第63話 心配
「は、初めまして。藤木良介です」
俺は名刺を両手で渡した。
「知ってます〜」
澪は口を尖らせた。
拗ねた表情を見せるも、名刺はちゃんと丁寧に受け取ってくれるところがなんとも澪らしい。
「お名前、聞いてもいいですか?」
「へぇー知らないんですかー。ふーん。へぇー。私は知ってますけど」
「いや、初対面っていう設定だから……」
「凛子からは別に何も言われてないもーん」
あれれ? マジでどうした?
澪がめちゃくちゃイジワルになってるんだけど。
それ設定? それとも素?
……とにかく接客するか。
ホストを試すために、あえて厳しいことを言ってくる客も実際いるって聞く。
容姿じゃ勝てない俺は、トークで勝負するしかない。
やるぞ。恥を捨てて最善を尽くせ、俺!
「澪さん、今日は無理して頼まなくていいです。せっかく来てくれたのだから、楽しみましょう」
「あれー? 名前知らないんじゃないんでしたっけ?」
「すみません、知ってました。だって澪さんみたいなミスコンで1位を取るような可愛い人を忘れるわけないじゃないないですか。それに、今まで出会った女性の中で澪が一番可愛いです」
「へっ、どうだか?」
澪がそっぽを向く。
やっぱり普通の褒め言葉じゃ言われ慣れているから効かないか。
他に褒め言葉はないかなと探っていると、澪がボソッと呟いてきた。
「……じゃあ私のどこが好きなんですか?」
「全部好きだけど、特にいいなって思うのは大きい目かな。ついずっと見ちゃうほど綺麗」
「へ、へー」
「でも、一番は笑顔。こんなに可愛い笑顔をする人は初めて見た。本当に素敵な人の笑顔って、見るだけでこっちも笑顔になっちゃうんだよね。だから俺は、澪の笑顔が一番好き」
「〜〜〜っ!!!」
ボシュッ、と沸騰したように澪の顔が真っ赤になる。
それを見て俺の顔がかーっと熱くなる。
多分、耳とかめっちゃ赤くなってる。
死ぬほどキモい褒め言葉を吐いちゃった!
俺キモすぎるぞ!
だが、これで澪の機嫌が直るなら本望だ!
「ふ、ふーん。ほ、他にも……あげていいよ」
よかった、どうやら効果はあったようだ。
不意に澪が尋ねる。
「……ねぇねぇ、正直に答えて」
「うん。なに?」
「正直に答えてね」
「わかった」
「凛子のこと好きになっちゃった?」
「いや、好きにはなってないけど……」
「けど?」
けど、良い人であるとは思っている。
「本当のこと言って! 本当のこと言ったら、なにか頼んであげる」
「はい!?」
澪は鬼気迫る表情だった。
「いやいや、いいよ。そんなことしなくて」
なにか頼まれては困る。あんまり注目されたくないし、そもそも澪から貢がれるのは嫌だ。
「藤木ぃー」
渡会がダルそうに呼んだ。
「ご指名、恵奈から」
「えっ!?」
澪が驚きの声を上げる。
恵奈?
ああ、緒方恵奈か。女子野球部エースの。
なんで俺が指名されたんだ?
関わりなんてないはず。
おそらく人畜無害で、適当に終わりそうだって思われたからかな。
緒方恵奈は色気のあるスポーツ女子で、学校でも一定のファンがいる。
そーゆーのがうざったいから俺を呼んだ、というところだろう。
ならあっちの要望通り、害のないようにやるか。
「じゃあ楽しんでね」
立ちあがろうとした瞬間、
「え、待って! 行っちゃダメ!」
「「は?」」
俺と渡会が首を傾げた。
「—――はっ!?」
澪が口元に手をやる。
反射的に出た言葉のようだけど……。
「え、なに、どうした?」
渡会が怪訝な目で澪を見る。
「あ、いや、注文しようかな〜って」
「「注文っ!?」」
再び俺と渡会がハモる。
「いや、注文はしなくていいんじゃないか?」
「良介くん、何言ってるの? 応援したいから払うの」
「おい澪、お前なら知ってるだろ? リハーサルといっても金は取られるぞ」
俺のようになるな、と助言する渡会に、澪は財布から万札を取り出す。
「い、いいの! 私、稼いできたし」
「あ、それ俺の1万!」
「これでシャンパンお願い」
「「いやいやいや!」」
三度ハモる。
「いや、注文しないで! 俺のお金がなくなる!」
「リハーサルでそこまでしなくていいから! 逆に困っちゃうよ!」
俺は大声で牧野を呼ぶ。
「ちょっと牧野! 牧野さーん! 牧野凛子さぁぁぁん!!」
「はーい」
のっぺりした返事をしつつ、牧野が現れた。
「澪、ちょっと廊下に出ましょうねー。頭冷やそうねー」
「ちょっ、凛子! まだっ!」
澪は牧野に掴まれて、廊下へと消え去った。
「ふぅー、なんとかなったな」
「そうだな」
「それにしても藤木、お前すごいな。どーやったら澪をあんなふうにさせられるんだよ。なんか弱味でも握ってるわけ?」
「そんなことはないけど……」
言葉を濁しつつ、俺は緒方のもとへ向かった。
「ご指名、ありがとうございます。藤木良介です」
名刺を渡すと、恵奈は礼を言って受け取った。
「はじめまして、緒方恵奈です……って、こんなかしこまらなくていいわよね」
「そうだね。なんか緊張しちゃって。今日は楽しもう!」
あっちも乗り気でよかった。
5分ほど楽しく接客したところで、ホストの時間が終わった。
これで全て終了した。
全員で教室を元に戻すと、牧野が教卓に立つ。
「結果はっ〜〜〜ぴょ〜〜〜!!!」
パチパチパチパチ〜、と1人で拍手する。
「結果は男子1万2千円に対し、女子は10万で、女子の勝利でーす!」
「女子っつーか、澪の勝ちだろ」
小さくボヤいた渡会の言葉は、周りから湧き上がる話し声に消えた。
売り上げのほとんどが澪だし。
澪って本当に人気なんだな。だから圧倒的な票数でミスコン1位になれたのか。
そう思うと、俺が澪と一緒に話せてるのって奇跡なんだな。
「とにかく、文化祭までるあとわずか! 最後まで駆け抜けよう!」
そう言い放って、牧野はリハーサルを締めくくった。
宇佐美は結局、最後まで教室に現れなかった。
★★★
チャイムの音が聞こえて目が覚める。
時計の針は3時を指している。
「痛っ……」
硬い椅子のせいで腰が痛い。
そんなことよりも、喉はもっと痛い。唾飲み込むだけで叫びたくなるほど痛い。
やっば……風邪引いた。
「あ゛〜」
ダメ……喉が完全にイカれてる。文化祭まで時間がないのに……。
でも治す時間はある。無理矢理出せばいける。
もうすぐ練習の時間。
アイツが来ちゃう。
ウチが風邪になるのはいいけど、アイツにうつるのはダメ。それこそ発表出来ない。
とりあえず窓を全開にして換気しよう。
そしてアイツが来る前にここを出ないと。
『今日は私用で一緒に練習出来ない』と、あとでメッセージ入れとけばオッケー。
よし……これで帰れる。
アイツと鉢合わせる前に退散するか。
教室を出ようとしたその時、男子が現れた。
「ふ、藤木……」
「宇佐美〜。やっぱりここにいたか」
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