第62話 嫉妬……?
ホスト前半は苅部達イケメン組がキャストとなり、俺らは黒服となる。
キャバクラ前半の稼ぎを超すよう奮闘する。
俺はそつなくこなした。
案外ホールの才能があるらしく、テーブル番号を間違えることなかった。
1番人気はやっぱり苅部だった。
彼女がいないということもあって、女子からは1番の指名だった。
澪は苅部の卓にはつかず、逆に搾り取ったイケメンバスケ部の渡会の卓についた。
「こんにちは。渡会です。お名前は?」
「渚波澪です」
「そうなんだ。澪ちゃんって呼んでいいかな?」
「いいですよ」
「ありがとう。じゃあ澪ちゃん、隣に座ってもいいかな?」
「いや、それは近いからやめて欲しいかな」
「そんなこと言わずにさ」
「いや、やめてください」
澪が手の平を渡会に見せた。
それ以上は攻められず、渡会はしゅんとした表情で話を進める。
「なに飲む?」
「お水で」
「それでもいいけどさ。ここはホストだよ。せっかくだから美味しい飲み物を飲もうよ」
「お水も美味しいよ。だからお水で」
「お、おっけー」
渡会は俺じゃない黒服を呼んで水を頼んだ。
そのまま渡会は澪の心を開こうとたくさん会話をする。
澪は塩味の返答を繰り返し、トドメの一撃に、
「水だけでいいって言うから入ったの。ごめんね。他の女の子ところに行っていいよ。私、ゆっくり飲んでるから」
うーん、なかなか手強い。
あまりにも固いガードに痺れを切らした渡会は、友達のような表情になって澪にお願いする。
「なぁ、頼むぜ。さっき澪につぎ込んだ1万円だけでも回収したくてさ。この1万円のシャンパンだけでも頼んでくれないかな?」
「んー、ホストなら接客で取り返してみせてよ」
絶句する渡会。
厳しすぎる。
やめよう。見てられない。
他のテーブルに視線を移す。
あ、苅部が接客している。
俺たちには見せたことのない、輝く笑顔を見せている。あれが本当のビジネススマイルってやつか。
見ているこっちがつい笑顔になってしまうほど輝いている。
なるほど、これがガチのイケメンってやつか。
だからか、苅部のテーブルはめちゃくちゃ盛り上がっている。
会話の内容はあまり聞こえないけど。
苅部が俺の方を見て、手を挙げる。
仕事だ。行くか。
「コーラ2つ」
「かしこまりました」
一瞬、苅部が俺に『お前にはできねーだろ』といったような、嫌な笑みを浮かべてきた。
わだかまりは解消されてない、と。
下手に関わるとまたトラブルになりそうだし、苅部の近くには行かないようにしよう。
コーラ2つを届けたのを境に、俺は苅部から遠ざかった。
少しして、ピーッと終了のチャイムが鳴る。
盛り上がったテーブルはあったものの、売り上げはキャバクラに到底及ばなかった。
そもそも注文が少なかった。
「もう、澪ちん厳しすぎるぜー」
渡会が困り果てた顔を浮かべると、澪は胸の前でパチンと手を合わせる。
「ごめーん! 厳しい客やってって凛子からお願いされちゃってさー。もう本当ごめん! さっき貰った1万円は後でちゃんと返すから許して」
「もうしょうがないなー。それで手を打とう」
渡会と澪は和解したようだ。
よかった。あれは演技だったみたいだ。
そうだよな。
澪があんな厳しいわけがない。
「売り上げはー、女子の方が圧倒的に多いね」
牧野が売り上げ票を確認した。
基本フリーのプレオープンで売り上げが出ること自体、めっちゃくちゃ凄いことなんだが、澪のせいで麻痺しちゃってるな。
そう考えると、澪は学校に収まるレベルではないのかも。
次はキャバクラ2部となった。
俺は客側となる。牧野がメモを取ってくれていたようで、1部で客じゃなかった男子全員を客として席に案内してくれた。
山下とは別々となり、1人でテーブルに着くことになった。
正直心細い。
女子と2人きりなんて滅多に―――いや、最近は少し増えてきたけど、それでも多くはない。
誰が俺のテーブルにつくんだろう?
澪はない。一部でキャバ嬢やったし、黒服みたいに店の通路に立っているかな。宇佐美の姿も見当たらない。
となると、初めて話す女子がやってくるだろう。
しっかり話せるかな?
会話につまったらどうしようか。
なんて考えていると。
「どうもー」
ワイシャツの胸元を開け、腕をまくったりスカートをちょっと短くしたりと、いつもよりセクシーな着崩しをした牧野がやってきた。
「牧野凛子です。よろしく~」
「よ、よろしく」
まさか牧野がつくとは。
近くで見ると綺麗だな。澪がいなかったらミスコン1位レベルだ。
そういえば牧野は澪の親友だったっけ。
澪のことが知れるかもしれない。
嬉しい誤算だ。
客の立場を利用して聞きまくろう。
緊張せずに女子と話せたら、だけど。
「お名前は?」
「えっと、藤木—――」
「良介、だよね!」
「なんで俺の名前を?」
「そりゃ当然だよ。クラスの人だもん。普通は覚えているでしょ」
なんて優しい人なんだ。
つくづく文化祭実行委員が牧野でよかった。
「そうなんだ。覚えてもらっているなんて、嬉しい」
「嬉しいって、当然のことじゃん。もしかして、私のこと知らない?」
「知らないわけない。文化祭実行員で、前に立って頑張っているんだから。本当に凄いよ」
「えへへ、ありがと」
牧野がニカッと笑った。
かわいい。
ぐっときてしまった。
こんなに可愛い人に接客してもらえて嬉しい――――
―――ゴトッッ!!!
少し荒くコップが置かれた。
「お水、でございます」
低い声の澪。顔も心なしか怖い。
「ねぇみーおん、もう少し丁寧に置かないとコップ傷ついちゃうよ」
「え、あ、ごめん!」
ハッと我に返り、澪はいつもの優しい顔に戻った。2つ目のコップは優しく置く。
どうやら正気に戻ったようだ。
「ごゆっくりどうぞ」
澪が会釈する。
「…………」
「…………」
「…………」
なんか、澪が俺らのテーブルの前でずっと立っているんだけど……。
「ミオみー、そこにいると話しづらいんだけど」
「気になさらず」
「いや気になるよ!」
牧野の訴えをスマートに返す澪。
いや、俺としてもちょっと気になる。
牧野しか知らない澪とか、澪がどういう人を好きになるか聞きたいし。
「お願いしまーす!」
少し離れたところで店員を呼ぶ声がする。
「ほら澪、仕事だよ」
「ん~~~~」
不満そうに注文を受けにいった。
牧野が改めて俺の方に体を向ける。
「凄いね、良介くん。澪にあんな顔させるなんてさ」
「そ、そーかな?」
「そうだよ。澪とは高1からの仲だけど、異性のことで一喜一憂しているとこ初めて見た。いったいどんな魔法使ったら澪にあんな顔させられるのよ」
「魔法っていうかー……」
たまたま彼女が俺の小説のファンでして……と言う勇気は無い。
「さぁ? そんなことないと思うけど?」
「鈍感だね。チャンス逃しちゃうよ?」
「鈍感? なんのこと?」
「澪に好意を持たれていること」
「いや、それはないだろう。好意は持ってそうだけど、それは友達という意味だろ」
厳密にはファンだろうな。いずれにしても、恋人として見ている感じはしない。
「じゃあ、良介くんは澪になんの感情もないの?」
「そりゃあ……可愛いなと思うよ。ホント、眩しいくらい」
「異性としては?」
「み、魅力的だよ。とっても」
「じゃあ、好きなの?」
「好きというか、なんというか……」
恥ずかしくて好きとは言えなかった。
牧野に暴露されて関係が崩れたら嫌だし。
「まぁそりゃあそうだよねー。さすがに澪のには勝てないかー」
「いや、そんなことないと思うけど」
「えっ!?」
牧野が目を見開く。
「牧野だって……めっちゃ美人だと思うぞ」
目はぱっちりしているし、顔は小さいし、顎のラインがとても綺麗だし。
「本当に?」
牧野はぐいっと近づき、上目遣いで見てくる。
ふわっと甘い香りがした。
やめてくれ。そういうのに耐性がないから、すぐにドキッとしてしまう。
牧野から少しだけ身体を遠ざける。
「ほ、本当だって」
「ふーん」
牧野が再度俺に近づき、企んだ笑みを見せる。
うわ、また良い香りが……。
「じゃあ、私にもチャンスがあるってわけね」
「え?」
さらに距離を詰めてくる牧野。
甘い吐息が俺の胸に当たる。
近いって。こんなに近づかれたらドキドキしてしまう。
「私も……良介くんを狙えるのかな?」
「ね、狙う……?」
「私はどうかな? やっぱり澪と比べると劣る?」
「い、いやっ、そんなことは……」
うわ、近くで見ると本当に肌が綺麗。まつ毛も長い。
おまけに性格も良い。
こんな子に好きだって言われたら……。
―――は、ドギツイ視線!?
ふと真横を見ると、澪がとんでもなく冷たい目で牧野を見下ろしていた。
こっわっ! なにその目!?
人を殺すつもりか?
マジで怖いんですけどっ!
牧野が澪の視線に気付いたところで、
ピピーッ! 終了のチャイムが鳴る。
これでキャバクラが終わった。
「凛子〜〜っ…………! からかってるでしょ?」
「あははーからかってないよ〜。こっちも仕事だからさ〜」
ケラケラと笑う澪。
「あんな凛子見たことなかったんだけど! もしかして、本当に……!」
「本当に?」
「…………っ」
澪が口ごもる。
「大丈夫だって。澪が思っていることはないって」
「ん〜〜、本当に?」
「本当! 信じて? でもあーあ、澪が来なければ藤木くんからノンアルカクテルを頼んでもらえそうだったのに〜」
「凛子ぉ〜っ!」
むすーっとする澪。
澪……。周りを気にせず言っているけど、めっちゃ注目浴びてるよ?
「あ、ほら! 最後のホストが始まるよ! 藤木のところは澪でいいからさ! 楽しんできなって」
「「えっ!?」」
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