第5話 ルノアール家の四兄弟
「アルム、いい加減にしろ!?」
「どっちがだよ! わからずや!!」
酷く暴れたあとなのだろう。
乱雑な部屋の中では、弟たちが、兄弟喧嘩を繰り広げていた。しかも、かなり激しめの。
「ちょっと、二人とも!」
「何をやってるんだ!!」
見かねた兄二人が、すぐさま駆け寄り、二人を引き離す。だが、それでも熱が冷めないのか、弟たちは口論を繰り返した。
「アルムがいけないんだろ! 勉強教えてやってるのに、ワガママばっかり言うから! 大体、父さんは、銃で撃たれて死んだんだぞ! それなのに、マジで撃とうとするやつがあるか?!」
「うるさいよ! 兄さんが、撃てないとかいうからだろ!」
「ホントのこと言っただけだろーが! 撃てないくせに!」
「撃てるよ! いつか、絶対撃てるようになる! 大体、父さんは死んでないって、何度も言ってる!」
「死んだよ! 葬儀もやった! セントルージュ教会の墓地に、みんなして埋めただろ! アルムは死んでないって言うけど、墓石の鐘をならさなかっただろッ!!」
墓石は、鐘を鳴らさなかった──その言葉に、エヴァンとルークは、悲しげに目を伏せた。
18世紀から今にかけ、この界隈では、生きたまま埋葬されるという事故が、度々起きていた。
そして、そんな悲惨な事故を防ぐため、墓石には、外界に知らせるための鐘が備え付けられている。
埋葬時、亡くなった人の手にロープを握らせ、棺の中で目を覚ました時は、そのロープを引く。
すると、墓石に繋がった鐘が鳴り、周囲の人たちに、生きていることを知らせてくれるというもの。
だが、父の墓石は、どんなに待っても、どんなに涙を流しても、鐘を鳴らすことはなかった。
「アルムが、生きてるって言うから……みんなして、墓も掘り起こしただろ……でも、父さんは……っ」
ジェイムズの悲痛な声が、乱雑な室内に響いた。
父の遺体が、ロンドンから戻ってきたのは、事件から3日後のことだった。
心臓を撃ち抜かれての即死。
遺体は、とても綺麗な状態で戻り『苦しまずに亡くなったのが幸いだったな』と、刑事たちには言われた。
だが、それで自分たちが、納得できるはずがなかった。
暖かい家を与え、家族として愛してくれた義父。
そして、いつも通り、笑顔で出かけて行った父が、次に帰ってきた時は、冷たくなっていたのだ。
しかも、犯人は見つからず、父が殺された理由も分からずじまい。
これで、納得しろという方が、どうしている。
だが、警察でもない自分たちにできることは、なにもなく、その後の葬儀は、絶望と失意の中で執り行われた。
父の死を受けいれられず、ただ呆然と、教会の牧師の話を聞いていた。
涙すら流せず、何もかもが朧気だった。
詩の朗読も、哀悼の辞も、美しく奏でられた賛美歌の音色ですら、ガラス越しに聞いているような。
だが、そんな中、アルムの声だけは、はっきり聞こえたのだ。
『……お父さんは、まだ生きてる』
それは、ただの願望だったのか?
父の遺体は、目の前にあるのに、生きていると信じるには、あまりにもお粗末な話だった。
しかし、それでも、アルムの言葉を信じたくなったので、一度埋めた
参列者たちは、皆、驚いていた。
鐘も鳴らないのに、息子達が、墓を掘り起こそうとするのだから。
だが、その後も、父は変わらずに眠り続けたままで、改めて、現実を叩きつけられることになった。
そう、父は、間違いなく死んだのだ。
あの霧の街・ロンドンで――
「じゃぁ、なんで……っ」
だが、そんなジェイムズの言葉に意を唱えるように、アルムは、泣きながら話し始めた。
「じゃぁ、なんで、出て来てくれないの! 子供、四人残して殺されて、何の未練もなく天国に言ったっていうの?! 僕たちは、みんな霊が視えるのに……死んだっていうなら、なんでお父さんは、会いにきてくれないの!」
フリルのついたスカートをきつく握りしめながら、アルムが、
そして、その言葉は、兄たちの心を更に刺激し、その気持ちに同調するように、またエヴァンの肩で、青い炎が、ゆらゆらと揺らめきだした。
そして、それは、エヴァンだけでなく、ルークやジェイムズの背後でも、赤や緑、黒の炎となって現れる。
それは、人ならざるモノがいる証だった。
そう、彼らには、霊が視える。
ルノアール家は──霊能力を持つ一家だった。
「なんで………なんで、お父さんが……っ」
「アルム」
震えながら泣くアルムを見て、ルークが優しく抱きしめた。
現実を受け入れなきゃいけないのに、能力があるが故に、否定したくなる。
亡くなった者の魂を、幼い頃から見続けてきた自分たちが、なぜ、一番会いたい人に会えないのか?
だからこそ、アルムの気持ちは、痛いほどわかった。
むしろ、ここにいる誰一人として、この状況に納得できてはいなかった。
父が殺されたのも。
犯人が見つからないのも。
人だけでなく、霊ですら目撃者がいないのも。
そして、あの優しい父が、一度ですら会いに来てくれないのも。
何もかもが──
「──アルム」
すると、エヴァンが口を開く。
泣きじゃくるアルムの頭を撫でると、エヴァンは、悲しげに語りかけた。
「アルム。俺たちも同じだ。父さんは、俺たちを、本当の家族として、大切に育ててくれた。それに、霊の存在に悩まされていた俺たちに、この能力の使い方を教えてくれたのは、全部、父さんだ。そんな人が、俺たちに、何の挨拶もなく、勝手に天国にいくとは思えない。なら、きっと、なにかあるはずだ。父さんが、会いに来れない理由が」
「理由……?」
すると、アルムが顔を上げた。
エヴァンは、アルムの涙を拭いながら
「あぁ、きっと何かある。だから、父さんの跡を継ごうって決めたんだろ。探偵の仕事を続けていけば、いつか事件の真相に辿り着けるかもしれない。だから、必ず、この事件の謎を解いて──いつかまた、父さんに会おう」
例え、父のような優秀な探偵になれなくても、そこに微かな希望があるなら、賭けてみたい。
このまま、泣き寝入りなんてしたくない。
父を殺した犯人を、野放しになんてしたくない。
だから──
「だから、もう兄弟喧嘩は、おしまいだ」
「「わッ!?」」
すると、さっきまで喧嘩していた二人の頭を、エヴァンがコツンと合わせた。
痛くはない。
ただ、額と額がくっついただけだから。
だが、さっきまで、いがみ合っていた兄弟の顔が、目と鼻の先まで近づき、ジェイムズとアルムは困惑する。
「ちょ、な!? 近っ!?」
「なにしてんの、エヴァン! 離してよ!?」
「ダメだ。お互いに謝るまで、このままだ」
「「はぁぁ!?」」
二人の声がハモった。
もはや新手の拷問か!と言いたくなるレベルだ。
しかも、嫌がる弟二人に、エヴァンは
「大体、なんで喧嘩する度に、ここまで部屋を散らかす必要があるんだ」
「ホント、片付ける身にもなって欲しいよね~」
ため息混じりにエヴァンが呟けば、その横で、ルークが、呆れたように微笑む。
勉強をしていたのか知らないが、辺りには、ノートやペンだけでなく、食器や本まで散らばっている。
まるで、軽めのサイクロンでも来たあとみたいだ。
「だからって、これはないだろ!?」
「大体、強要されてやった謝罪に、意味なんてあるの!?」
だが、反省の色を見せない弟たちは、屁理屈をこねだし、エヴァンとルークは、一瞬顔を見合せたあと、またにっこりと笑いかける。
「そっか~! じゃぁ、大事なファーストキスは、兄弟ですることになっちゃうね!」
「可哀想に」
「「ぎゃぁぁぁ、悪魔かぁぁ!!?」」
すると、更に距離が近づき、場の空気が一変する。
今、ジェイムズとアルムの気持ちは、完全に一致していた。
男とのキスは、なにがなんでも、阻止しなくてはならない!
いくら、片方が、眩いくらいの美少女でも!
「あ、アル厶、ゴメン! 次からは、もっと優しく教える!!」
すると、ジェイムズが、勉強の教え方が厳しかったことを謝れば
「僕の方こそ、
「ホントだよ! 謝ってすむ話じゃないからな!?」
拳銃を向けたことをアルムが謝れば、ジェイムズは、肩を落としながらツッコんだ。
アルムは、気に食わないことがあれば、すぐに拳銃を持ち出す癖があるのだが、正直、何とかした方がいいと思う。
例え、撃てなくても──
だが、その後二人は、何とか仲直りし、そして、そんな弟たちの姿を、兄たちは、ホッとしたように見つめていた。
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