仕事

 するする、きゅるきゅる。

「ん、バイトか」

「うん。大丈夫? 行けそう?」

「あぁ」

「うーん、ちょっと、まってぇ……」

「いいよ、ゆっくりで」

「うん……」

「ゆっくりしすぎるなよ」

「うん……」

 それぞれの暇潰し道具を携え、ベランダから跳ぶ。

「外で待ってる?」

「うん!」

 店内の休憩室を使ってみたこともあるが、その狭さ、薄暗さ、風通しの悪さ、ホールとキッチンから響く騒めき、その上店主がヘビースモーカーときては、真穂が耐えられるはずもなかった。

 真穂を連れて、屋外のバーベキューテーブルを拝借する。

 ホールの照明が点くと、傍の大きな窓から、温かな色調の明かりがもらえる。

 これで、本が読める。

 真穂は早速、持ってきた自由帳を開き、想像力を爆発させているらしい。

 俺も、本を開く。

 普段なら持ち歩くことはない、単行本。

 もう何度も、読み返している。

 これは、恋愛小説ではない。

 強いて言えば、ともすると強いて言わずとも、ホラー。

 衣澄さんはなぜ、これを恋愛小説だと言い切ったのだろうか。

 朔斗の声。

 今日最初の客が、扉を開けたらしい。

 朔斗の丸みのある声が、ここではよく通ることに、毎度驚く。

 本に没頭しながらも、朔斗と真穂がどうしているのか、常に注意している。

 別に、苦でも何でもない。

 ずっと、そうしているから。

 だが。

 以前のあれは。

 思い出すだけで、胸に苦いものが込み上げてくる。

 泣きじゃくる、朔斗と真穂。

 いつものように過ごしていたはずなのに。

 朔斗が泣いているのを見たのは、あの時が初めてだった。

 俺の所為せいだ。

 違うと朔斗は言うが、俺はそうは思わない。

 間違いなく、俺の所為だ。

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