『憤怒の魔王』編

家族団欒っていいね

 テーブルに料理が並ぶ。

 朝食にしては豪勢なメニューばかりだった。

 いつも通りサラが腕を振るってくれた……というわけではない。

 ここは敵国、ルシファーの魔王城。

 用意された朝食を作ったのは、大魔王の妻にしてリリスの母親であるキスキルだった。


「味はどう?」

「美味しいのじゃ! それに懐かしい」

「そう、よかったわ」

 

 母親の手料理を百年ぶりに食べたリリスは、うっとりと満足げな表情をしていた。

 確かに美味しい。

 悪魔が料理を作るイメージが足りなくて、勝手に大雑把なメニューを予想していた俺は、人間界で食べる料理と遜色なくて驚く。

 彼らにも人間に似た生活習慣があることは知っていたけど、こうして直接触れればより実感する。

 俺たち人間と、悪魔にさほど差がないことを。


「二人も口に合っているかしら?」

「ええ」

「とても美味しいです」

「それはよかったわ。人間に、しかも勇者に食事を振舞うことになるなんて思ってもいなかったわ。長生きはするものね」

「お互い様ですよ」


 改めて思う。

 ここは魔王城、魔界最強の王が住まう敵地のど真ん中だ。

 俺の方こそ思ってもみなかった。

 視線を横に動かし、同じテーブルに向って食事をする魔王ルシファーに視線を向ける。

 彼も俺の視線に気づき、にやりと笑みを浮かべる。


「どうした? 俺と戦いたくなったか?」

「違う。自分でも信じられないだけだ。まさか……敵地の城で一夜を明かして、そのまま朝食まで一緒に食べるなんてな」

「お前たちならいつでも歓迎するぞ。もちろん安全は……保障できないがな」

「ふっ、それはそうだ」


 とか言いつつ、昨夜は何もしてこなかった。

 一応警戒していたが杞憂だったな。

 少なくともルシファーは、無防備な睡眠中を襲うような卑劣な魔王ではなかったらしい。

 しかし勇者初、いや人類初だろう。

 敵である魔王城で一夜を過ごし、共に食事までした人間は……いいや、最近はずっとしていたか。

 俺たちが今住んでいる場所も、魔王城だったことをすっかり忘れていたよ。


「お前たちが望むなら、今宵も泊まっていくといい」

「ありがたい話だが、さすがに帰るよ。あまり長い間、魔王城を留守にはしたくないんでね」

「そうか、残念だ。今日こそ、あの日の続きをしたかったんだが」

「また今度にしてくれ」


 俺がそう言うと、ルシファーは引き下がる。

 不思議な魔王だ。

 戦いたいというなら、今すぐにでも襲い掛かってくればいい。

 俺たちは敵同士だ。

 片方が手を出せば、その時点で戦いのゴングは鳴る。


「……ルシファー、お前はどっちなんだ?」

「なにがだ?」

「リリスを裏切って彼女の元を去ったのか?」


 俺の質問に、リリスやサラが注目する。

 場が静寂に包まれた。

 家族二人、だんらんの会話を邪魔してしまって申し訳ないとは思う。

 だが、聞かずにはいられなかった。

 敵である俺たちを宿泊させたり、キスキルとリリスの和解をサポートしたり。

 行動がまるで敵に思えない。

 ルシファーは質問を質問で返す。

 

「お前はどう思う? 勇者」

「お前も、キスキルと同じじゃないかと思っている。大魔王サタンに何かを託されたんじゃないのか?」


 キスキルがリリスの元を去ったのは、今はなき夫との約束を果たすため。

 大魔王を補佐する。

 そうなる存在を見定めて、導いてほしいという願い。

 彼女はただ、大魔王の意志を尊重していた。

 ルシファーはかつて大魔王の部下だった。

 ならば彼にも、大魔王は何かを託したんじゃないか?

 俺の予想を聞いたルシファーは、にやりと笑みを浮かべる。


「――お前たちなりの方法で魔界を守ってほしい。確かに大魔王様はそう言っていた」

「お父様が……?」

「ええ。勇者アレンの予想はほとんど正解よ」


 キスキルも肯定した。

 やはりそうだったのかと納得する。

 続けて説明を補足するように、キスキルが話し出す。


「ルシファー、ベルゼビュート、ベルフェゴール……当時幹部だった三名に、大魔王サタン……私の夫は後の魔界を託したわ。自分が死ねば、無関係な悪魔や亜人たちまで戦いに巻き込まれる。混乱を避けるためには力がいるのよ。圧倒的な……ね」

「だから……ルシファー、お前は大罪の魔王を集結させたのか」

「さぁ、どうだったかな」

 

 今さら誤魔化さなくてもいいのに。

 しかしこれでハッキリした。

 大罪の三柱、大魔王の部下だった魔王たちは今も……かの王の遺志を全うしている。

 だったら俺たちは――


「協力はできないぞ?」

「なぜじゃ! お前たちもお父様の遺志に応えておるのじゃろう! なら!」

「勘違いするな、リリス」


 ルシファーは冷たく言い放つ。


「大魔王サタンはいない。俺たちに命令を下せる存在はいなくなった。俺も、ベルゼビュートも、ベルフェゴールも、今や敵同士だ」

「じゃがぬしらは……」


 しょぼんとするリリス。

 彼らが大魔王の遺志を継いだなら、俺たちとも協力できると思ったんだが……考えが甘かったらしい。

 

「お前は、大魔王サタンの夢を知っていたのか?」

「全種族の共存だな。当然知っていた。傲慢な夢だ……それが気に入って俺も協力した。何より、あの方なら実現できるかもしれないと思ったから」


 サタンは幹部に、自らの夢を語っていたらしい。

 彼らは皆、サタンの真意を知った上で従っていた。

 それぞれ感覚の違いはあれど、サタンの夢に共感していたんだ。

 この話を聞けば、尚更協力できそうな気はする。

 が、ルシファーは否定する。


「大魔王サタンでも成しえなかった理想……それを叶えるためには絶対的な力がいる。過去、未来に届く者はないほど絶大な力が……今のお前たちでは力不足だ」

「それは俺にも言ってるのか? だったら心外だな」

「お前は強い。長い勇者の歴史でも、お前ほど神に愛された勇者はいないだろう。だが、お前もわかっているはずだ。お前ひとりが最強では足りないことを。だからリリスを鍛えているんだろう?」

「……そうだな」


 よく見抜いている。

 見透かされている感覚がムカつくが、まさにその通りだった。

 

「俺は、自分より弱い王に従うつもりはないぞ」

「なら問題ない。いずれ必ず、リリスはお前より強くなる。お前を負かして、俺たちの夢を手伝わせてやるさ。なぁ、リリス」

「うむ! 待っておれルシファー」

「……ふっ、期待せずに待つことにするさ」


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『異世界ブシロード ~チートはいらないから剣をくれ!~』


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パワハラに耐え続けた勇者、魔王軍が好待遇過ぎてついに裏切る ~勇者ランキング1位なのに手取りがゴミ過ぎて生活できません~ 日之影ソラ @hinokagesora

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