第19話 息抜き



僕はしがない小説家をしている。

小説家というよりは、ライターという方がしっくりするかもしれないが。

その辺はまぁ、気の持ちようだと言ってほしい。

雑誌や新聞の小さなコラムを書いたり、たまに小説を出したり。

「……」

基本的には部屋にこもって作業をしている。会議なんかは遠隔でできるし。重要なものでもない限り、家からは出たくないのだ。

―他人に直接会うのが面倒なのだ。

「……」

しかし今回は。

どうも筆が進まず、気分転換に外に出ていた。

一人でいるにはいいのだ。



近くの海浜公園へと向かう。

海沿いの遊歩道を、何とはなしに歩く。

「……」

煮詰まったときは、よくここへ来る。


ザアァアア―


波の音が響き、心地よい音が鼓膜を叩く。

「はぁ…」

自然とため息が零れた。

「……」

なにせ、久しぶりにこんなに止まったような気がしているのだ。

ココ最近は筆の調子がよく、言葉が溢れて止まらなかった。

「……」

しかし、今日になって突然、筆が止まった。

昨日までに沢山あったハズの言葉が出てこなかった。

あんなに書きたいことはあったのに、それがすべて、消えてしまった。

寝て起きたら。

頭の中が空っぽになってしまっていた。

「……」

スランプ?

それであればまだ、あきらめもつきそうなのだけど。

なぜか言葉があるのに、うまく出せないだけのような気がして。ただそれだけのような気がして。ならない。

―そんなことを考えながら海を眺める。

「……」

海はいい。

自分の考えていることがちっぽけに思える。

―なんてありふれた言い方をしてしまうけれど。

「……」

この海の向こうは、どんな風になっているんだろう。

海の向こうには、どんな人がいるんだろう。

自分の想像がつかないような生活をしている人なんて数えきれないほどいるのだろう。

今の当たり前が、奇跡だと叫ぶ人は居るだろう。

そんなふうに考えると、自分のことなんて小さく見えてくる。

ぼーっとしながら、思考を巡らせる。

「……ぁ」

そうしているうちに、ぽたぽたと、ぽろぽろと、言葉が溢れ、想いが溢れてくる。

何かが壊れたみたいに、いろんなモノが零れ落ちてくる。

そうなってしまうと、自分でも止め方が分からなくなる。

「……」

あぁ、また、やってしまった。

なんだ、調子がいいと思っていたのに。

限界だったのか。

「……」

そう思いながら、溢れてくる言葉を、思いを、少しずつ溜めていく。

容量を超えて、こぼれるものもあるだろう。

それでも。

こぼれたそれをもう一度拾って。

それを文字におこして、人々に伝えることを生業としているのだ。

せっかく溢れたものを止めるわけにもいかない。

「……」

はぁーでもこれすんの疲れるんだよね。

毎回、疲労困憊するのだ。

それでも、自分は、この仕事を辞めようとは思わなかった。

己の言葉で誰かの何かが変わるなんて思っていない。

―それでも、何かを変えたいとは思っているのだ。

それが出来たと思うまでは、この仕事は、止められないと思っている。

「……」

まぁ一生かかってもできないと思ってはいるが。

皮肉めいたことをおもいながら、立ち上がる。

さて、今度はこの溢れるものを文字におこさなければいけないのだ。

それもなかなかに骨が折れる。



お題:小説・海の向こう・ぽたぽた

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三題噺もどき 狐彪 @kotora32

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