第18話 メルノア公国

 俺の住むエステリオ王国とシャルル皇女様がいるメルノア公国は隣接しており、友好条約が結ばれていることもあってかなり良好な関係を築いている。


 エステリオ王国が魔力主義社会が発展した文化なのに対し、メルノア公国は緑豊かな大地と自然を利用した昔ながらの生活を守っていた。

 当然のことながら魔道具などはほとんど使用しない。


「自然の溢れたいい国ね」

「ああ。この景色を見ると心が落ち着くな」


 どこまでも透きとおる海、色鮮やかな花が咲く草原、そのままでも飲める綺麗な川が流れ、いたるところで人々の笑顔が満ちあふれていた。


 今回は皇女様からの正式な依頼なので直接お城の中へ瞬間移動していない。

 様子を伺おうと千里眼で確認したらタイミング悪く入浴中だったのも理由の一つだ。


 城下町を抜けメルノア城へと続く橋を渡るとやがて大きな門が見えてきた。門番らしき男が2人立っている。


「エステリオ王国の冒険者ギルドより依頼を請けて参りましたメモリーです。シャルル皇女様へお取次ぎをお願いします」

「はぁ?お前のような見すぼらしい冒険者が姫様の依頼を受けられるわけねーだろ。帰れ帰れ、俺たちは忙しいんだ」


 ある程度予想はしていたが太った方の男は相手にしてくれない。


「冒険者ギルドからも連絡が入ってると思いますが」

「そんな話は聞いてねえ。諦めて帰りな」


 痩せこけた長身の男も取りあってくれない。連絡ミスかとも思ったが先日のダンジョンの件やエステリオ王国のギルドに依頼がきたことも含めてどうも引っかかる。ここはことを荒立てずに退散するフリをしよう。


「分かりました。お手間をかけてすいません」


 お辞儀をして立ち去るがすでに門番達は俺を見ていなかった。


「まったく失礼な人たちね!誰が陰キャなボッチ男よ」

「そんなこと一言も言われてねえ。否定しきれない自分が少しいるのはもどかしいが」

 

 門前払いを受けてマオといつものように軽口を叩きながら橋を戻っていく。都合良く周りには誰もいない。


「念動力とシールドを応用すれば問題ない。自己透明化!」


 【自己透明化】自身の光透過率を念動力で遮断して透明になる。


「おおおおお!!メモリーすっごいじゃん!ストーカーマスターへの道まっしぐらだね!」

「いろいろ洒落にならない言い方すな!お前が幻影魔法を俺にかけようとしたから取得したんじゃねーか」


 お風呂で体を洗おうとしたらいたずらされて透明人間になったのかとかなり焦った。

 自分の方が覗き大魔王だろ。我ながらうまいネーミングセンスだ。


「他人からは見えなくなるけどドアとかをすり抜けられるわけじゃないから気をつけてね」

「そうだったな」


 人にぶつかればバレてしまう。足音にも気をつけなきゃいけないのは面倒だ。


「お?ちょうど門番の交代らしいぞ。マオ行くぞ」

「アイアイサー!」


 いつの時代の人間だよ……ああ、魔王だったな。


 固く閉ざされた大きな門が開き、俺たちはするりと中に入った。



 * *



『すごい警備体制だね。何かあったのかな?』

『小さい頃に来た時は門だって開いてたし、いかにも平和って感じだったけどな』


 先日、瞬間移動で来たときも人気がない場所を探すのに苦労した。

 メルノア公国でなにか起きてることは間違いなさそうだ。


 巡回している兵士が多いのでマオとはテレパシーを使っている。

 ここから瞬間移動を試みるが、城内は魔法結界が張り巡らせてあり阻止された。

 千里眼は魔法結界にも邪魔されず中の様子を見ることができた。


『このまま【王の間】まで歩いて行こう。そこにシャルル皇女様とあの御方がおられる』

『私は足音をたてずに飛ぶけどね。メモリーは飛ばないの?』


 自己透明化するだけで精一杯だっての。そもそも超低空飛行をするのは疲れるし面倒だ。

 兵士の間をすり抜けて音をたてず慎重に王の間へと向かった――


 王の間は2階だ。王の間へと続くレッドカーペットを目印に階段を上っているときだった。


『ん?なんであの人がこんなところにいるんだ』

『あの眼鏡をかけて魔法のローブを着てる人?』


 エステリオ王国筆頭宮廷魔道士【ジャフィール=グレノス】


 メルノア公国に魔法のローブを身につけてる人はいないからすぐに分かった。

 しかし――こんなところにいるのはどう考えてもおかしい。


 筆頭宮廷魔道士といえば様々な災いから国を守る中心的な存在だ。

 ましてやエステリオ王国は魔法を中心に守られている。いくら友好関係を築いていようが筆頭宮廷魔道士自ら他国まで足を運ぶような真似はできないのだ。


「まったくしぶとい奴だ……」


 すれ違いざまに確かにそう聞こえてきた。いったい誰を指しているのだろうか?


「誰だ!」


 ジャフィールが突然振り向くが、そこにはすでに誰もいない。


「魔法のメガネが微かに反応したと思ったが気のせいか」


 再びジャフィールが歩きだし次の瞬間には姿を消していた。


『あっぶねー!?1階から2階への階段に結界がなくて助かった』

『でもあの人……転移魔法使えたよ?』

『あいつがこの魔法結界を作ったんだろうな』


 魔法結界を張った本人であれば自分の魔力でできた障壁をすり抜けるのは可能だ。

 問題なのは他国の筆頭宮廷魔道士がなぜわざわざ結界を張ったのか。

 メルノア公国にだって魔法を使える優秀な魔道士がたくさんいる。決して魔法が嫌いなわけではないのだ。


 俺とも因縁深い宮廷魔道士の登場となればいろいろ話は変わってくる。

 心をフラットにして王の間のドアを叩くと、執事ではなくシャルル皇女様が重いドアを開けてくれた。

 驚くような素振りもない。このような状況になると最初から想定してたのだろう。


「どうぞお入りください。陛下がお待ちです」


 玉座には少しやつれた顔の【ルドルフー=メルノア王】が座っていた。


 * *



「本当に生きておったか。また逢える日が来ようとは夢にも思わなかったぞ」

「陛下におかれましてもご機嫌麗しゅうございます」


 王族に挨拶する作法に習って片膝をつく。相手はこの国の王なのだから無礼は許されない。


「そんなかしこまった挨拶は不要だ。私たちは家族も同然だからな」


 ルドルフ王の顔に覇気を感じない。昔は怖くて近寄りがたい存在だったが。

 それに――心を読まずともなんとなく状況がわかる。


「メモリーよ、私たちはそなたが死んだと聞かされていたのだ。成人になる前に命を落としたと……」


 王の言葉にシャルル皇女様が唇を噛みしめた。

 さらに王の言葉は続く――


「ちょうど1か月前のことだ。メルノア公国を守るためにわたしはある過ちをおかしてしまった。エステリオ王国筆頭宮廷魔道士ジャフィールとシャルルの婚約だ。半年前からエステリオ王国は友好条約をこのまま続けたければ娘をよこせと脅してきたのだ」


 これには俺も驚いた。いくらエステリオ王国が魔法の発達した国であろうとメルノア公国には聖騎士団がいた。彼等の力があれば均衡を保てるはずだ。

 メルノア公国を守護する聖騎士団は魔法を跳ね返す鎧を纏い、一糸乱れぬ団結力で相手を圧倒する。


「半年前から圧力をかけられていたわたしは次第に体を壊してな。ジャフィールの魔法で治療をしてもらわねば生きているのも難しい状態になってしまいとうとう1か月前に承諾してしまった。妻にも先立たれたシャルルを一人にするわけには――」

「お父様!」


 泣きながら抱き合う姿は王でもお姫様でもない。お互いを想い合う親子がそこにはいた。


「体は蝕まれ徐々に体の自由を奪われ数日前に意識不明の重体に陥ったわけですね」

「な、なぜそれを!?」

「お父様を助けてくださったのはメモリー様なのです」

「な、なんと!?」


 王の口からジャフィールに俺のことが漏れるのを恐れてシャルル皇女様は内緒にしてたのか。良い判断だ。


「ルドルフ陛下、シャルル皇女様、私が今からお話することは内密にお願いします」


 二人がゆっくりと頷いてくれた。


 あまり目立ちたくないとかもう我儘は言ってられない。親子の仲を引き裂こうとするなら相手が誰であろうと俺は許さない!

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