プリンセスは二度眠る
こぼねサワー
【1話完結・読切】
空はいつでも雲ひとつなく真っ青で。
みずみずしい緑の木々に彩られた森の奥に、シミひとつないピカピカの真っ白いお城があるの。
あたしは、そのお城に住むお姫様。
腰のあたりまで豊かに波打つ長いブロンドが自慢。
そして、あたしの愛する王子様。
できすぎたビスクドールみたいに整った顔とひきしまった長身。
澄みわたった深い湖のように神秘的な青い瞳。
繊細な柳眉と鼻スジ。柔和な桜色のクチビル。
ああ、こんな優雅で美しい王子様が、あたしだけを愛して見つめてくれるの。
熱っぽく潤んだ瞳で、いつだって、あたしをじっと見つめるのよ。
あたしと王子様のラブラブ生活は、10年たっても20年たっても、100年たっても色あせないの。
今夜も、あたしは王子様の腕マクラに包まれながら、
「おやすみ」
って、甘ったるいササヤキ声で耳をくすぐられて眠るのよ……
ううん……もう朝? まぶしいわ……
なにかしら? なんだか、ミョーに汗くさい匂いが鼻につく。
イヤだわ……こんな匂い、あたしがこのお城で暮らすようになってから、一度もかいだことない。
……って、……ちょ、待って……
「ああああんた、誰よーっ!?」
マブタを開けたら目の前には、テラテラと濡れたクチビルをとがらせた、見知らぬ若い男の顔があった。
整った顔だちのイケメンだけれど、あたしの好みじゃない、ぜんぜん!
彫りが深くて、マユゲもキリッと濃くて……アゴが2つに、割れてる……。
「てか、あたしの王子様は!? あたしの愛する王子様をどこに隠したのよーっ!」
「いやだなぁ、姫。ボクこそが、アナタを100年の眠りの呪いから目覚めさせた、あなたの王子ですよ」
目の前の男は、デレデレした顔つきで言った。
そこで、あたしは、イッキにすべてを思い出したのだ。
ああ、そうだった。
……あたしってば、パーティーに呼び忘れたくらいでブチギレた陰キャの魔女に呪われて、100年の長い眠りにつかされてたんだっけ。
それにしても、なんなのコイツ。
――ボクこそが、アナタを眠りから目覚めさせた……
って、恩着せがましく言っちゃってるけど。
魔女の呪いはもともと100年間って決まってたんだから。
オマエがここに来ようが来るまいが、アタシはどのみち勝手に目覚めてたはずなんだ。
ていうか、
「ねえ、アンタ。どうやって、あたしを目覚めさせたって言うのよ?」
「それはもう! 眠れる姫を目覚めさせるのは、愛する王子のキッスって相場は決まってるでしょう?」
「は? ウソでしょーっ!? 寝ている女の子に勝手にキスするなんて……このチカン野郎!」
あたしは、ドレスのソデで自分の口元をゴシゴシ拭いた。
「ひどいなぁ、姫。ボクがどれだけ苦労して、悪い魔女をこのビンの中に閉じ込めたと思ってるんですかぁ?」
アゴ割れ王子は、子供みたいにホッペタをふくらませながら、茶色の小ビンをあたしの目の前に差し出した。
あたしは、その小ビンをひったくって、
「聞こえる、魔女さん? お願いだから、もう一度あたしを眠らせて! もう二度と夢から目覚めないように。そしたら、ビンの中から出してあげる」
そう叫びざま、床に思いっきり投げつけた。
たちまち、ビンは粉々に砕けて、中からボワワーン……と白い煙のカタマリが飛び出したかと思うと、それが魔女の姿に変わって、
「ああ、助かった! 賢明な王女よ、たしかにオマエの望み叶えよう。さあ、存分に、……おやすみ」
ふっと目を開ければ、できすぎたビスクドールのように優雅で美しい、完璧にあたしのタイプど真ん中の王子様の腕の中で。
王子様は、とろけるような優しい声で、心配そうに聞いてくるの。
「ずいぶんうなされていたよ、愛しのダーリン?」
あたしは、王子様のひきしまった胸に顔を埋めて、思いっきり甘えながら答えるのよ。
「とってもとってもコワい夢を見てたの。お願い、ギュッとして」
「ああ、いいとも。夜はまだまだ長いからね。一晩中ずっと抱きしめてあげるから安心して、おやすみ……」
人里離れた深い森の奥に、壁のアチコチが崩れかけた不気味な古い巨城が、ヒッソリそびえているという。
立ちふさがるイバラの道を分け入って、侵入に成功した勇者が目にすることができるのは、ボロボロのベッドに眠る白髪の老婆。
でも、なぜか、シワクチャの寝顔に浮かぶ表情は、うら若い乙女のように可憐で愛くるしいという……
そんな都市伝説が、あるらしいですよ。
END
プリンセスは二度眠る こぼねサワー @kobone_sonar
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