第6話 不幸の始まりです②【アラン視点】

「エステリオ王国に来て正解だった」


 俺の名はアラン=イグナス。

 小さな子供からきれいなお姉さんまでみんなの憧れの的になっている勇者だ。

 もちろん男や爺さんはノーサンキュー。

 もともとガゼルフ帝国出身の貴族だけど訳あってこの国にやってきた。


 向こうでの話は――まあいいか。


 エステリオ王国は噂通りいい国だった。可愛い女の子はいるし綺麗な女性も多いからね。

 冒険者の半数以上が女性なのもいい。たぶん魔法の発展した国だから腕力の弱い女性でも冒険者になるんじゃないかな?わからないけど。


 勇者って肩書だけでこんなに優遇されるのもラッキーだった。

 この国ではなんの実績もない僕をあんなにたくさんのパーティーが誘ってくるから正直驚いたよ。

 その中でも彼女だけは他の女性と別格だった。


 ラクス=ウェンブリー


 彼女はいい。すごくいい。

 穢れを知らない女の子と気品のある女性を併せ持っている。おまけに聖女って肩書までついてきた。


「勇者と聖女、似合わないはずがない」


 聞けばパーティー名は【ダイヤの盾】だって言うじゃないか!?

 無能がリーダーなのに最速でAランクまで駆け上がってきたパーティーだ。

 その噂はガゼルフ帝国まで流れてくるほど有名だった。


 幸せは向こうから勝手にやってくるとはよく言ったものだ。


 無能がリーダーなら僕が失敗してもそいつのせいにすればいい。

 成果を上げれば僕の手柄にすればいい。


 他の女の子たちには悪いけど、ラクスには「いいよ」って迷わず即答した。


 ラクスさえ手に入れば多少可愛いくらいの女の子なんてどうでもいいからね。

 都合のいいことに彼女もその気だった。リーダーと付き合いが長いらしいけど勇者の前で無能なんて相手にならないのさ。


 そして今日――


「僕は全てを手に入れた。リーダーの座もラクスの体も」

「さっきからうるさいわね!いまはあの子のことを忘れてもっと集中しなさいよ!」

「あ、悪い。ちょっといろいろ考え事をしてたんだ」


 ラクスとは夜通しだったけどまったく問題ない。ガゼルフ帝国の男はタフだからね。

 それに僕は勇者だ。体力なんてすぐに回復する。


「本当にサイッテーなクズ勇者よね」

「君に言われたくないよ。君もメモリー追放を企てたひとりじゃないか」

「仕方ないじゃない。あいつが私に見向きもしないのが悪いのよ……」


 ダイヤの盾に加入したらこんなオマケまでついてきた。

 エミリはメモリーのやつが好きだったらしい。

 どいつもこいつも無能を好きだなんてこの国はどうなってるのやら。

 最初はラクスとメモリーを別れさせるために彼女を利用した。

 しかしアプローチを繰り返しても気付かないメモリーにプライドの高いエミリはキレてしまった。

 その結果、エミリも僕やラクスと一緒にメモリーの追放に協力してくれた。もちろんラクスはその事を知らないけど。

 だからこうして彼女も慰めてやるのさ、ふふふ。


 ドン!ドン!ドン!


 なんだよこれからって時に!?


 激しくドアを叩く音が聞こえてきた。


「誰だよ朝っぱらから」

「なにか予定でもあったわけ?」

「あるわけないだろ」


 昨日連絡があった冒険者ギルド招集まで予定はない。


 ドン!ドン!ドン!


 安アパートのため今にも壊れそうなドアの音が引き続き鳴り響く。


 (壊れたらどうしてくれるんだ!賃貸なんだぞ!)


「どなたですか?」

「私よ!ラクスよ!アラン開けて頂戴!」


 え?ラクス?彼女が帰ってから1時間も経ってないよ?


「ラクス!?ちょ、ちょっと待ってくれ、シャワーを浴びていたから今着替える」


 勇者が修羅場なんて噂が流れれば僕はおしまいだ。


 【世界を股にかける勇者】なんてシャレにならない。


「エミリ、悪いが今日は帰って……あ、あれ?」


 振り返ればベッドの中はすでにもぬけの殻だった。

 小さな部屋だが彼女の姿は見えない。


「あの窓から出ていったのか。惜しい事をしたが助かった」


 ドン!ドン!ドン!


「アラン!なにやってるのよ!早く開けなさい!」

「い、いま開けるから待っててくれ」


 たかだか男爵令嬢じゃないか。お嬢様気取りに付き合う僕の気持ちを察して欲しいものだよ。まったく……

 

 * *


「で?こんな朝早くからメンバーを集めてなんなのよ?」

「先程、冒険者ギルドから連絡があった。今回は緊急クエストのため、ランクの高いパーティーからダンジョンに入れるらしい。僕らが1番だ」


 新たにリーダーとなったアランが自慢気に話を進めていく。


「やったじゃねえか!さすが勇者がリーダーになると信用度が違うな」

「ははは、そんなこと……少しはあるかな」

「はぁ?ダンジョンに入る準備もろくにしてないのになにを考えてるわけ?」


 エミリの機嫌がすこぶる悪い。あとで相手をするからそんなに睨まないでくれよ。


「アランが仕切れば問題ない」


 あ、珍しくガンツが喋った。援護射撃は嬉しいけどこの人、無口だから怖いんだよね。


「その為に朝早く集まってもらった。ダンジョン攻略はお昼過ぎからだ。それまでいつも通りダンジョンの準備を進めてくれ」


 前のリーダーはこんな感じだったかな?楽勝でしょ。


「……わかった。セシルもそれでいい?」

「エミリさんがいいなら大丈夫です」


 セシルもまだ育ちきってない果実って感じでなかなかどうして。

 今度エミリと一緒に誘ってみるか。


 ダイヤの盾の歯車が、少しずつ狂い始めてることにまだ誰も気付いていない。


 * *


「よし、みんな集まったな。それじゃあサクッとダンジョンに入ってクエスト達成といこうか」


 各々が準備を終えていよいよクエストが始まった。

 ダンジョンの入り口でちょっとしたハプニングもあったけど、お陰で士気が高まる結果となった。


「まさかこんなに早くあの無能と出会うとはね。あの顔見たかい?」

「そうね。落ち込むどころかスッキリした顔をしてたからムカッときたわ」


 ラクスの両親から彼を連れ戻すように言われたらしいけど彼女はもう僕のものだ。

 彼女だってご覧の通りその気はない。


「ブツブツ独り言を呟いてたけど、ソロパーティーで臨むみたいね」

「ああ!?無能なくせしてなに考えてんだ?」

「きっと現実逃避ですよ。あんなのがリーダーだったかと思うと嘆かわしいです」


 本当にみんな容赦ないな。僕もああはならないように気をつけよう。


「それじゃあいつものように、戦略班から説明を頼もうかな」

「は?」

「へ?」


 素っ頓狂な声をだす二人。

 おいおい、作戦はいつもシーフのハイドとヒーラーのセシルの仕事だろ。ダンジョンに現れる魔物の説明とか道順を決めてくれてたじゃないか。


「今回は……救出クエストです」


 しーん……


「はぁ?それだけ?」

「き、緊急クエストで情報規制がかかってるようでして……」


 エミリ、そんなにセシルをいじめるなよ。ここで庇えばセシルに好印象を与えられるかな?


「それなら仕方ないよ。僕がいるからノープロブレム、セシルは気にしないでくれ。ハイドのダンジョンの特性とか魔物の情報は?」

「ダンジョンは全部で20階。いろいろ出るみたいだな」


 えええ……そんなの他国出身の僕だって知ってるよ。

 まあ足を引っ張ってた彼もいなくなったし大丈夫だと思うけど。


「みんなで力を合わせれば問題ない」


 ラクス、そんなにみんなを睨まないでくれ。何が不満なんだ?みんなが萎縮してるじゃないか。


 ……なんて絶対に僕には言えない。


「次のパーティー出発まであと5分だよ。それぞれが力を発揮して一番にクエストを達成するからね」


 彼等の力は実績が示しているし任せれおけば大丈夫。いざとなったら発動するから。


 さあ、新生ダイヤの盾の力を見せてやるぞ!

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