第9話 探偵と霊従


「えぇ、伯爵様の依頼を受けてきた!?」


 その日の夜、夕飯や入浴をすませたあと、エヴァンは、ルークと語り合っていた。


 リビングに二人。


 ソファーに腰かけ、頭を悩ませていたエヴァンに、風呂上がりのルークが、髪を乾かしながら語りかける。


「また、とんだ大物の依頼を受けてきたね。大丈夫なの?」


「分からん。だが、あそこまで切実に頼まれたら」


「相変わらず人がいいなー、エヴァンは。しかも、サラさんが、伯爵様の恋人だったんだ」


「ああ、俺も驚いた。なんでもロバート様は、時々、庶民に成りすまして、町に繰り出していたらしい。そこで、サラさんと出会い、恋人同士になった。最終的には身分も明かし、プロポーズもしたそうだ」


「へー、舞台のネタになりそうな話」


「真面目に聞け」


「聞いてるよ。それで?」


「それで、サラさんは、泣きながら喜んでくれて、二人は結婚の約束を交わした。だが、それから暫くして、サラさんは待ち合わせ場所に来なくなったそうだ。家まで行ったが、出てきてはくれず、とにかく話をしたいと手紙まで出したが、その手紙も受取拒否された」


「うわぁ、可哀想」


「言っとくが、絶対に他言するなよ」


「わかってるよ。父さんにも厳しく言われてたし。それで、どうするの? サラさんに直接、理由を聞きにいくの?」


「そこなんだが、急に探偵だといって押しかけていいものか」


「まぁ、伯爵様が、探偵まで雇ったなんて知ったら、余計に怖がるかもね」


「そうだよな」


「全く、安請け合いしてきちゃって!」


 ルークが呆れながら、エヴァンの背中を叩く。

 だが、その後、イタズラっぽく微笑むと


「しょうがないなー。じゃぁ、そんなお兄様に、僕が仕入れてきた情報、教えてあげよっかな?」


「情報?」


「うん。あのサラって娘、どっかで見たことあるなーって思ったら、カルディア通りのパン屋で、看板娘やってた子だよ」


「看板娘?」


「うん。年齢は18歳。気立てが良くて美人だから、店でもけっこうな人気だったみたい。だけど、急に辞めちゃったんだって」


「辞めた? なんでまた」


「僕たちと同じだよ。家族を亡くしたんだって」


「え?」


「事故だったらしいだけど。それで、仕事もできないくらい落ち込んで、今は家に引きこもってるらしいよ」


「……そうだったのか」


 酷くやつれた顔をしていたのは、家族を亡くした悲しみによるものだったらしい。


 そして、その気持ちは、痛いほどよくわかった。


 自分たちだって、父を亡くして暫くは、死んだように生きていたのだから。


「でも、それが、伯爵様と会わなくなった理由かと言ったら、ちょっと弱い気がするんだよねー。落ち込んでる時って、むしろ恋人に慰めてほしいと思うものじゃない?」


「まぁ、そうだな」


「それに、サラさん、今は天涯孤独の身らしいし、伯爵様と結婚の約束をしてるなら、なおさら拒絶する意味が分からない」


 確かに、そのとおりだ。


 例え、ロバート様が変装をし、庶民として交際をスタートさせていたとしても、あの伯爵様に見初められ結婚すれば、まさにシンデレラレディだ。


 しがないパン屋の看板娘が、一気に伯爵夫人にまで成り上がるのだから。


「じゃぁ、他にどんな理由が?」


「そんなのわかんないよ。あとは、エヴァンがなんとかして! というか、変装して町に繰り出すの、貴族の間で流行ってんのかな? 今日、アルムたちが依頼を受けた女の子も、そんなこと言ってたらしいよ」


「女の子?」


「うん。ソフィアていう13歳の。伯爵家の娘で、なくしたジュエリーボックスを探してくれって、依頼してきたみたい」


「伯爵家の娘が、わざわざ、うちに? 大体、ジュエリーボックスなんて、どう考えても見つからないだろ」


「うん、僕も無理だと思ってるよ。そんな高価なものが道に落ちてたら、きっと誰かに持っていかれたあとだろうしね。おかげで、二人とも町中を探し回って、くたくたになって帰ってきたよ」


 どうりで、今日はやたらと寝つきが良かったはずだ。


 ちなみに、ジェイムズとアルムは、今は三階の子供部屋で一緒に眠っている。


 初めての依頼で舞い上がっていたのだろうが、厄介な依頼を受けてきたものだ。


「マサムネ。お前は、アルムたちに協力してやってくれ」


 すると、エヴァンが、自分の肩に視線を向ける。


 ゆらゆらと青い炎が揺れだせば、そこからは、トラ柄の猫が姿を現した。


 遠い異国から来たその猫の霊は、エヴェンの霊従れいじゅうだ。


 『霊従』とは、霊であり魂だけの従者。

 簡単にいえば、相棒であり助手のような存在だった。


「エヴァン、お前さんの方は、良いのか?」


 すると、猫にしては渋めの声が問いかけてきて、エヴァンは、静かに微笑む。


「あぁ。こっちは、俺とルークで何とかする。それに、探し物をするなら人手が多いに限る。今は、猫の手も借りたいくらいだ」


「マサムネ。僕の霊従たちも、今、探しに行ってるから、合流したら、箱の特徴を聞くといいよ」


 すると、ルークがそう言って、マサムネは、肩からするりと着地すると『承知した』と言って、壁をすりぬけ出て行った。


 そして、エヴァンとルークは、それから、霊従たちの帰りを待つ間、ひとしきり語り合っていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る