第17話 不幸の始まりです④

「あのギルドマスターの態度はなんなのよ!?」

「ハイドが捕まったのは想定外だった……」


 ラクスはご立腹、アランはなにかに怯えていた。

 エミリは考え事でもしてるのか眉間にシワを寄せ、もともと口数の少ないガンツとセシルは3人の後方を黙って歩いている。


 お父様とお母様は私になにも教えてくれなかった。ところがメモリーを追い出したと分かるや否や、血相を変えて連れ戻してこいと言う。


 まさかアイツはどこかの有名な貴族なの?

 身寄りのない哀れな少年ではなかったの?


 ギルドマスターの態度は私やアランに対するものより明らかに違っていた。

 アランを選んだのは私だけど誰も教えてくれなきゃそんなの分からないじゃない。明日は家に帰ったらなにがなんでもお父様を問い詰めてやる。これで万が一ダイヤの盾がSランクに上がれなかったらアイツを再利用すればいいだけのことよ。もし貴族だったらの仮定の話だけど。

 決定権が未だ自分にあると思っているラクス。すでに手遅れになってるとは微塵も思っていなかった。


 一方アランの方は――


 こんなに簡単な作戦をハイドがしくじるとは思っていなかった。


 全部のパーティーを排除しようと欲張るからこんなことになるんだ。

 リーダーになった途端、犯罪者をだしてしまうなんて僕の経歴にキズがついてしまったじゃないか。


 エステリオ王国ホワイトなイメージがやっと板についてきたとこなのに。

 幸運にもが覚醒したりとトントン拍子だったのがこれで台無しだよ。


 僕が指示をだしたのは事実だけど証拠を残したアイツが悪い。

 オマケに家も半焼したから大家さんに怒られて弁償とかありえないよ。これで敷金礼金も戻ってこなくなったじゃないか。

 トラップ魔法の件が僕には足がついてないのがせめてもの救いだ。

 彼は根っからのスラム街育ちだから僕には逆らえないのさ。

 僕を上級貴族と思い込んでる間はずっとーー


 この二人がエステリオ王国の誇る【勇者】と【聖女】なのだからこの国の未来は果てしなく暗い。


「さあSランク昇格試験に行くぞ!今度こそ力を発揮してダンジョンを攻略しようじゃないか!」


 どこまでも勇者は前向きな勇者だった。


 * *


「ねえ?昨日の今日で準備もなしにダンジョンへ突入したけど何か考えがあるわけ?」


 考え事をしていた間はずっと無言のエミリだったが、ダンジョンに入りようやく口を開いた。

 たとえランクの低いダンジョンだろうと無防備であれば危険だ。


「聖剣のおかげで僕らの魔力は格段に上がってるはずだ。手元にはなくなってしまったけどいつもと体の感じが違うからね。その証拠にゾンビだって相手にならなかっただろ?」


 エミリはもともと他人をあまり信じるタイプではない。

 ましてや自分が気絶している間に倒したというのも今になってみればおかしい気がする。

 率先しなんでもやってくれたメモリーは、リーダーとして要点と指示を出し結果を出していた。目に見える形で貢献していたのだ。


 要点も言わず作戦も練らず、ただダンジョンに行くぞとしか言わないこの男アランを、勇者だからといって信用してもいいのだろうか?


「ギルドマスターも形式的なものだって言ってたじゃない。これさえクリアすればSクラスに上がれるのよ?」

「C級の実力でもクリアできるとも言っていた」


 ラクスの言葉にガンツが補足する。彼はアランが決めたことならたとえ火の中だろうと飛び込む覚悟だろう。


「あなたが脱退してSランクになるチャンスを自分だけ棒に振るなら私はかまわないけど」

「わ、わかったわよ!」


 エミリの歪んだ愛も、振り向いてもらえなかったメモリーへの腹いせだ。

 魔法の使えない彼が絶対になれないSランクになって、未練を捨てようとしたのだから今更戻れるわけがなかった。


 C級でもクリアできるようなダンジョンが、Sランクの昇格試験に使われるという違和感にも誰も気付くことができない。

 なぜならメモリーがリーダーの頃は、彼に任せていれば間違いなど起こることがなかったからだ。

 そんなメンバーにメモリーはたくさんの助言と自己啓発を促していたのだが、ただうるさいだけの奴と思われていたのだから気の毒な話だ。


「私も……頑張ります」


 セシルは最初から自分の意見など持っていない。エミリがいいと言うのならきっと正解なんだろうと一緒に行動するだけだった。


「モニターを開始します」


 そんな彼らの行動を厳しく監視する姿があった。

 

 このダンジョンは冒険者ギルドがすべてをモニターできるように管理された試験会場だったのだ。


 * *



「セシル、魔法で明かりをつけてくれ」


 ダンジョン内は薄暗い。定石通りアランがセシルに指示をだす。


「はい。エレクトリックライト!光でダンジョンを照らせ!」


 しかし――ダンジョン内は暗いまま。魔法が発動された気配はない。


「え?え?エレクトリックライト!エレクトリックライト!」


 何度やっても結果は同じ。光は灯らない。


「何をやってるんだ!仕方がない、松明に火をつけろ」

「松明……誰か持ってきてますか?」

「あるわけ無いじゃん。準備も何もしてないんだから」

「なんで松明の1本もないんだよ!ん、前からたくさんの足音がする!みんな戦闘態勢だ!ガンツ!」

「任せてください。身体強化魔法!さあかかって来い」


 アランの命令にガンツが張り切って前衛に立つ。

 向かってきたのはゴブリンの群れだった。A級冒険者のガンツであればいつものように一人でも防波堤になるだろう……と思われたのだが。


「い、痛い!や、やめろって!」


 滅多なことでは取り乱すことのないガンツだったが、今回ばかりはちょっと様子が違う。

 ゴブリンの群れを食い止めるどころか石の槍で突かれただけで真っ先に逃げだす始末。


「ガンツ!おいコラ逃げるな!」


 アランの言葉を聞いても体が言うことを聞かない。とても我慢できるものではなかったのだ。


「ラクス、キミだけが頼りだ!」


 この状況でも自分から戦おうとしないアラン。ラクスは指示に従い聖女の力を開放する。


「聖なる盾!ホーリーシールド!」


 光の壁がゴブリンとの間に立ちはだかった。

 しかし……立ち所にシールドは消えてしまった。


「なっ!?」

「みんなどうしてしまったんだ?エミリも魔法弾を打てないようだし……ここは一旦下がろう」


「は?これが噂に名高いダイヤの盾のリーダーだと!?」


 パーティーメンバーから発せられた言葉ではない。

 声の主はモニターをチェックしていたギルドマスターのクラインだった。

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