第4話 不幸の始まりです①【ラクス視点】
「ふう、今日も充実した1日になりそうだわ」
昨日はパーティーからメモリーを追い出したあと、心身ともに勇者のアランと結ばれた。
アランは獣のように乱暴で少し怖かったけど、晴れて大人の仲間入りよ。
メモリーなんてこんな美人と付き合っていたのに、「結婚するまでキミを大事にしたい」とか言っちゃって何様のつもり?
おかげで同年代の友達の話についていけず、恥ずかしかったんだから。
「早朝だから両親が寝ていると助かるけど」
アランがなかなか放してくれず、結局朝帰りになってしまった。
父はエステリオ王国魔法騎士団の団長。
団長になって男爵の地位を与えられたから、世間体を気にしてかすごく厳しい人だ。
ちょうど男爵になった時期に合わせてメモリーはうちに引き取られた。
男の子が欲しかったのか、父も母も身寄りのないメモリーを私より大事にしてた気がする。彼は真面目で優秀で気配り上手で。誰からも好かれるのも頷ける。
「私は男爵令嬢で聖女なのに」
彼の職業は無能力者だって話だし、ウェンブリー家の未来は私にかかってるのよ?
いくら彼が優秀で呪文を覚えられても魔法が使えなきゃ意味ないじゃない。
次第に私の心に愛とは違う別の感情が芽生えていった。
私も彼の人柄に惹かれて付き合ったけど、父のようにいつまでも顔色を伺う底辺の貴族でいるつもりはない。いくら勉強ができて優秀だろうが平民はどこまでいっても平民なのだ。
そんな事を考え始めたある日、王宮で行われる舞踏会の招待状が届いた。
パートナーは恋人のメモリーだけど、彼は平民だし一緒に行けばきっと笑われてしまう。
「俺は絶対に王宮には行かない」
都合のいいことに、いつもと違って強い意志表示をするメモリー。
チャンス到来!!
他国からやって来た勇者様も舞踏会に参加するようだし、ダイヤの盾に絶対引き抜いてみせるわ。ついでに勇者様の心も掴んでみせる!
こうして私の計画は着々と進んでいった。ダイヤの盾がSクラスに上がって功績を積めば父よりも高い爵位の貴族になれるはず。
メモリーには最初からずっと迷惑みたいに言ったけど、アランに嫌われたらおしまいだから彼には悪いけど必要悪よ。
「お願いだから寝ててよね」
念のため屋敷の裏口にあるドアを開けて家の中に入った。
「良かった。電気は消えてるし、まだ起きてないようね」
「なにが良かったんだ?」
パッと部屋に灯りがともる。最初に目に入ってきたのは父と母の寝巻き姿だった。
なんでこんな朝早くに起きてるのよ!!
「あ、あの……ごめんなさい」
若い娘が朝帰りだなんて父には許し難い行為なはず。とりあえず平謝りするしかない。
ところが――あの厳格である父から予想だにしない言葉がでてきた。
「二人の仲が進んだようでなによりだ」
え? お父様はもうご存知なの?
「そうなの!彼と初めて結ばれたの!」
やっぱり勇者様のネームバリューはすごいわ。あの父でさえ朝帰りをこんなに歓迎してくれるなんて!私の取り越し苦労だったようね。
「あらあら、すっかり彼の虜になったようね。お父さんとお母さんも相性が良かったのよ」
母も手放しで喜んでいる。正直な話、アレは想像とは違い痛いだけで彼の虜になるには程遠かった。両親も喜んでくれてるし目標に一歩前進したから後悔はない。
「お前まで子供の前でなにを言い出すんだ?恥ずかしいじゃないか……。それで、メモリーはどこにいるんだ?一緒に帰ってきたんだろ?」
「は?」
マヌケな言葉がつい口から出てしまった。
アランとの情事をあれだけ煽っておきながら今それを聞いちゃう?無神経にもほどがある。
だからお父様はいつまで経っても軍隊気質が抜けきらないのよ。少しは貴族らしくして欲しいものだわ。
「メモリーならもう帰ってこないわよ」
遅かれ早かれ分かることだし幸せ気分をぶち壊した父を驚かせてやる。メモリーがいなくなってもなにひとつ困ることなんてない。
「おいおい、冗談はやめてメモリーに挨拶させてくれ」
「冗談じゃないわ。彼はこの家を出ていった」
追い出したが正解だけどそんなのどうだっていい。居候してた人に朝の挨拶とか、軍人てどれだけ礼儀正しいのよ。
「ああ!あなた、きっと結婚する準備に入ったのよ。新居を構えたに違いないわ」
「そ、そうか。あまり驚かさないでくれ。びっくりするだろう」
さっきから何なのよこの二人!!
母なんか手を叩いて飛び跳ねてるし、父は顔面蒼白になってるし。さすがの私でもメモリーと別れた直後にアランとすぐなんて結婚しないわ。常識ある聖女だからね。
ダイヤの盾がSランクに上がって、エステリオ王国で偉業を成し遂げなきゃ勇者であろうと上位貴族にはなれないし。あ、でもアランはガゼルフ帝国の貴族だって言ってたわね。今度詳しく聞いてみようかしら。こんな面倒なスッテプを踏まなくても済むかもしれない。
「そうじゃなくって、私はメモリーと別れたの!彼をこのウェンブリー家から追い出したのよ!」
「は?別れた?彼に愛想を尽かされたのか!?お、お前さっき結ばれたって――」
無能をひとり追い出したところでそんなに動揺することかしら?まったく――
「見くびらないでよ。わ・た・し・が、彼を捨てたの!勇者のアランと結ばれたって言ってるじゃない!」
あ、驚いてる驚いてる。勇者って聞いて父も母も目が真ん丸になってるわ。膝からガクンと地面に崩れ落ちるのはやり過ぎな気もするけど。
てっきり昨日酒場であった件が、耳に入ってるのかと思ったけどただの勘違いみたいね。
メモリーと私の体が結ばれる?臆病者の彼はそんな事できない。
メモリーと私が結婚?平民の無能なんてこっちからお断りよ。
「ま、まだ間に合うかもしれん。頭を下げれば許してくれるかもしれない。彼を……メモリーを今すぐ連れ戻してくるんだ!」
「はぁ?いくらお父様のお言葉でも頭を下げるなんてできないわ。パーティーからも追い出してしまったし。そもそもなんで謝る必要があるのよ?あんな無能の平民なんて捨てたところで誰も気にしないわ!」
「パーティーまで!?な、なんてことを……」
「お前は何も分かっておらんのだ。このままではウェンブリー家はおしまいだ。メモリーを連れて戻るまで、家には帰ってくるな」
母は両手で顔を覆って泣いてしまうし、父は帰ってくるなと言っている。正しい判断もできないウェンブリー家はすでに終わっていたようね。
「そんなことを言うなら私は出ていく。ハッキリ言っておくけどメモリーを探しに行くわけじゃないから。止めても無駄よ」
アランの住む場所は聞いている。恋人同士になったんだし同棲したら彼だって喜んでくれるはず。【男爵家の令嬢】なんてダサい肩書きはもういらない。【勇者の恋人】の方が数十倍素敵だわ。
ラクスはまだ知らなかった。これは自分が招いた不幸の始まりだということを。
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