第10話

 今日も今日とて講義は続く。

 本日の教授はぱっと見20代の男性だ。オレンジ色の明るい髪を短く刈り揃え、朱色の瞳は眼鏡の奥で鈍く輝く。知的な大人の男性キャラという感じで、こっそり心の中で攻略対象候補に足している。

 講義内容は応用魔法科学とでも呼べば良いのだろうか、魔物から得られる素材とそれを活用する技術についてである。

 魔物は魔力を持つ生物の総称で、広義には魔法使いも含まれるが一般的に人間は除外される。魔法は魔力を持つものには通用しないので、魔物の外皮や毛皮は基本的に魔法耐性がある。同時に魔法を魔力を持つ生物内部に叩き込むために牙や爪、体液などを進化させ魔法伝導性を高めた魔物もいるため、これらを組み合わせると魔力を自在に流したり止めたりする魔導回路を設計することができるのだ。

 要するに電気の絶縁体と良導体を組み合わせて電気回路を作るみたいな話なのだが、これがいろんな種類の魔物の各部位で性質が違うので、講義は延々どの魔物のどの部位がどのように使える、という話になる。魔力の産業利用にとって大事なのだろうが正直面白くはない。

 この教授は様々な魔物の素材を得るためにわざわざこの辺境まで来ているそうだ。今も魔法耐性のある素材の上にどのように魔力を通す素材を定着させるのか、について語り続けている。


「このように、ベニテンウサギの皮の上にまずオニチドリの脊髄液を定着させ、そこにダイオウツノジカの血液で回路を描きます。そこからこの白水晶が発する光を当てることで、血液で遮蔽された部分以外の脊髄液を分解しつつ血液と反応させ、魔道回路を形成することができるわけです」


 わけです言われてもわけわかりません。

 一応出てくる素材の名前をメモしてみているが、未知の呪文リストみたいになっていて後から見返しても解読できなかった。隣のハンナさんはお行儀よく座ってニコニコしている。捨て講義、ということらしい。熱心に質問をしているのは技術系や研究職に興味のある学生で、将来的に家を継ぐ等の進路が決まっている者は聞き流していることも多い。魔法学園は広く魔法の知識を与えることを目的としているので全ての講義を受けることを推奨しているが、学年が上がると一部の講義には出席せず、専門と見定めた分野の学習をしている学生が多いそうだ。

 リコッタの方を見ると、こちらも優雅に微笑み座っている。レイモンド王子と並んで座っているとそのままイベントスチルだ。たぶん講義内容にほとんど興味はないんだろうけど。

 あのお茶会以来、公爵令嬢のことは心の中でリコッタと呼び捨てている。元々がリコちからとった名前のせいか、リコッタさんとかリコッタ様だとしっくりこないのだ。結局ドレスもそのまま貰ってしまったし、今度何かお礼をしたほうがいいんだろうか。メラニーさんは触れるのも恐ろしいという感じで扱っていたから相当高価なものなんだろう。リコッタからはお茶会での非礼のお詫びなので気にしないでほしいと言われているが、あれは私が悪かったと思うし。


「では、講義はここまで。最後にお願いがあります。知っての通り、ここダットン魔法学園はカーク地峡を越えて魔物が侵入するのを防ぐ『国境』の一部でもあります。日常的な防衛は北方軍団の仕事ですが、年に数回魔法学園も協力して掃討作戦を行なっています。今月末に行われる作戦に参加してくれる学生を、現在募集中です」


 正午の鐘が鳴る頃になって、教授がボランティア募集みたいなノリで軍事作戦の話をし始めた。


「もちろん学生に危険なことをさせるつもりはないので、最前線は軍団の魔法使いが担当します。学生には安全が確保できた区域の監視を任せたいと思っています。城壁から土塁の間は見通しが利くように草刈りをしていますが、秋から冬を迎える時期に一度全てを焼き払い、魔物が巣穴を作っていないか、危険な兆候がないかを点検しています。軍団兵士が点検した後なので基本的に安全なはずですが、見落としがあった際には魔物の魔法攻撃を受ける危険があります。その辺りのリスクを考慮したうえで、参加したい者は申し出てください」


 あれ、これって…ゲームのイベントだ!魔法学園から城壁を越えて『国境』側に出たマリー達が魔物に遭遇し、王子様に襲いかかる魔物をマリーが撃退する。マリーの魔力を目の当たりにした王子様はマリーに対する興味を深め、公爵令嬢はさらに嫉妬を深める…という流れだ。

 これ、うっかり参加すると強制イベントが発生しそうで怖い。どうやら任意参加のようなので大人しくしていよう。


「将来軍に入りたい者にとっては貴重な実践の機会ですし、研究を志す者にとってもある程度安全が確保された中で魔物を目にすることのできる場です。将来にも繋がることですので、よく考えてみてください」


 将来。

 マリーは何になりたいのだろう。

 ゲームは1年で王子様と恋愛をしておしまいだったが、現実にはマリーの人生はその先も続く。おじいちゃんおばあちゃんの所に戻って暮らすのは、魔法使いである限り無理だ。どこかの貴族に紐付くにしても、何を目指すかが決まらなければ選びようがない。

 魔法使いとして軍に所属する?魔法を活かして技術者として生きる?魔力の強さを活かして高位貴族と繋がり、優秀な子を育てることを目指す?なんだかどれもしっくりこない気がする。そもそも魔法使いにどんな未来があるのかの知識が乏しい。


「では、希望者は挙手を」


 ぱらぱらと手が挙がる。どちらかというと派閥の中でも下位の人が多いようだ。全部で5人。リコッタとレイモンド王子は微笑みを浮かべたまま動かない。よく考えてみると、将来国の中枢で生きることが決まっている彼らが辺境の魔物討伐のお手伝いなどするわけもないのか。

 あの2人が参加しないのなら、こういう機会に飛び込んでみるのもいいかもしれない。マリーとして生きてきた中にあるのは、生まれ育った狭い地域の記憶だけだ。ダイアナさんから地理を教えてもらっている最中だが、この世界がどんな姿なのか想像もつかない。『国境』のその先を見るなんて、魔法学園にいなければできないことだろう。

 覚悟を決めて手を挙げる。これで6人。仲良くできたらいいなと思っていると、もう1人すっと手を挙げた。


「私も参加いたしましょう」


 リコッタ!?


「では、私も」


 レイモンド王子も手を挙げる。派閥トップ2人が動いたことで、クルセウス系の学生が一斉に手を挙げる。負けられないと判断したのか、アーシュた…さんが手を挙げ、パラキウセス系の学生もそれに続く。最後に青い顔でハンナさんも手を挙げた。これで1年生全員参加だ。


「今年の学生は積極的ですね。大変結構です」


 教授はニコニコ顔だが、私の心は荒れ狂っていた。


 ひょっとして私、やらかした?

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開発者なのに知らないことが多すぎる 田中鈴木 @tanaka_suzuki

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