第9話 トラップ

「やっぱりおかしい」


 現在の階層は4階。

 ダンジョンに入ったのが最後にも拘らず、次から次へと魔物に遭遇している。

 あれだけの冒険者が先に入ったのだ。順調に討伐されていればここまで魔物と出くわすはずがない。


 魔物が倒されてから次に湧き出てくるクールタイムはおよそ2時間。

 ダンジョンへは5分間隔で入っていたから後半のパーティーが魔物と出会う確率は極端に減る計算だ。先行してる上位のパーティーは危険が伴う分、魔石は多く手に入り、下位のパーティは稼ぎが少なくなる分、命の危険が低い。それがギルドの立てた作戦だった。


「これだけ多くの魔物が出ると経験の浅いパーティーじゃ対処できないぞ」

「そういえば他の冒険者を全然見かけないね」


 マオの言う通り少しも見かけないのも妙な話だ。

 俺はダンジョンを隅から隅まで記憶している。

 このダンジョンを熟知した歴戦のパーティーならまだしも、地図を見ながら探索している連中には追いついくはず。


 魔物が多い理由はもしかして――


「ダンジョンの【繁殖】か!」

「それってなんなの?魔族だってそんな話聞いたことないよ?」


 古い書物を読んでいるときに一人の研究者がある仮説を唱えていた。


 『ダンジョンは【食事】【休眠】【繁殖】を繰り返し生きている』


 研究者は他の者たちに笑われ馬鹿にされた。

 それではまるで【人間】ではないかと。

 

 人間は食事と睡眠をとらなければ生きていけず子孫を残すために繁殖行為を行う。出産前後には栄養も不可欠だ。

 

「一度にこれだけの冒険者が入ればどうなると思う?」

「繁殖(魔物を生む)に必要なご馳走が自分から転がり込んできたら全力で……こわ!」


 冒険者がやられて吸収されればダンジョンは眠らず繁殖と食事を繰り返す。


「多くの冒険者が犠牲になる可能性が高い。死体がないからまだ踏ん張ってるようだけど」


 交戦中の冒険者を見かけないのは気になるが。


「どうにかならないの?」

「中ボスを倒せば仮眠に入るって記述があったけど」


 なにをもたもたやってるんだ?

 

 ならとっくに中ボスなんて討伐できるだろ。


「マオ止まれ!」

「キャッ!急になによ!」

「なんだか嫌な予感がする。念のためマオも魔眼を使いながら進んでくれ」



 * *


 その頃ダイヤの盾は――


 中ボスのいるにようやく到達していた。


「ま、まだ5階?ハイド、道案内はあなたの役目でしょ。しっかりしてよ、このままじゃ魔力が持たないわ」

「そんな事言われても道が複雑すぎて……」


 スラム街出身のハイドはラクスに苦手意識があった。

 貴族に媚を売る癖が未だに直らないからだ。


「なんでいつもみたいにサクサク倒せないのよ?前衛が手を抜いてるわけじゃないでしょうね!」

「エミリ、そんな事を言っては失礼だ。単純に魔物の数が多いだけだ」


 僕だって知りたいよ!何度も長い戦闘の繰り返しでヘトヘトだ。


「こんなに時間をかけていたらすぐに他のパーティーに抜かれてしまうわ」

「そのくらい僕だって考えている。ラクスは心配しなくていい」


 アランは密かにセシルとハイドにある指示を出していた。


 【結界魔法陣】をいたるところに設置させたのだ。


 本来、結界魔法陣は戦闘時に使う。

 味方が負傷し治療する時や攻撃呪文を唱える時間を稼ぐためシールドを張る。

 現在救助を待っている冒険者の安全地帯は、魔道具を使い何年もシールドが張られているの対し、魔法結界は魔法陣を書き込んで一時的に冒険者を保護する。

 

「こ、こんなことをして本当に大丈夫ですか?」

「僕らは先頭だから誰にも見られてないし問題ない。魔物から身を守るシールドを無償で提供してるんだ、感謝してほしいくらいだよ」

「で、でも……一度魔法陣の中に入ったらしばらく出れないから魔物に囲まれちゃいます」

「それなら問題ねえ。魔法結界がとけると自動的に【トラップ魔法】が作動するように細工をしておいた。おっと避難魔法だったか」

「ダンジョンを強制脱出させるトラップなんて……キミは天才だ。他の冒険者だってダンジョントラップだと思うはずだ」


 一度ダンジョンを出てしまうとその日は入れなくなってしまう。冒険者ギルドが安全面を考慮した規定だ。


「ハイドとセシルの魔力も殆どなくなってきたな」

「攻撃陣もだいぶ魔力を消費しているわ」

「わたしも」

「ワシもです」


 結局みんなじゃないか!?少しはペース配分を考えて戦えよ。

 まあ――僕も人のことは言えないくらい魔力が切れてるけど。


「中ボスはどんな相手なの?」


 ラクスが問いかけるが誰も答えられない。もちろんアランにも。


「いい加減にして!ダンジョンに出る魔物もわからない。弱点もわからない。中ボスもわからない。道もわからないって――いつも通りやってよ!」

「いつも通りやってるわよ。あなただってわからないんだし同じじゃない」


 エミリとラクスが睨みあうのは日常茶飯事だった。

 いつもメモリーが仲裁に入っていたのだが――彼はもういない。


「魔力切れで頭が回らないだけよ。誰かマジックポーションくれる?」

「俺も」

「俺も」

「私も」

「私もお願いします」


 な、なんで僕を見るんだよ?僕だって持ってないぞ?


「まさか用意してないわけ?」

「リーダーがアイテムの準備なんてするわけないだろ!」

「無能だけどあいつは用意してたわ。敵の弱点も言ってた。道案内もしてくれた。戦闘の作戦だって指揮して――」


 ラクスだってA級冒険者の聖女だ。優秀だからこそとっくに気付いていた。

 それでもアランを選んだのは地位や名誉、最大の理由である【勇者の奇跡の力】を何度も見てきたから。パーティーをまとめたり雑用ができる代わりはいても、勇者の代わりはいない。

 

 魔法の使えない無能なんて私の横にいる資格はないのよ。


「……もういいわ。せめて中ボスだけでも倒して面子を保ちましょう」


 勇者アランが率いる【ダイヤの盾】の中ボス戦がいま始まろうとしていた。

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