第60話 探り合い

 恵奈の質問に、どう答えるのが正解なのかな。


 好きな人はいる。


 ついつい目で追ってしまうほど。


 でも、それは人伝ひとづてに知ってほしくない。


 自分の口から、直接言いたい。


 今は踏み出す勇気も、関係が壊れる覚悟もないけど。


 その間にチャンスを逃してしまうかもしれないけど。


 彼に対するこの気持ちは絶対に変わらない自信がある。


 いつか絶対に自分の想いを告げる。


 だから―――


「ひみつ」


「うわ! でたー!! うざいやつ!」


 言いながら笑う七緒。


「秘密ってことはいるのね?」


「それもひみつ」


「けーちー」


 今度はこっちが訊く番。


「恵奈は好きな人いるの?」


「そうねぇ~。好きな人というか、もっと話してみたいなって思う人はいるよ」


 特に気に留めてないふうに聞いてみよう。


「へぇー、あ、それって体育祭の打ち上げで言っていた人?」


「そうそう」


「エナにもそんな人いるんだ。誰なの?」


 七緒が訊くと、恵奈は堂々と言う。


「藤木」


「えっ……」


 七緒が困惑した顔を一瞬浮かべる。


 恵奈、まだ狙ってたんだ。


「ふ、ふーん、エナって、藤木のこと気になってるんだ」


 七緒が捲し立てる。


「あんな冴えない奴のどこがいいの? クラスでは目立たないし、顔もかっこよくないし、勉強だって出来ないし」


「そんなことないよ」


「なんで澪が答えるの?」


 し、しまった……っ!


 悪く言われることに耐えられなくて、つい答えちゃった。しかも言い方もちょっとムスッとしてたかも……。


 まずい、恵奈がこっちを見てる。


 知らんぷりだ。知らんぷりをしよう。


「ま、でも私も澪と同意見ね。顔や学力だけが人を測る物差しじゃないわ」


「そ、そうだけど……じゃ、じゃあどんなところが?」


「体育祭に取り組む姿勢かな。嫌なことでも一生懸命出来るって、難しいからね」


 うんうん、そういうところも素敵だよね。


 めっちゃ同意したい。


 バレるから表に出さないけど。


「ふ、ふーん……」


「そーいえば、七緒はどーなの? 顔だけは可愛いんだから、結構モテるんじゃない?」


「顔だけってなに!?」


 七緒のツッコミに、恵奈が笑う。


「ま、ウチはそーゆーの興味ないけど」


 七緒がそっぽを向いた。


 そんなこと言ってるけど、私は見ちゃったんだからね。


「そういえば七緒ってりょ……藤木くんと仲良いの?」


「え、なんで?」


「この間ね、たまたまだけどね、偶然七緒と藤木くんが帰っているのを見たんだよね」


「へぇーそうなの?」


 恵奈もニヤリとしながら七緒に近づく。


「い、いや、たまたまっ! たまたまバッタリ会って、なんとなく一緒に帰っただけ」


 怪しい。


 なんとなくで、下校時間ギリギリまで良介くんがいるわけがない。


 ましてや同じケースのギターを持っているなんて、どう考えても2人の間に何か秘密がある。


 絶対に暴かないと!


「確かあの時、2人ともギターを背負っていたけど、藤木くんって軽音部なの?」


 知らないことを装って訊くと、


「さ、さぁ? 知らない……」


「そうなんだ。ギターケースが同じだったから、てっきり親しい仲なのかと思っちゃった」


「……っ!?」


 七緒がぎょっとする。


「そ、そそそうだっけ? 覚えてないよ〜……」


 口調が弱くなっていく。


 あともう一押しかな?


「……あ、あーっ! 腹痛くなってきた!」


 ぴゅーっと、七緒は教室を出て行ってしまった。


「「あやしい〜」」


 あ、恵奈とハモった。


「それにしても澪、よくギターケースが同じなんて気付いたわね」


「まぁね。七緒が男子と楽しそうに話しているの珍しかったから、ついつい見ちゃった」


「そう? 澪よりは見かけるけど」


 …………あれ?


「もしかして藤―――」


「あ……あーっ、凛子! ちょっと相談が!」


 私は指示を出している凛子の元へ駆け出した。


 ★★★


 放課後、宇佐美七緒ウチは、いつも通り旧校舎で藤木と練習していた。


 ここなら思いきって藤木と話しながら練習できる。


「なぁ、宇佐美」


「なに?」


「なんでカーテン閉め切ってるの?」


「ウチらの関係ってトップシークレットじゃん。だから一応ね」


「秘密といえば秘密だろうけど……トップではないだろ」


「トップシークレットだから。藤木もバレないよう気をつけてよ」


「俺もみんなを驚かしたいから隠しておくけどさ。バレたらバレたで応援してくれるんじゃないかな」


 藤木の発言に胸がズキリとし、心が重くなる。


 呑気なこと言っちゃってさ。


 コイツ、自分がクラスの女子野球部エースに注目されているの知らないのかな。


 それとも、コイツってウチとの練習は特別だって思ってないのかな。


 ―――そうだ。


 藤木の立場で考えたら、特別だなんて思うはずない。


 半ば脅しで参加してるんだ。


 参加したのは藤木の意思じゃない。


 それなのに、なんで自分は浮かれているんだ。


 はぁ、いつからウチ、こんなバカらしくなったんだろう。


 ウチは頬を触った。


 ―――性格は別として、ウチって周りから可愛いって思われているんだぞ。澪には敵わないけど、それなりに告白されているんだぞ。


 前髪も少し整えてみる。


 ―――そんなウチがアンタのこと気にかけてあげてんだぞ。


 目の前にいる陰キャを上目遣いで見てみる。


 ―――気付いてんのか、おい。こら、鈍感ヤロー。たまにはこっちを気にかけろ。


「あのさ……宇佐美」


「……へっ!?」


 ヤバイ、焦って変な声出ちゃった。


 藤木がウチのことを真剣な目でじっと見てくる。


 ま、まさか……藤木のことをずっと見てたのバレてた?


「俺……」


 心臓がバクバクと鳴る。


 な、何を言うつもり?


「そんなにギター下手くそ?」


「へ……」


 今度は気の抜けた声が出た。


 はぁ、バレてなかったのは安心したけど……なんて鈍感なんだ。


 この鈍感は、もしかして自信の無さから来てるんだろう……。


 実際、上達スピードは速い方なのに、勝手な思い込みで不安になっているし。


「はぁ……」


 安堵と落胆が入り混じったため息を、喉がピリッとするほど大きく吐く。


「上達スピードは速いよ。それでも間に合うかは微妙だけど」


「マジか。じゃあ、もっと頑張らないと!」


 藤木はさらに集中した。


 コイツに何か伝える時は、エナみたいにスパッと言えないと伝わらないのかも。


 それにしても、エナってコイツのこと気になってたんだ。


 意外。サッカー部とかバスケ部とか、もっとスポーツが得意な人が好きなのかと思ってた。


 まさかあの不沈艦”渚波澪”に好きな人がいるなんてね。それも結ばれてないなんて。


 そんな男がいるなんて、世の中広い。


 いったい誰なんだろう。


 ★★★













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