第61話 澪、暴れる
文化祭準備4日目の終わりごろには、だいぶ店ができてきた。
ソファは、男子運動部の部室にあるものから調達し、その上に布をかけて高級感を出した。
飲み物はコーラやウーロン茶などの定番はもちろん、ノンアルコールのワインやビールを買ってきていた。
そしてなんと驚きは、名刺まで作ってきたところだ。簡易的な名刺じゃなく、ちょっと高級感のある名刺を。
完全に文化祭委員の牧野が悪ノリしてる。それに荏原や竹内などのカースト上位勢が乗っかっている。そしてカースト下位の俺や山下は言われるがまま、準備している。
まずいんじゃないかな……。
そう思ったこともあったが、怖くて言えなかった。
ちなみに担任は教室の隅っこでイヤホンしてパソコンをカタカタと鳴らしている。職務放棄というべきか。この先生にして、この生徒ありだな。
あとで問題になっても知らないぞ。
そして準備期間5日目。文化祭まであと1週間。
「今日は互いにプレイしたいと思います」
牧野が壇上で発表する。
「よっしゃぁぁぁ!!!」
と、男子達がガッツポーズする一方で、
「えぇぇ〜〜」
恥ずかしがる女子達。
俺はもちろん心の中でガッツポーズした。
運が良ければ澪の接客を受けられるかもしれない。
受けられなくても、他の女子から受けることができる。
幸運なことに、俺のクラスは美人が多い。
どの人に当たってもアタリである。
よくよく考えたら俺、澪と宇佐美以外の女子と会話したことなんて滅多にない。
宇佐美にあたってもいい。その時は日々の憂さ晴らしをさせてもらおう。
あれ?
そういえば、宇佐美の姿が見えないな。
「4部制にしたいと思いまーす」
牧野が指を4つ立てた。
「ホスト、キャバクラの順で2回ずつやります。今回は簡易リハーサルということで、黒服は同性がやることにしまーす!」
「つまり男子を2分割し、半分はウェイトレスで半分はホストやるってこと? で、キャバクラはその逆?」
「そーゆーこと!」
荏原の問いかけに牧野は満面の笑みでサムズアップした。
「で、客側の時なんだけど、半分がお客の役をやる。半分がウェイトレスの動きを見て、気付いたところをあげる。あとは裏方の準備でまだ終わっていない看板作成に取り組む」
どんどん仕切っていく牧野の隣で、二階堂が微笑みながら
そのスマイルかっこいいな。仕事できないけど。
「仲間外れがないよう、必ず一度は客として楽しむ。これは絶対ね!」
牧野のこういうところは、良い陽キャラって感じだな。こんな人がいるから、うちのクラスもなんとかまとまっているのだろう。
「何か意見がある人~? あったら気軽に言ってね~」
クラスに問いかけると、緊張を呟く人がいたものの、挙手して異議を唱える人はいなかった。
「じゃあ、これで! あ、もちろんリハーサルだから飲み物は架空でやってね。間違っても商品飲まないでよ。飲んだら罰金だからね! じゃ、3分後に私達キャバクラからスタートで」
一斉に男子と女子にわかれ、作戦会議が始まる。
もちろん男子を仕切るのは二階堂ではなく苅部。
「じゃあ、どう半分にわけるか。まぁ、前半は俺らでいいだろ」
苅部は自分の仲の良い奴を囲んだ。
もちろん俺や山下は、苅部と親しくないので後半組になっている。
結果、前半組はカースト上位勢、後半はカースト下位勢となった。
「看板作成頼んだぞ。もう少しで出来ると思うからさ、作り終えていろよ」
苅部が俺らに仕事を振った。
確かに、トンカチで打ち込み、少し色を塗るだけで看板は完成する。
なるほど、作りたくないから前半を選んだのか。
作るの好きだからいいけど。
とりあえず後半組で隣りの少人数教室に行き、看板等の作成状況を改めて確認する。
本当にあと少しで完成だ。これなら15分もかからない。
「俺がやっとくからさ、みんなは店内見てていいよ」
「俺も手伝うよ」
山下が制服の袖をまくる。
2人でやれば確実に15分で終わる。
「そう? ありがとう」
後半組の男子達が少人数教室を出て行った。
俺も制服の袖をまくる。
「さて、さっさと終わらせるか」
「そうだな。ところで藤木は、誰に当たってほしい? 渚波さん以外でね」
「なんでだよ」
「そりゃあ、誰でも渚波さんがいいって言うからな」
確かに。
「じゃあまぁ、適当に牧野かな」
「なんで?」
「可愛いし、文化祭委員としてうまくまとめているから」
本当の理由は澪の親友だから。牧野しか知らない澪のことを聞いてみたい。
「へぇー、俺と一緒じゃん。俺も牧野さんがいいんだよねー。こりゃどちらが牧野さんのハートを掴むか勝負だな。負けねぇぞ」
お互いが負けるってことを考えてないのかな。
牧野だってクラスの人気者で、それなりにファンがいる。俺たちはハートを掴む前にまず認知してもらえるかの勝負だな。
そんなくだらない話をしながら看板作成に取り組んだ。
無駄話が盛り上がってしまい、予定より少し時間がかかってしまった。
ホストが始まってないといいけど。
恐る恐る戻ると、まだキャバクラだった。
接客を受けているのは苅部のグループ。後半組の男子は教室の隅っこで店を観察している。
……澪は接客しているのかな?
あ、窓際の席で接客している。
どんなふうに接客してるんだろう。
ちょっと近づいてみるか。気付かれないよう、後ろから、静かに、そーっと。
「荏原さんは、お名前なんて言うのかな?」
澪が荏原に純粋さ100%の笑顔で話しかける。
「え? し、知っているだろ?」
「もう一度聞かせてよ。荏原さんの口から」
「えーっと、りょ、
「いいお名前だね! 下の名前の方が呼びやすいから、呼んでいい? もちろん、荏原さんがよければ……だけど」
「い、いいに決まってるだろ!」
「やった! じゃあ、涼くんって呼ばせてもらうね!」
「え、えへへ〜」
荏原はぐでーっと緩みきった笑顔をした。
「澪さん、こっちお願いします!」
黒服に呼ばれる。あの黒服、プロさながらの喋り方だ。どんだけ教育されてるんだ。もはや文化祭レベルじゃねぇ……。
「ええ、もう!?」
澪が驚き、寂しい顔を浮かべた。
「ええ、あちらのお客様がシャンパンを頼まれたので」
「そうなんだ……」
荏原の方へ向いた。荏原は悲しそうな表情を押し殺して、笑顔を作る。
「モテモテだね」
「ごめんね。まだ2分も経ってないで行っちゃって」
「しょ、しょうがないよ」
「はやく呼び戻してね。涼くん」
「っ!」
澪は席を離れた。
荏原は財布を取り出し、手を挙げて黒服を呼ぶ。
「澪にシャンパンを頼む」
「シャンパンを開ける場合にはお金がかかりますよ?」
「払うよ。こんなチャンス、二度とない」
「前払い制となっています」
「ほらよ」
1万円札を黒服に渡した。
荏原のやつ、正気を失ってやがる。
俺でもシャンパンは頼ま……いや、頼むかもしれない。1万円で彼女の笑顔を見られるのなら、払ってしまうかも。
黒服同士の会話が聞こえてきた。
「澪、すごいよ。同級生にシャンパン5本も開けさせちゃった」
「今日だけですでに売り上げが7万円超えているし」
「この勝負、女子グループが貰ったわね」
少し遠くの方ではシャンパンが運ばれて喜んでいる澪がある。客席を見ると、二階堂だった。
二階堂だって顔はめちゃくちゃ良く、モテると聞く。
そんな二階堂も澪に貢ぐとは。
前々から思ってたけど、澪ってすごいな。
数々のイケメン男子達を手玉に取っちゃうなんてさ。
……演技だよな?
演技であってくれ。
少しして、澪が荏原の席へ戻ってくる。
「呼び戻してくれてありがとう。シャンパン、ありがとね」
「い、いや、まぁね」
そう言う荏原の口はニヤけていた。
「涼くんからのシャンパン、ほんっとうに―――」
瞬間、澪と目が合う。
「……………」
澪が固まる。
「ど、どうしたの?」
「あ、あ、あの、勘違いしないでね! こここここれは演技だから! 本当の私じゃないから!!」
澪は顔を真っ赤にさせて、両手を横にブンブン振った。目は俺と荏原を交互に行き来している。
「え?」
荏原がきょとんとするなか、
「きゃ、キャンセルっ! シャンパンは高いからキャンセルしようっ! ほら、荏原もこんなことにお金使うより、彼女に使わないと!」
「え? え?」
「すみませーん! 黒服さーん! シャンパンキャンセルでー!」
澪は手を挙げて叫んだ。
まさか俺に弁明した? いやまさかな。
ピィーっと音が鳴る。
「そこまでー!」
牧野が手を叩きながら、キャバクラ終了の合図をした。
こうして、キャバクラ前半は終わり、次は男子の番となる。
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