!」
「ありがとう! じゃ、律君には、土を入れてもらおうかな?」
「分かった」
律君が、重そうな袋を軽々と扱い、さっさと、軽い石を覆い隠していく。
「鉢の一番上まで入れると、お水を入れた時に溢れちゃうから、この、
「分かった。……このくらいか」
「うん! ばっちり!」
衣澄ちゃんが、ぐっと、両の親指を上げてみせる。
「ばっちり!」
ぼくも、真似してみる。
「そうか」
律君が、素っ気なく答える。
「朔斗、何か縛るものはないか」
律君が、ベランダにぎゅう詰めになっているぼくたちを眺めていた朔斗君に、声を掛ける。
「あっ、ちょっと、待ってね」
「急がなくていい」
「うん……」
ゆっくりと立ち上がった朔斗君が、キッチンの方へと歩いていく。
「……はい、これでいい?」
すぐに戻ってきた朔斗君が、律君に針金のようなものを差し出す。
「ありがとう」
律君は、残った土の袋の口を綺麗にぎざぎざに畳んで、もらった針金で留める。
「二人とも、ありがとう! 私、適当に、テープかなんかで留めようと思ってたんだけど」
衣澄ちゃんが、えへへと可愛く笑う。
「ええと、では遂に! お花を植えまーす!」
「どうやるの?」
「ええとね、ビオラの苗はね、まず、土に……」
衣澄ちゃんが、植木鉢の土に、シャベルで穴を開ける。
「このくらいかな? 掘るでしょ。それで、ここの、下の穴を押すと出てくるから……」
「おぉぉー」
小さな黒いポットの形になった土と根が、すっぽりと出てくる。
「で、この穴に……お、ぴったりだ!」
土と根の塊の高さと、土に開いた穴の深さが、魔法みたいにぴったりだ。
「ま、浅かったり深かったりしたら、調節すればいいからね。でね、この隙間は、土で埋めてあげると……」
衣澄ちゃんが、土と根の塊と、植木鉢の土の間にできた隙間を、掘り出した土で優しく埋めていく。
「これでオッケー!」
衣澄ちゃんがまた、ぐっと親指を上げる。
「オッケー!」
ぼくもまた、真似をする。
「なるほど」
素っ気なく言った律君は、衣澄ちゃんが植えた花を、しげしげと眺めている。
「じゃ、真穂君と律君も、やってみて!」
「うん!」
「あぁ」
「どこに植えたらいいの?」
「どこでもいいよ! あ、でも、近すぎると、大きくなった時に狭くなっちゃうから、このくらいは空けてね」
衣澄ちゃんが、さっき植えたビオラの苗と、そこから少し離れた所を交互に指差す。
「あ、あと、チューリップも後で植えるから、チューリップの場所も空けておいてあげてね」
「はぁい」
「分かった」
「よし! じゃあ、まずは……」
「穴を掘る!」
「そう!」
「……このくらい?」
「んー、もうちょっと掘っていいよ……。そう、そのくらい!」
「このくらいか」
「んー、ちょっと深すぎ?」
「じゃあ……」
「あ、うん! いいねぇ」
衣澄ちゃんに教わりながら、律君と一緒に苗を植えていく。
「できたぁ!」
ぐっ。
「よくできました!」
ぐっ。
「いいのか、これで」
「いいの! で、まだあるんだよー。チューリップが、あるんだよー」
衣澄ちゃんが歌うように言いながら、小さな玉ねぎみたいなものを、ネットから一つ取り出す。
「大きい種だね!」
「そう、大きいね! でも実は、これ、種とはちょっと違う、特別なものなんです!」
「そうなの?」
「球根……」
「そう! 球根です!」
「へぇ……」
「根か」
「惜しい! 確かに土の中にできるんだけど、根、とも、ちょっと違うんだなぁ」
「そうなのか」
「そうなの。なんかね、球根って、栄養のいっぱい詰まった葉っぱが、ぎゅっと集まってるものらしいんだよね」
「はあ……」
「はっぱなの?」
「そう! チューリップは寒いのが苦手だから、冬はこうやって、葉っぱでぎゅってなって、我慢するんだって」
「へえ!」
「ふうん……」
「これもまた、穴を掘ってぇ……」
衣澄ちゃんが、空いた所に、さっきと同じくらいか、もっと深いくらいの穴を掘る。
「埋まっちゃっていいの?」
「そうなの! 球根はね、浅いと、だんだん外に飛び出てきちゃって、寒いっ! ってなっちゃうからね」
「そうなんだぁ」
「そう。この、とんがってる方から葉っぱが伸びてくるから、とんがってる方を上にするんだよ……。で、こうやって、優しくお布団かけてあげて……。はい、できた!」
ぐっ。
「できた!」
ぐっ。
「分かった」
また、衣澄ちゃんに教わりながら、律君と一緒に球根を植えていく。
「お水を、たっぷり、かけてぇ……」
「かけてぇ……」
するする、きゅるきゅる。
「みんな、ちょっと休」
「できた!」
ぐっ。
「できた!」
ぐっ。
「できた」
ぐっ。
「わ、あぁぁ……」
湯気の立つカップを乗せたお盆を持った朔斗君が、目を丸くする。
「春になって、あったかくなったら、色んな色のチューリップも一緒に咲いて、もっとにぎやかになるんだよ! ……って、衣澄ちゃんが言ってた!」
「へえぇ! そうなの……!」
「見るだけじゃなくて、花びらで、色水遊びもできるんだよ」
「いろみず?」
「そう! お花の色をお水に出して、お絵描きしたり、かき氷ごっこしたり!」
「すごいね、お花って!」
「そうなの! 凄いんだよ!」
「ありがとう、衣澄さん……」
朔斗君が、ちょっとだけ泣きそうな声で言う。
「どういたしまして」
「ありがとう!」
「ありがとう」
「どういたしまして!」
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