第10話 美しい娘


「え? 川の中を探すの?」


 それから数日がたち、突如、告げられた言葉に、ソフィアは目を丸くした。


 ここ暫くは、ひたすら町中を探し回っていたが、今日は、川の中を探そうと、ジェイムズたちが言うからだ。


「でも、もう秋よ? 風邪をひいちゃうわ」


「そんなこと言っても、兄さんたちが、って言ってたんだよ」


「な! なんで、そんなことわかるのよ!?」


 アルムの言葉に、ソフィアが声を荒げる。


 ライン川とは、このロザリオの街を横断する悠然とした大河だ。


 そして今、アルムたちは、まさに、その下流にきていた。


 川幅は10メートルほど。

 流れは、やや早い。


 そして度々、事故も起きるため、遊泳禁止になっている場所だ。


「危ないわ。なにも、そこまでしなくても」


「でも、大切なものなんだろ。そのジュエリーボックス」


「それは、そうだけど……っ」


「じゃぁ、任せとけって! 絶対、見つけてきてやるから!」


 ここ数日で、かなり打ち解けたからか、申し訳なさそうにするソフィアに、ジェイムズが笑いかける。


 ちなみに、アルムは、少女のフリをしてるため、ロリータ服を脱げるはずもなく、川の中を探索するのは、ジェイムズ、一人。


 そして、単身、河辺まで向かったジェイムズは、着ているシャツを脱ぎながら、霊従であるジョルジェに話しかける。


「なぁ、ジョルジェ。この川の中、かなりよな?」

 

 すると、ジョルジェは、黒い炎と一緒になって現れると、ジェイムズの周りを、クルクルと浮遊しながら


「まぁ、ザッとみて50体程ですかネー。こりゃ、遊泳禁止にもなりますワ」


「50体か……じゃ、こんな季節に川に入るバカな俺は、格好の餌食えじきだな。というわけで、俺の魂、悪霊たちあいつらにとられたくなかったら、しっかり守れよ!」


 まるで、いたずら好きの子供のように、ニヤリと笑ったジェイムズに、ジョルジェは眉を顰める。


 魂は、願いを叶えた時が、一番、美味なのだ。


 そして、目の前にある最高の食材を、熟成させずに食すなど、ジョルジェの美学に反すること。


 それを分かっているのか、ジェイムズは、決して願いを言うことなく、利用してくるのだ。


 この崇高なる、悪魔の力ですら――


「本当に、とんでもないクソガキですネェー。坊ちゃんは」


 ザパン!――と水しぶきが上がった。


 冷たい川の中へジェイムズが飛び込めば、ジョルジェも、その後に続き、川へと潜り込んだ。


 

 ‪✝︎



「探偵って、こんなことまでするの?」


 その後、ジェイムズが、川の中を探索する中、アルムとソフィアは、側にある土手に腰を下ろし、その光景を見つめていた。


「寒そうだし、やっぱり、危険よ……!」


「そうかもね。でも、僕たちみたいに未熟な探偵は、体を張りながら、地道にやってくしかないんだよ」


「地道に?」


「そう、兄弟みんなで力を合わせて、絆の力で、解決していくしかない。この場所だって、兄さんたちが導き出してくれた。なら、今度は、僕たちの番」


 そう言って、川を見つめるアルムは、どこか心配そうで。きっと、ジェイムズの身を案じているのだと思った。


 だが、その切なげに見つめる横顔が、あまりにも綺麗で、ソフィアは頬を赤らめる。


「ア、アルムって、本当に綺麗な子ね。ロンドンにいたら、攫われちゃってたわよ」


「攫われる?」


「知らないの? 昔、美しい娘だけが狙われる誘拐事件が、ロンドンで頻発してたのよ。まだ、犯人は捕まってないみたいだし、アルムも気を付けてね」


「……あぁ、そうだね。でも、大丈夫だよ。僕、拳銃ピストル持ってるし」


「え!?」


 すると、アルムはスカートの下から、小ぶりの拳銃ピストルを取り出した。


「ちょっと、それ! 弾、入ってるの!?」


「入ってるよ。まぁ、入っていても撃てないけど」


「え、撃てない?」


「うん。引き金を引いても、弾が出ないんだ」


「なにそれ、壊れてるの?」


「いや、兄さんたちが使えば、普通に撃てる。だけど、、撃てない」


「え? どうして……?」


 どうして――その言葉に、アルムは目を細めた。


 撃てない理由なら、はっきりしてる。


 それは、この拳銃に宿ったが、アルムに人を殺させることを拒んでいるから。


 でも――


「でも、いつか絶対に、撃てるようになるよ」


 そう言って、空高く、ピストルを掲げる。

 まるで、青い空に浮かぶ雲を狙い撃つように。


 だが、その後、カチッと引き金を引くも、やはり弾は出てこず、アルムが手にした時だけ、そのピストルは、いつもガラクタと化してしまう。


「ほらね、撃てない。でも、護身用として持つ分に有効でしょ。だから、攫われたりしないよ」


「それならいいけど……でも、護身用に拳銃ピストル持たせるなんて、アルムのお兄さんたち、過保護すぎない?」


「そう?」


「そうよ! まぁ、こんなに可愛い妹がいたら、甘やかしたくなる気持ちもわかるけどね!」


 やれやれと呆れ返るソフィアに、アルムは、なんとも言えない表情をうかべた。


 だって、甘やかされてる自覚は、全くないのだから。


「甘やかされてないよ。毎日毎日、文字を覚えろって、口うるさく言われるし!」


「え? アルム、文字が読めないの?」


「読めないし、書けないよ。僕、学校行ってないし」


「え! そうなの! じゃぁ、私と同じじゃない!」


「同じ?」


「うん! 私も、学校いってなくて、姉ちゃんに、毎日毎日、文字を覚えなさーい!って口煩く言われてたの! 勉強は嫌いだって言ってるのに!」


「へー、勉強嫌いは、僕も一緒だ」


「ふふ、アルムは、全く書けないの?」


「うん」


「そう。じゃぁ、私の方がアルムより賢いわね! 私は、一応、字は書けるようになったのよ! まだ、間違うこともあるけど」


 自慢げに話すソフィアは、とても楽しそうだった。

 その姿は、まさに13歳の素朴な少女だ。


 そして、そんなソフィアの姿を見て、アルムは


「ソフィアって、が下手だね」


「え?」


「伯爵家の娘が、学校に行ってないなんて聞いたことないよ。君、本当は、貴族じゃないでしょ」


「……っ」


 その瞬間、ソフィアは、ハッとした。


「あ、それは……っ」


「君がなくしたジュエリーボックス、本当は誰のものなの? それは、ことと、何か関係があるの?」


 アルムの瞳が、真っ直ぐに、ソフィアの瞳を見つめた。


 すると、ソフィアは、観念したのか、静かに話し始めた。

 

 そして、そんなソフィアの足元は、まるでグラスに注がれた水のように、半透明に透けていた。


 

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