砂掛(すなかけ) ユキエの休息
都心から車で40分。
同じフロアの他の部屋より、やや広い南向きの角部屋。
ベランダに続くはき出し窓のカーテンを勢いよく閉めると、海沿いを一望する夜景は一瞬で消え去り、調度品の少ない機能的な室内は
目の前のカフェテーブルの上のグラスを手に取れば、たっぷり注がれてあったドライジンの海をぶつかり合うロックアイスが、小気味いい音をたてる。
バスローブをまとったしなやかな裸身は、まだ湯気をまとっている。
ゆっくりヒトクチあおれば、クセのある風味が爽やかに鼻を抜けると共に、冷え切ったアルコールが火照ったノドを通りすぎる快感で全身が柔らかく
「ホーッ」と満ちたりた吐息をついたとき、テーブルの上のボトルの横にあるスマホがブルルッと小刻みに震えた。
「はい、
いつもより1オクターブ高い声で応答していることに、本人は自覚がない。
耳に当てた受話口からは、
『やあ、ごめんね、こんな遅く。時間、大丈夫? デート中だったりしない?』
斜陽と呼ばれて久しいものの、まだまだテレビ業界は花形職種ではある。
その
「そんな相手いませんよ。おひとり様で宅呑みの真っ最中です」
『そんな、もったいない……』
あまり調子に乗って軽口をたたくと、さすがに事案になりかねない。コンプライアンス第一のご
『実はさぁ、ついさっきお宅の事務所から、
「ああ、その件」
『なんだよ、水くさいなぁ。すぐにオレに知らせてくれれば花輪のひとつも出せたのに』
「
『そうは言ってもさぁ』
と、
『ところで、
「……来週のバラエティーのロケの件でしたら、問題ないですよ。
『いやいやいや、そういうつもりじゃなかったんだけどさぁ』
とりなすように、おざなりに付け加える。
『でも、
「亡くなった母親とは、"なさぬ仲"ってやつだったらしいですから」
『え、そうなの?』
「実の母親は、中学生のときに亡くしてるんです。だから……」
『ああ、なるほど。じゃあ、今回亡くなったのはお父さんの
『ふうん。そうかぁ。じゃあ、まあ、来週の撮影は予定どおりで。よろしく頼むね』
と、早々に通話を終わらせる気配をうかがわせた。
「あの、そういえば、
『ん? なに?』
「ええっと……」
「昨日のワイドショー、反響がすごいんですってね? 例の、
『まあ、おかげさまでね。なんなら、このクビをかけるつもりでオンエアを
「さすが、敏腕プロデューサー!」
『いやいやいや、またまたまた』
「それにしても、報道では結局、"薬物の
『あーね。そこは
「
『そういうこと。しかも、そのフォロワー層ってのが、いわゆるサブカル好きの若い
「"パピヨン・ブルー"?」
『そそ、"青い蝶"。いかにも若い子たちの興味を引きそうだろ?』
「え、ええ。そうですね。たしかに、公表したら悪影響が出そう……」
しばらくして通話を終えると、
氷のさゆらぎを楽しんでゆるりとグラスを口に運びながら、切れ長の
ディスプレイいっぱいに映る
それは、雪の上に倒れて完全に息絶えた瞬間の男の瞳の
雪深い真冬の山中の空を、なぜ、温暖な時期しか羽化できないはずの
また、
「お父さん……」
思わずこぼれてしまった声をあわてて飲み込むみたいに、グラスを大きくかたむける。
今すぐにカーテンを開けたら、窓の向こうを舞い泳ぐ大きな
いかんせん、アルコールに快く
揺れる視界を埋め尽くす、鮮やかな
×--- オワリ ---×
青い蝶は死を招く こぼねサワー @kobone_sonar
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