第8話 二人の依頼人


 三階建てのルノアール家は、一階部分が事務所で、二階と三階部分が、居住スペースになっていた。


 そして、一階の事務所は、父が探偵をしていたころから、なにも変わることなく維持されていた。


 扉を開けて、すぐに目に着くのが、壁に飾られた絵画だ。


 父の友人が描いたとされるその絵の中には、美しい異国の風景が収まっている。


 そして、その脇には暖炉があり、対面には本棚。

 部屋の中央には、上質な革のソファーとシックなローテーブル。

 

 簡単に言えば、渋い大人の雰囲気を醸し出す、まさに探偵の部屋だ。

 

 だが、そんな渋みのある部屋で、真剣なやりとりをしているのは、まだ幼い少年少女たちだった。


「つまり、探し物を見つけて欲しいと?」

 

「そうです! このくらいのジュエリーボックス。蓋を開けるとオルゴールが鳴るの」


 初めての依頼人は、ソフィアという13歳の少女だった。


 肩口で切りそろえられたブラウンの髪に、少し遠慮がちな薄い唇。


 どことなく平凡そうな見た目をした少女だが、パッチリとした目には、妙な目力がある。

 

 そして、依頼の内容は『失くしたものを探して欲しい』というシンプルなもの。


 これなら、ジェイムズたちにもできそうな簡単な依頼だ。


「そのジュエリーボックスは、誰の?」

 

「もちろん、私のよ。でも、外に持ちだした時に、落としてしまって」

 

「中には、なにが?」

 

「宝石が入っていたわ! 指輪とか、ネックレスとか」

 

「指輪にネックレス……か」


 身振り手振りで、ソフィアが箱の大きさを伝えれば、それを、ジェイムズがメモを取りながら考え込む。


 だが、そんなジェイムズの横に座るアルムは、あまり乗り気ではないらしい。


「ねぇ、ほんとに受けるの?」


 そう言って、ジェイムズに、コソッと耳打ちしてきた。


「なんだよ。受けるに決まってるだろ。初めて来た依頼だぞ」

 

「でも、報酬は見込めないと思うよ」

 

「そうかもしれないけど。でも、こういう小さな依頼を積み重ねて、探偵としての腕を上げていくんだろ!」


 さっきの言葉が響いてるのか、初めての依頼に、ジェイムズは、舞い上がっているようだった。


 まさに、やる気満々と言ったところ。

 すると、アルムは、ソフィアに向かって


「ねぇ、そのジュエリーボックス、本当に君のなの?」

 

「え? そ、そうだけど」

 

「でも、君の身なりを見る限り、そんな高価な宝石を持ってるようには見えないんだけど」

 

「「なっ!?」」


 それは、客に対して言う言葉ではなかった。

 だからか、すぐさま、ジェイムズが激高する。


「アルム! 失礼だぞ!」

 

「僕は、疑問に思ったことを、素直に聞いただけだよ。なにより、依頼をしたいって言うなら、真実を話してもらわないと困る」

 

「……っ」


 真実を──そう言われ、ソフィアは、おもむろに視線を逸らすと


「こ、これは変装よ」

 

「変装?」

 

「そうよ! 私、こう見えても貴族なの。伯爵家の娘よ。でも、たまにお忍びで屋敷を抜け出すことがあって、そういう時は、こうして変装して、庶民に成りすますの」

 

「へー。じゃぁ、庶民に成りすました伯爵令嬢が、ジュエリーボックスなんて持ちだして、なにしてたの?」

 

「……っ」


 更に問いつめれば、ソフィアは顔を真っ赤にしながら


「なんだっていいでしょ!? とにかく、ジュエリーボックスを探して! それとも、貴族である私の命令に逆らうつもり!?」


 そう言って、一気に高飛車な態度を取りだしたソフィアに、アルムは怪訝な顔を浮かべた。


「兄さん。やっぱ、この依頼、受けたくない」

 

「な、何言ってんだ!?」

 

「だって、僕、貴族嫌いだし。セロリと同じくらい大嫌い」

 

「お前の好き嫌いは、どうでもいいんだよ!」


 なにより、今は選り好みしている場合じゃない。

 

 なぜなら、初めて来た依頼なのだ。

 ならば、例えどんな依頼でも、受けることに意味がある。

 

 それに──


なら、受けてるはずだ!」

 

「……っ」


 すると、いきなり父を引き合いに出され、アルムは黙り込んだ。

 

 確かに、父なら受けるだろう。

 例え、どんな相手の頼みだって──

 

「はぁ……分かったよ。じゃぁ、今から探しにいこう。そのジュエリーボックスを」



 ‪✝︎



 その頃、エヴァンは、受取拒否された手紙を返すため、伯爵家の扉を叩いていた。


 出てきたメイドに事情を説明すれば、メイドは速やかに了承し、中に招き入れてくれた。


 正直に言えば、このままメイドに手紙を渡して、すぐにでも帰りたいところだったが、この手紙は、伯爵家の嫡男が、わざわざ女性に宛てた手紙。


 ならば、やはり本人に直接、お返しするべきだろう。

 

 エヴァンは、そのまま応接室での待機を促され、直立のまま、差出人であるロバートを待った。


 すると、それから、しばらくして


「やぁ、待たせたね」


 と、目的の人物がやってきた。

 

 質のいいモーニングを着込んだ茶髪の青年だ。


 年齢は25~6歳。爽やかな笑顔と、ガッチリとした体格が印象的な若者だった。


 そして彼こそが、ルーズベルト伯爵家の嫡男、ロバート・ルーズベルトだ。


「突然、お訪ねして申し訳ありません。ロイヤルメールで郵送員をしております、ルノアールと申します。実は、ロバート様が投函されたお手紙が、受取拒否をされたため、お返しに参りました」

 

「え!? 受取拒否!?」


 瞬間、爽やかなロバートの顔が、驚愕の表情に変わった。


 そりゃ、そうだろう。伯爵家からの手紙を受け取らないなんて、不敬も良いところだ。


 しかし、激高するかと思いきや、ロバートは、手紙を受け取りながら


「そうか、サラは、手紙すら受け取ってくれないんだな……すまなかったね。返しに来るのは、さぞかし気に病んだことだろう」


 それは、酷く落ち込んだ様子で。

 だが、サラを責めることなく、深くため息をつく姿を見れば、一方的に付きまとっているようにも見えなかった。

 

 オマケに、エヴァンの心中まで察してくれるとは、まさに、噂通りの穏やかで優しい伯爵様だ。


(顔見知りでは、あるのだろうな)


 昨日、サラの家に行った時、エヴァンは『伯爵家』とはいったが、ルーズベルト家の名前は、一切出していなかった。


 それでも、サラは、ロバートからの手紙だと分かっていたようで、二人が顔見知りなのは間違いない。


 だが、ルークの言う通り、人の本質は、外見では分からないもの。それ故に、サラが、酷く青ざめていたのが気にかかる。


「ありがとう。次は、直接会いに行ってみるよ」

 

「え?」


 だが、その後、放ったロバートの言葉に、エヴァンは、じわりと汗をかいた。


 え? 直接、会いに行く?

 それは、ちょっと、まずいのでは?


「あの、ロバート様。失礼を承知で申し上げますが、受け取りを拒否されたということは、会いたくないという意思表示でもあるのでしょう。直接、家に押しかけるのは、サラさんを怖がらせるだけかと」

 

「そ、そうか。じゃぁ、どうすれば……っ」


 すると、ロバートは、更に考え込んだ。

 

 その表情をみれば、なんとしても、サラと連絡を取りたいのが伝わってくる。


「あの、サラさんとは、一体どのようなご関係なのですか?」


 すると、エヴァンは、単刀直入に問いかけた。

 

 二人の関係が分からぬことには、どうにも判断できない。すると、ロバートは、少しばかり悩んだ後


「君、口は固い方か?」

 

「はい。郵送員の傍ら、探偵業も営んでおりますので、投函者や依頼人の情報を守ることに関しては徹しております」

 

「探偵……!」


 するとその瞬間、ロバートの目つきが変わった。

 ロバートは、ガシッとエヴァンの両肩を掴むと


「そうか、探偵なら丁度いい! 頼む! サラが、なぜ僕に会ってくれなくなったのか、その理由を調べてきてくれないか!?」

 

「え!?」


 切実な表情で頼み込むロバートに、エヴァンは、困惑する。


 まさか伯爵様から依頼を受けるなんて


「ですが、父の跡を継いだばかりで、探偵としては、まだ未熟でございます。それに、伯爵様なら、もっと腕利きの探偵や相談役がいらっしゃるのでは?」

 

「いや、知り合いには、まだ話せない!」

 

「まだ?」

 

「あぁ、僕とサラは──を交わした仲なんだ」


 

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