第4話 届かない手紙


「すみませーん。モーイズさーん」


 その後、やって来たのは、カルデア通り59番地。伯爵様からの手紙は、サラ・モーイズという女性に宛てたものだった。


 だが、サラの家は、とても小さなの平屋建てで、伯爵家とゆかりがあるようには見えない。


 階級も憶測でしかないが、恐らく下層階級ロウワークラスだろう。


「出てこないね? ポストに入れとく?」


 赤みの入った金髪をサラリと揺らし、隣にいたルークが問いかけた。


 確かに、普段ならポストに入れれば済む話なのだが……


「いや、届けるのが遅くなった。直接、手渡して詫びを入れたい。それに、もし返事を書くなら、明日の朝一で、取りに伺った方がいいかもしれない」

 

「相変わらず、真面目だなー、エヴァンは」

 

「いや、これ、俺のミスだからな」


 ──ガチャ


「どちら様ですか?」


 すると、扉を開け、女性が顔を出した。

 エヴァンたちと、そう年の変わらない女性だ。


 白金の髪に、ほっそりとした小柄な体型。


 彼女が、サラなのか?

 エヴァンは、女性を見つめ、爽やかに笑いかける。


「突然、失礼致します。私は、ロイヤルメールで郵送員をしております、ルノアールと申します。サラ・モーイズさんで、お間違いないでしょうか?」

 

「はい、そうですが」

 

「実は、伯爵家から手紙を預かっておりまして」

 

「え?」


 だが、その瞬間、サラの顔は真っ青になった。


「い、いりません……っ」

 

「え?」

 

「手紙は受け取れません! その手紙は、ロバート様にお返しください!!」

 

「え、ちょ」


 ──バタン!!


 そして、それは、ほんの一瞬の出来事で、サラは、あっという間に家の中に引っ込んでしまった。

 

 すると、それを見ていたルークが


「あらら、どうすんの?」

 

「ど……どうしよう」


 まさかまさかの、受け取り拒否!?

 

 予想外の結末に、エヴァンは、しばらく途方に暮れたのだった。



 ‪✝︎



 その後、伯爵家からの手紙を、自宅に持ち帰る訳にはいかず、エヴァンは一度、郵便局に戻ったあと、やっとのこと帰路についていた。


 辺りは、すっかり暗くなり、街灯の明かりだけが、エヴァンと、その横を歩くルークを照らす。


「何か訳ありかもね、あのサラってひと

 

「わけありって?」

 

「だって、普通は、伯爵様からの手紙を受け取り拒否なんてしないでしょ」

 

「そんなことはわかってる。どう訳ありなのかを、具体例を聞いてるんだろ」

 

「あー、そういうこと? うーん、そうだなー……例えば、ストーカーとか?」

 

「ストーカー?」

 

「うん、だってあの子、そこそこの美人だったし」


 美人──そう言われ、先程のサラの姿をもう一度思い浮かべる。


 確かに、やつれてはいたが、顔立ちは整っていた。


 白金の髪も、ぼさついている割に、ツヤがあったし、目の下のクマを取り去り、それなりの格好をすれば、それなりの美人だろう。


「たしかに美人だった気はするが、仮にそうだったとしても、伯爵様は、町の人からの信頼も厚いお方だ。そんな方が、女性を、一方的につけねらうなんて」

 

「わかんないじゃん。善人の顔して近づいてくる悪人も沢山いたでしょ、昔。それに、恋をすると人は変わるよ、良くも悪くもね。僕も劇団に、よく脅迫まがいのラブレターが届くし」

 

「脅迫まがい!?」

 

「うん。ほかの女とのキスシーンなんて見たくないから、公演を中止しろって。さもなくば、相手役の女を殺すよって」

 

「なっ、そんな脅迫文がきてたのに、よその女とキスしてたのか!?」

 

「あはは……まぁ、そうなるけど、大丈夫だよ。ちゃんと見張りは付けてたし。まぁ、さすがに上から人が降って来るとは思わなかったけどね。次、屋根から飛び降りる時は、下に人がいないか確認してからがいいよ」


「う……っ」


 さっきの話を蒸し返され、エヴァンは、なんとも言えない表情をうかべた。


 確かに、煙突掃除の子供らに見つからないよう、下を確認せず、飛び降りてしまった。

 

 あれは、確かに、自分が確認を怠ったせいだ。


「……悪かった。次からは気をつける」

 

「そうしてくださいねー、お兄様! 僕らのは、普通の人には理解できないものばかりなんだし。まぁ、なんにせよ。目に見える物ものだけが、真実とは限らないし、善良な伯爵様が、女性をつけ狙っていてもおかしくはないってこと。それに、明日、受け取り拒否された手紙を、伯爵家に返しに行くんでしょ? どんな男か見てくれば?」

 

「……見て来ればって」


 簡単に言ってくれる。

 こちらは、その伯爵様に『あなたの手紙、受け取り拒否されましたよ』と話さなければならないのだ。


 ハッキリいって、こんなに気が重い仕事はない。


「胃に穴が空きそうだ」

 

「あはは。それは大変! 今夜は、胃に優しいものを作ってあげなきゃね」


 青ざめるエヴァンを見て、ルークがからかい交じりに微笑む。


 すると、そうこうしている家に、二人は自宅へと辿り着いた。


 坂の上に建つ、モダンな雰囲気の一軒家。

 そこが、ルノアール兄弟の家だった。


 赤レンガで組まれた外壁にはつたが絡まり、その先には煙突がある。

 

 三階建ての我が家は、どこか年季が入った風貌を醸し出しながらも、室内はとても綺麗で、父を含めた5人で暮らしていた時も、あまり古くささは感じなかった。


 それどころか、父であるレスターに拾われ、初めて、この屋敷に来た時は、ひどく驚いたものだった。


 エヴァンとルークは、同じ時期に、ロンドンのスラム街で暮らしていた。


 もう10年は昔の話だ。


 食べる物も住む家もなかった貧しい生活。だが、それが一変、こんなにも豪華な一軒家で暮らすことになったのだ。


 初めは、ひどく警戒した。こんなにも立派な屋敷に一人で暮らしている男が、自分たちを養子にするというのだから。


 いつか、とって食われるんじゃないか?

 はたまた、適度に肥えさせて、売られるのではないか?


 特にルークは、天使のように容姿が整っていたから、エヴァンは、気が気じゃなかった。


 だが、そんな警戒も、レスターと共に暮らすうちに、少しずつ薄れていった。


 なぜなら、義父になってくれたレスター・フォン・ルノアールは、あまりにも陽気で、優しい男だったから。


「ただいまー」


 玄関を開けると、ルークが明るく声を上げた。


 仕事から帰れば、いつも下の弟たちが、出迎えてくれる。


 三男のジェイムズと、四男のアルムだ。


 あの二人も、父がスラム街で見つけ、養子にすると言って、この町に連れてきた子達。


 そして、四人兄弟となってからは、更に賑やかになり、この家を手放したくはないのも、家族五人で過ごした優しい思い出が、沢山つまっているから。


 なにより、エヴァンやルークにとってこの場所は、安寧と幸福の住居だった。


 ──ガシャーン!! パリーン!


「「!?」」


 だが、そんな安らぎともいえる住居で、突如ガラスの音が響きわたった。


 いや、ガラスだけじゃない。

 物が落ちる音や、激しく叩きつけられる音。


 そして、その音を聞いて、ルークとエヴァンは、すぐさま二階へ向かう。


 音の出処は、どうやらリビングらしい。

 二人は、何事かと、部屋の扉を開けた。


 すると、そこには、拳銃を持ったアルムの手を押さえつけながら、ジェイムズが、アルムの上に馬乗りになっていた。

 

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