「ぴーすめいかー」

低迷アクション

第1話

  「そんな事あり得ないから」


素敵な言葉だ。今、目の前で起きている現状を全て帳消し、全無視できる魔法の言葉…戦後70数年余、国民の半数以上を殺され、羊に成り下がった我が国は、偽りの安全の上に胡坐をかき過ぎた。人々は不安を預け、平穏を装い続ける。これからも…


現状目下更新中の“あり得な社会”は、混乱を極め、余裕の無くなった今世紀では通用しない。明日にも終わる日常をどうにか謳歌しようとする人々で、この国は溢れかえっている。


恐らく屋台骨ごとの沈没もあり得る話だ…


あり得ると表記したのには、訳がある。それは、俺が、この国の、あり得な人々が大好きであり、終わってほしくないから、行動するからだ。たった今から…



 「ただいま~、確認された弾道ミサイルに関しては~日本国内を通過した訳ではありますが~当該の脅威は確認されなかったため、迎撃行為は行わず、発射を公表した〇×国家に関しては、我が国としては、強い不快感と怒りを伝えた次第です~」


アホ丸出しの顔で喋る防衛大臣の台詞は聞き飽きた。全く凄い時代が来たと思う。このまま行けば、後何十年?と続く流行り病の猛威…


ウィルスの根絶に成功した他国と比べ、未だにマスクと言う薄皮一枚でどうにか出来ると言い張る政府とそれを鵜の身にする民衆…


加えて、同盟と言い張る国家からの操作による円安と抑えの効かなくなった大国同士の新冷戦により、国民の暮らしを苦しめ続ける物価の高騰…


暴動が起きないのは、飼い慣らされた者の根性か?それとも、例え、困窮していようとも、自らの生活全てが変わる事を恐れ、不安定ながらの平穏を享受し、ボロボロの両手で眼を覆う、見ざる、聞かざる、語らず状態を美徳と考えているのか?


どうでもいい。問題なのは、


それを、好機と捉え、いや、何も考えず、アホ宗教や属国の主人に尻尾を振る事ご執心の政府は、個人情報の統一や、高額医療費の停止を進め、とりあえずの自分達の懐を膨らむ事に夢中と言う事…


最後に、毎月恒例になった、我が国と同レベルと思われていたが、今となっては、遥かに頭が良さそうな独裁国家が3ヵ月前から始めたミサイル定期便…耳が肥え、飼い慣らされた国民は、ミサイル報道に見向きもしない。いつ、実弾が詰まったモノが、いつ来るかもわからない状況においてもだ。


しかし、これは自分にも言える。呻いたところで、変わらない。何も出来ないのだと諦めている。


だから今も…


「“柳部長(やなぎぶちょう)”またです。S県で例の通り魔です」


部下の報告に渋面を作ってみせる。柳は警察の特別対策課の警部だ。本庁所属の身だが、今回の特例事件に際し、一応の捜査をしていると言う建前のため、派遣された。


「犯行もいつも通りか?」


「ハイ、例のホシ“ピース”の犯行です。本日午前7時頃、S県I市の市街地において、巨大な噴霧器を持ち、ピースサインのマスクを被った男が薬剤のようなモノを散布して歩いているとの報告がありました。住民や、消防団の制止は効かず、男は薬剤を撒き散らし続け、


駆け付けた警官に対しては、隠し持っていた短機関銃を発砲しています。警官に死者は出ていません。銃弾が肩を掠めたのはいますが、パトカーは穴だらけで追跡不能…


1時間程でホシは消えています。後はいつもの手順通り…撒かれた地域の住民達に健康被害の聞き取りの確認をとっている次第です」


「聞き取り?先月までは、全員が健診と何日かの療養施設での隔離じゃなかったか?」


「今月から対応が変わりました。例の流行り病の再流行で、医療は毎月恒例になった逼迫期を迎えています。実際、薬剤による被害も頭痛くらいの症状しか、確認されていませんし、医療機関も流行り病と同じで解析できないらしく、何の成果もあげてません。


政府も考えなしに色々政策を打ち出してますから、どれがどれの足元掬ったり、反作用とかわかってないで、とにかく言うだけ…結果は全部、現場に投げっぱなしですから…


この3年間、こうやって暮らしてきました。自分達は…!…てか、部長、

マスク!マスク!」


批判しながらも、この異常事態を享受している。誰も出る杭にはなりたくない。その結果が、今の生活を生み出していると言うのに…


自分も同じだな。皮肉るだけ、皮肉って、何もしない。今だって机に置いてあったマスクを身に着け、部下と同じ格好に合わせ、報告に対する捜査本部の対応を考える始末だ。


噴霧器を持った怪人が町を練り歩く。まるで漫画や映画みたいな出来事だと言いたいが、思えば、10年前に原発がメルトダウンし、現在は汚染水を“安全(仕方ない)”と言い切り、海に流す事や、毎年のように起きる豪雨災害、パンデミック、戦争…


最早、怪人が現れようと可笑しくない社会なのかもしれない。


3ヵ月前から、日本各地で薬剤を撒き散らす怪人ピースの行動…単独犯か?複数犯かもわからない。同一時刻、他地域での犯行は無い事から、1人の犯行か…いや、どうでもいい。考える頭もない。


皆、自分の事で手一杯だ。最初はこの怪人に対する対応を非難した国民も1ヵ月も経ち、多少の健康被害はあるものの、流行り病程の危険性はない事に慣れたのか?


“武装して町を歩く悪党に対し、何もしない政府”


に対する批判すらしなくなり、政府御用達のメディアも積極的に傍観の姿勢を取るよう、働きかけ、乗せられやすいとゆうより、そーゆう姿勢に甘んじている人々は喜んで協力し、以前と変わらない日常を送り始めているのだ。


「使用された機関銃の出所は不明か?まぁ、現政党が、ベッタリ宗教絡みでヤバくなった時は、また出所やら犯人がスケープゴートで出てくるだろうからな。それを待つとするか?


銃器対策に関しては?そろそろこの怪人に対して、機動隊、もしくはそれ以上の装備と人員が必要だと思うが、申請は通ったのか?」


「いえ、3ヵ月前から変わらず“現状対応で何とかしろ”との事です。どう見たって

スコーピオン社の最新サブマシンガンに、ニューナンブとエアウェイトで勝てるかよ?って話ですけどね。発砲許可も出ないし…ネット見ました?ピースに撃たれた警官が近くにいた人、盾にする動画…拡散されたけど、まぁ、すぐ忘れられますよね?今更、役人が信用されないのはデフォだし…てか…」


報告途中に、バツが悪いと言った感じで、部下が頭を掻く。言いたい事はわかる。第何波かの流行り病の流行により、空席が目立つオフィスで、彼の声はよく通った。何処かと電話している声も…ため息一つと苦笑い…言葉を返す。


「わかってる。飲みいった仲間が、かかって、お前も陽性出たんだろ?ハロウィン2日前から、前ノリしすぎだろ?全く…とりあえず早く帰れ。上への報告と銃器申請は俺がやっておくから」


「すいません、助かります。ワクチンのおかげか?よくわかんないすけど、とりま症状ないんすけどね。すいません」


足早に部署を去る部下の背中を眺め、思う。


行政、それも市民の安全を守る国家公務ですら、この始末…3年と言う自粛は、自分達の社会に対する責任を骨抜きにした。


頭上を飛ぶミサイル、止まない疾病、不況、そして、怪人…何かが間違えれば、一瞬で終わってしまう要素がここまで揃った状況に対し、人々は何もしない。不安を何処かにそっちのけ、一般人はおろか、行政や安全、国防に関わる人間までもが目を背け続ける社会…


一体、誰が向き合う、いや、戦うのか?この答えを出す頭、余裕は、今の柳にはない。


昨日から咳と咽喉の痛みが続いている。今日あたり、抗原キットを買う事が、同居している家族を踏まえ、彼の頭を占める最重要課題だった…



 廃墟同然の団地群の一角、防災倉庫の扉を開ける。中に入り、空の噴霧器を置いた。使い古した覆面を脱ぎ、俺は一息をつく。監視カメラの配置してない道を通ってきたから、追手はない。最も、この国の警察機構は問題ない。3ヵ月前から対応変わらずだ。


サイレン鳴らして、注意と拳銃を上に向けての発砲…これらは機関銃の掃射で黙らせる事が可能だ。


社会があり得な要素に向き合えない事は充分に理解できる。誰もが牙を抜かれた。しかし、抜かれ、阿保ずらを晒した事で、ここまでの平和な世界を築けてきた。


勿論、そのための誰かや、他国、他者の犠牲はあったのかもしれないが…


「邪魔するぜ?ピース」


気が付けば、入口に収まりきらない、太り切った体躯を揺らした眼鏡が、体をずらして中に入ってくる。


「遅いぞ“カナリヤ”」


「こちらとら、一応、公務員だ。今はな。4時45分勤務の現場職なめんなよ?情報は集めてきた。やっぱり、ハロウィンだな。今年は移動規制の制限なしだ。だいぶやられるぜ?」


歯並びの悪い口腔を歪ませる、この男、カナリヤは、ドサクサに紛れて国の犬に成り下がったが、元同類…


コイツの得意は、広く浅い情報収集能力…行政連中、一般大衆、引きこもり、性的少数者、難民、外国人グループを含めたマイノリティ勢力にまで、広い交友関係=情報網を持つ。


俺の行動に、だいぶ役立っている次第だ。


「それは予想通りだ。ミサイルが3ヵ月前から飛んできたのも、準備のためだろう。薬剤の手配はどうだ?」


「万事OKだ。世の中、どんだけ変わろうとも、ご同輩は健在だ。しかし、何度も言っているけど、あくまで“予防”だって話だぜ?ナノマシンの行動を抑えるだけで治す訳じゃない。俺達も例外なくな。そして、プランにあった、ドローンとかコンピューターウィルス関係は無理だ。無人機は手配が難しいし、ウィルスに至っては、高確率で、こちらの存在を特定される。ハッカー連中はそっち方面の協力は嫌だとさ」


「わかった。それで良い。出来れば、こちらの場所を知らせまくりたいが、仕方ない。示せればいいんだ。奴等に…」


キッカケは報道で見たウィルスワクチンの副反応…動画や画像にあった、光る腕は

フェイクではない。常識外の世界を歩き、生き残ってきた俺にはわかる。


そして、今年に入ってからの連続したミサイル発射、核を積んでいないから、脅威とみなされない、いや、みなす許しを貰えない弱腰政府のせいでもあるが、徐々に距離を伸ばし、とうとう、上空を通過し始めた。普通の頭なら、連続して起こる異常事態は関連性があると調べるが、いつまで経ってもダンマリな社会に呆れ、カナリヤを通し、調査を進め、真実を知った。


皮肉な事に平穏すぎる社会においては、異常を異常と認知できず、社会からハミ出した者のみ、その臭いを嗅ぎつける事が多々ある。


「示すねぇ…そう言われりゃ、確かにお前さんの行動も意味あるかもな。厚木基地にな。外国製のオスプレイ3機が入った。そろそろ…来るぞ?」


カナリヤの言葉に頷く。ようやく敵も動き出した。後はこちらの準備次第、阿保ズラばっかじゃない事を奴等に見せてやろう。俺はゆっくりと噴霧器の傍の武器を取り上げた…



 「ブラヴォーリーダーより、チャーリー、エコー各位へ、通達。JAPAN、Peacemakerの拠点と思われる場所に、これより突入する」


昆虫のようなマスクと特殊装甲迷彩に身を包んだ6人の人間が廃墟のような住宅地に足を踏み入れる。手には消音装置付きの突撃銃があり、その安全装置は解除され、いつでも撃てる状態だ。


彼等は大国が使役する特殊部隊、外交特権を行使した今作戦に、東洋の植民地政府が口出しをする権利はない。


先頭を行く隊長格が片手を上げる。全員が動きを止め、3本から1本ずつ減っていく指を数え始める。


「GO!GO!」


指1本が無くなった瞬間に、隊員達が暗い室内に次々と吸い込まれていく。


「クリア!」


と複数の声が上がる中、最後に入った隊長格の前に空になった薬剤瓶が差し出される。


「連中は?もぬけの殻か?」


「そのようですね。しかし、これは報告にあった対象の薬品です、化学反応に合致します」


部下の報告に頷いていく。自分達も全てを知らされている訳ではないが、とにかく、この国で存在が確認されているテロリスト“ピース”の活動は自国の損益に関係がある人物…


“排除せよ”


との命令を受けていた。まぁ、殺す事が出来ればの話だが…


「日本のPeacemaker…会って見たかった」


隊員の1人が呟く。銃を下げたもう1人がこちらに振り返る。


「隊長、そもそも何で“平和をもたらす者”が、この国では、こんな扱いなんですか?」


「全ては我々のせいだ。かつて、狼やサムライだらけだったこの国を、70年かけて

調教、淘汰し、去勢した。羊しかいなくなった土地は、大国同士の意のままに開拓、手を加えられ、現在は、経済、環境、疾病面でのモデルケース、実験国家としてのみの生存を許されている。


しかし、生き残りがいた。仲間が喰われても、沈黙を貫き通す羊達を守ろうとする狼がな。


彼等は羊を食べる飼い主達と戦う事を生業としている。しかし、羊達は気が付かない。代わりに狼を畏怖と排除の目で見つめる。餌をくれる主人を唯一無二の存在として信じているからな。現実的な話をすれば、津波と地震で起きたメルトダウンの10年前…大国は見捨てるついでに、この国に完璧な引導を渡すつもりだった。それを止めたのが、奴等だ」


「その口ぶり…隊長はPeacemakerと交戦の経験が?」


「ああ、詳しくは話せんがな。だから、充分注意しろ。機会はすぐにある。お前等はSОF(特殊部隊)の中でも、特に優れた精鋭の集まり…


しかし、この国でPeacemakerと呼ばれる奴等は…


もうわかっていると思うが、我が国で言う所のvillainだ。文字通り、悪役を演じる者、しかし、その真実は平和をもたらす信念の徒、手ごわいぞ?」…



 療養待機となった身分では、全てを調べる事は出来ない。だが、押し入れから出てきた過去の捜査ノートからわかる事がある。柳達の捜査対象であるピースは恐らく10年前にも似たような事件?を起こしていた。


放射能と風評被害、復興もどん詰まりの被災地で目撃されたマスク姿の怪人物の記載、彼の姿が見えなくなった直後から、同盟国の“TОMOⅮATI”作戦、無能政府の復興政策開始の記事が新聞に載り始めている。


「アイツは犯罪者じゃない…?」


何かが繋がり始めている。人員不足と体調不良で疲れた頭は、2日間の療養でだいぶ冴えてきた。


事件が起こり始めたのは、3ヵ月前…その時から始まった異常事態は?今や日常となっているが、考えてみろ?自分が若い頃は、第三次世界大戦の危機の象徴だった“アレ”が飛んできた頃だ。


謎の液体を蒔く訳は?ピースの出没地帯は全て、アレが通過した県ではなかったか?

政府が言う“迎撃の心配がない”それは、本当に安全なのか?


嘘だ。でまかせだらけの政府の言う事なんかアテにならない。


これを上に報告すべきか?自分が?陽性反応が出ているのに?たかが警部階級の自分が?


無理だ。この年からの転職など考えられない。家族は、1人娘は今年から大学だ。柳1人の一存のみで動くには抱えすぎるものが多すぎる。


そこまで考え、ふと気づいた。この国を担うほぼ全ての人が、自分と同じ立場なのではないか?


大国の家畜と言う習わしの下で育った我々には、与えられた運命をただ享受するだけなのだ。


“彼等”を除いては…


「お父さん?」


不意に廊下から響く声に、我に返る。娘の声だ。母親はパートでいない。結果として、看病と言うか、世話をしてくれるのは、大学が決まり、ほとんど学校に行く必要がない娘だ。平静を努めて、声を出す。


「ん、どうした?」


「もしかして寝てた?ごめんね。ご飯作ったから、ここ置いとく。お風呂は?」


「あ、ああ、ありがとう。風呂はいい。明日の抗原で陰性が出たら、考えるよ。ありがと」


声が震えるのをどうにか抑えて返事をした。娘の足が遠ざかってく事を確認しながら、涙を流す。失いたくない。家族を…例え、明日には終わるかもな世界だとしても…


抗って、何かを失うより、傍にいたい。ずっとこのままでいい…溢れる涙は悔しさだ。国を、人々を守ると誓いながらも、最後は一般人としての常識を取る、取りたい自身にだ。


嗚咽を聞かれないよう、点けたテレビに賑やかな映像が流れる。今日はハロウィンだった事を、今思い出していた…



 「あれ?わあ~、凄い。綺麗だよ。タカッち~?」


渋谷の路地は仮想の連中で一杯だ。大学生のエリカは彼氏のタカと、扮装をし、今日を楽しみにやってきた。通りにいる参加者たちは、似たような扮装の者が多い。


個性、個性と言いながら、結局、みんな同じ顔、化粧、服装、仮装もだ。彼氏の姿を見失いそうになり、さ迷わせた視線が空を飛ぶ、いくつもの光を捉えた。


自分と同じように気づいた者が空を指さし、


「ドローン!」


と叫ぶ。確か都内では飛行禁止だった筈では?と考える思考は、誰かが火をつけたドローンcallに掻き消される。


「ドッロオォオォン!ドッロオオォン!!ドッロロロォオオン!!」


酒を空に放る者、手を振る者、何人かで誰かを押し上げる行動、カオスで乱痴気な騒ぎが始まる。エリカの欲していたモノだ。1人では出来ない。けど、皆が馬鹿をやっている安心感、連帯感…自らの個性ではなく、群れの繋がりを感じられる瞬間を求めて、ここに来た。一緒に来た連れ合いの事も喪失する程の解放感…


「ドローゲボボボェ」


エリカの傍で叫んでいた者が、口から吐しゃ物を撒き散らして、倒れた。テンションを上げた何人かが、倒れたそいつを担ぎ上げようとして、一緒に崩れ落ちる。


(皆、酔いすぎ、でも楽しい~…)


笑う自身の服に赤インクが輝く。可笑しい?今日は魔女コス、ドラキュラではない。誰かがケチャップかインクを…辺りを見回して呆然とする。


側にいた全員が口から噴水のように、赤インク…血を吹き出している。ドローンcallは今や絶叫に変わっていた。


「なに、コレ、いやぁあ…」


自身も上げようとした悲鳴は口の中一杯の血液で塞がれる。地面に、盛大にブチ蒔け、両手は新しくできた血池へ浸す。


(何なのコレ…嫌だ…死ぬ)


薄れゆく意識の中で拒絶したい2文字が浮かぶ中、エリカの耳に薬学の実習で使った殺鼠剤と同じ、噴霧音が響く。幻聴?こんな時に?


しかし、不快な状態とは逆に、ハッキリしてきた視界で、彼女は倒れ伏す人々の中を進むピースサインの覆面をハッキリと見た…



 「濃度が濃すぎるぞ?連中、皆、昏倒してるし、こっちまでクラクラしてる。カナリヤ、どうなってる?」


噴霧器を操作し、空を舞うドローンの群れに対抗するように、薬剤を撒き続ける。仲間達が調合した、状態変化ナノマシンの行動を抑える防止剤は今の所、有効だ。


今回の連中の目的は、災害時、不安時の大衆の動きを抑制できる手段の実験、流行り病直後からワクチン、食材に混ぜて試用されてきたが、最早、何に対しても動かないお国柄に対し、大胆な行動に出た模様…


明日の朝刊は“若者の暴走、集団吐血!?”


とか何とか、情報操作を担うメディアは左も右もそれぞれの解釈を振舞うに違いない。それだけで済めばいいが、国全体で同じ事が起きていたら、対応は出来ない。正に存亡の危機だ。


俺とは、通り一つ隔てた場所で、カボチャ頭の太っちょが怒鳴り返してくる。


「お前が邪魔しまくったせいで、連中、後が無くなったんだろ?おかげで、見ろ!

何されたって、何も出来ない政府頼りに、こんな手段に出やがった。ちなみに心配は杞憂、各地のご同輩からは連絡がねぇ。とりあえず、ここだけだ」


「心が読めるのか?まぁ、それでいい。俺達も本懐だ。問題なのは、あのドローン、何とかできるか?」


「誰に口聞いてる?“かなりやばい”が売りのカナリヤ様だぞ?


トリックオアトリート、お菓子は貰った。腹一杯!さぁ、イタズラしよう」


おどけたカボチャが指を鳴らした直後、渋谷中のネオンが消えた。鼻を摘ままれても、わからない原始の闇が到来し、何かが空から落ちる墜落音と悲鳴が、あちこちで起こる。


「都市クラスのEMP(電波侵害)!?落ちてくるドローンで何人も死ぬぞ?」


「犠牲無くして、事は為せない。ほとんどの奴は散布されたナノマシンで動けないから、被害はごく僅かだ。町の人に迷惑かける事ありきで乗り込んできた連中…良い薬になるだろうよ」


「お前…それは…」


喋る俺の鼻先を銃弾が掠める。


「おいでなすった」


鼻を鳴らしたカナリヤが巨漢を揺らし、猫のような素早さで建物に飛び込む。本当の意味での戦いが始まろうとしていた…



 「目標確認、監視カメラで映っていた連中だ。とうとう、姿を現した。暗視装置、及び、EMP攻撃の被害を受けてない装備のみを持て!


デブはカナリヤ、ピースサインのマスクはピース。どちらも始末しろ!」


「了解!」


自分達の恰好は目撃されようとも、只のコスプレで済むだろう。平和に慣らされたこの国での、迷彩服の立ち位置はミリタリーオタクで固定されている。


特殊部隊の隊長格は指示を伝えながら、部隊を2つに分け、自身の指揮する隊をピースの目撃された場所に向かわせた。暗視装置で視界はクリアーだが、ゴミのように散らばる人間達を踏み越えるのは厄介だ。訓練を受けていようとも、スピードは落ちる。


不意に倒れていた1人が起き、小刀を隊員の1人に突き出す。足と胴を薙ぎ払われた味方が悲鳴を上げ、それを盾にした敵が、味方のホルスターから抜いた拳銃を数発撃つ。


新たに3人の仲間が倒れ、覆面を被りながら、走り去った…


と思われたピースが壁を蹴り、跳躍する。驚く隊長格達が突撃銃を宙にバラ撒く中、


拳銃を捨てたピースが両手を差し出すように、こちらに突き出し、その直後…

自身の激痛と共に、全員が地面に倒れた。


「手裏剣?NINJYAか?コイツは…」


額に刺さった鉄製の飛び道具を抜き、改めて敵と対峙する。8名の部下全員が地面に突っ伏していた。だが、誰も死んでいない。動けない程度に傷つけられているだけだ。


「貴様、一体どーゆうつもりだ」


相手は何も答えず、距離を詰め、拳を突き出してくる。その指と指の間からは寸鉄がのぞく。あの時と同じだ。やはり、コイツは10年前の…


「場所はFUKUSIMA原発地帯…冷却水をヘリから投射しようとした、狼になる事を決意した羊の群れ…俺達は、そのヘリを落とす事が任務だった」


拳を受け止め、軍用ブーツで固定された足を突き出す。


「携帯式地対空ミサイルをヘリに向けて、ロックオン、簡単な任務だ。皆、早く脱出したがってた。鍛え抜かれた兵士とて、放射能は怖い。種なしはゴメンだ。そんな時に、鋼鉄の砲筒に短剣が刺さった…ッ!」


ピースの顔面を捉える筈だった足は、敵の足に組み敷かれる。痛みを堪え、言葉を続ける。


「部隊は壊滅、壊滅だが、全員生きてた。味方に回収された後、上は方針を変更し、この国を救う流れになる。全て、お前等のおかげでな。俺もあの時、あの場所にいた」


どうにか、足をほどき、距離を取って、ナイフを抜く。銃では、駄目だ。撃つ前に奴の一撃が決まる。いや、恐らくナイフでも…その考えを振り切るように、叫び声を上げた。


「で、結局、何が変わった?羊は相変わらず羊のままだ。お前達は世のはみ出し者、その行動は誰にも評価されない。意味ないだろ?戦う理由なんてな…」


言葉途中で、自身の切り出したナイフの剣劇を踊るようにすり抜けたピースの拳が顔面に収まる。歯何本の犠牲と脳震盪で朦朧とする頭に、低い…だが、よく通るピースの声が響く。


「お前等、大国の人間は合理的な行動と利益ある、結果のでる事でしか、意味を見いだせない。だから、俺達を理解できない。理解できないだろうから、端的に言おう」


朦朧とする隊長格は何も言えない。それを確認するように、こちらを覗き込むピースが言葉を発した。


「狼は、羊がいないと生きられないんだよ」…



 EMP対策をした、カナリヤのスマホから、拘束された兵士達の画像が送られてくる。それを同じく対策した端末で確認した俺は、ゆっくりと目を閉じながら、静かになった通りを歩く。腹に喰らった数発を摘出できる場所まで行く事が目下の目標…


それまで自身が保つのかはわからない。だが、もたなくて、いいのかもしれない。隊長風の兵士の言葉も理解できる。10年前も、今も、これからも恐らく羊は羊のままだ…


狼は理解もされず、受け入れられず、一生を尽くして、生涯を終えるのだ。だったら、今ここで死んでも…


「ねぇ、大丈夫、きっと大丈夫だから」


不意に聞こえてきた声に目を開ける。目の前を魔女の紛争をしたド派手な化粧、もっとも血と涙でよくわからないが、とにかく、そんな恰好の羊が歩いている。両肩には自分より重そうなオスの羊とメスの羊を担いで…


「アーし、こう見えても薬学科だから。みんな助かるから」


全く嫌になる。10年前にも見た光景…ここぞと言う時に、羊は…


狼に、いや、強い羊になる…


「…ったく、しょーがねぇなあっ!」


ため息一つかました俺は、しばしのお別れとなる狼のマスクを脱ぎ、当面の間は、羊に偽装する必要から、彼女を助ける事に決め、ふらつく歩みを早めた…(終)

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